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青い灯火⑵

「陛下、もう、帰られるのですか? せっかくいらしたんですもの。ごゆっくりなさってください。父も、もっと陛下にいて欲しいと思っているはずです」


「ナタリー! 陛下の前を塞ぐなんて不敬だぞ。陛下に向かって意見申しあげるな。引き留めるな!」


 兄のジーンは妹を押しのけた。ナタリーをきつく睨む。


「……ああ、つい。でも陛下はこのくらいで怒ったりはしないわ。そうでしょう、リアムさま」


 ナタリーは兄に怒られてもけろりとしていた。


「良くない! いつまでも子どものころの感覚では困る」

「わたくし、今年で十八になります。子供ではありませんわ」


 家長のジーンに向かって怯まずに言い返した。


「そんな調子だと嫁に行き遅れる!」

「あらひどいわ、お兄さま。久しぶりに帰ってきたと思ったら、妹をいじめるなんて」

「いじめていない!」

「ジーン、兄妹ケンカをするなら置いていく」


 リアムは言い合っている二人を残して先を急いだ。


「陛下。引き留めて申しわけございませんでした。ですが、少し根を詰めすぎでございます。時には息抜きも必要ですよ。疲れ切っていては有事のときに動けません」


 彼女の言葉に足を止め、振り返った。


「夫人に、手紙を書かせたのは令嬢か」


 彼女は一瞬目を見開いたが、なにも言わずただ、口角をあげた。


 アルベルト夫人はおだやかでおっとりした、かわいらしい淑女だ。彼女の旦那エルビィスは聡明で頼れる人。

ジーンとナタリーの気質はどちらかというとエルビィス譲りで、行動力があり、頭の回転が速い。


 ――夫人が手紙を送ってくるなんて珍しいと思ったが、ナタリーが母親に、青い瞳の男の情報と、サファイアの原石を見せたほうがいいと進言したのだろう。


「情報提供、感謝する」

「当然のことをしたまでです」

「……息抜きは、できるように努力する」

「リアムさま。息抜きは本来、努力するものじゃないですよ」


 ナタリーはふふっと笑うと、カーテシーをした。


「いつでも、息抜きにお越しくださいませ。お待ちしております」


リアムは「善処する」とだけ答え、アルベルト邸をあとにした。



 *


 宮殿に戻ったのは昼過ぎだった。軽く食事を済ませ、ジーンと二人で黙々と事務処理に勤しむ。

 作業しながらも、リアムの胸の奥では怒りが渦巻いていた。ときどき冷気が漏れ出して、部屋の温度を下げた。その度にジーンは黙って服を着こんでいく。


 急ぎの案件をあらかた片がついたころ、イライジャを執務室に呼んだ。


「イライジャ、護衛中に呼び出してすまない。ミーシャは大丈夫か?」

「はい。私の直属の部下が今、ミーシャさまの傍にいます」


 リアムは頷くと、胸ポケットにしまっておいた布を取り出し、彼に差し出して見せた。


「呼び出した件だが、イライジャ。これがなにか、わかるか?」


 じっと見たあと、イライジャは口を開いた。


「サファイアの原石でしょうか」

「そのとおり。これはサファイアで、魔鉱石の未完品だ」

 

イライジャは目を見張った。


「魔鉱石、ですか? なぜこれを陛下が?」

「エルビィス先生の元に届いた。差出人は、オリバーの名前だったらしい」

 

 彼は深く息を吸った。微動だにせずじっと、サファイアの原石を見つめる。


「贈ったのは本当に、ご本人なのでしょうか?」

「わからない」

 

 リアムはふっと力なく笑うと、魔鉱石を握りしめた。もう片方の手をイライジャの肩に置くと、彼の目をまっすぐ見つめ、伝えた。


「この石の存在を知るのは我々だけだ。他の者には口外しないように」


 イライジャは複雑そうな顔を作った。


「……ミーシャさまの耳には、お入れにならないのですか?」

「令嬢に、魔鉱石の存在を知られたくない。オリバーを警戒

してもらいたいが、関心はこれ以上持たれたくない」


 イライジャはリアムをじっと見つめたあと、目を伏せた。


「御意のままに」


 胸に手を当て、深くお辞儀をする彼の肩からゆっくりと手を離した。サファイアの原石を再び内ポケットにしまう。


「イライジャ。引き続き、彼女の警備を頼む」

「お任せください。この身に変えてもお守りいたします」


 リアムはイライジャが去ったあと席を立ち、窓に近づいた。背後にジーンが控える。


「白狼の帰り、遅いですね」

「白狼? ああ、そうだったな」


 ジーンに訊かれ、リアムは白狼に国境のようすを見に行くように頼んでいたことを思い出した。


「陛下、精霊獣を見ようとしたんじゃないんですね。ということは、ミー……」

「我が優秀な宰相は、口がよく滑るな。やはり一度凍らせたほうが良さそうだ」

「冗談はよしてください。これ以上口の滑りがよくなったらどうするんですか。アイススケートができちゃいます!」

 

 リアムは「口の上で?」と思わず言い返した。ふっと笑い、肩の力を抜く。


「すまない。オリバーが絡むと冷静でいられなくなる。貴殿の妹君の言うように、今から張り詰めていると、いざというとき病で動けない」

「妹が、陛下の役に立ってなによりです」


「仕事に戻ろう。さっさと終わらせる」

「はっ。かしこまりました」


 リアムは自分の席に戻ろうとしたときだった。執務室のドアが強く叩かれた。


「リアムさま、お兄さま、火急の知らせを持って参りました」


 ドアの外から聞こえてきたのは、今朝、アルベルト邸で会ったばかりのナタリーのものだった。


 ジーンが駆け寄り、ドアを明ける。廊下には、上気した頬と息を切らせた彼女がいた。


「噂をすれば、だな。ナタリーどうした?」


リアムと目が合うと、彼女はほほえんだ。


「陛下、父が、さきほど、意識を取り戻しました……!」


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