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クレアの生まれ変わり

「消えちゃいましたね」

「精霊獣は気まぐれだ。ミーシャがこの地にいる限りまた、遊びにくる」


 リアムは白狼の頭を撫でると、ミーシャに背を向けた。ざくざくと、雪を踏みしめる音が耳に届く。


「陛下、ミーシャさまに気づいてもらえなくて残念でしたね」

「……別に」

「またまた~。ミーシャさまを蕩けるようなお顔で見つめていらっしゃいましたよ」


 ぴたりと足を止め、全身に冷気を纏いながらジーンを見下ろした。


「我が国で優秀と噂の宰相殿。その口、今すぐ凍らせてもいいか?」


 彼は顔を青ざめると、自分の口を両手で覆った。


 長い付き合いだ。ジーンが友人として案じてくれていることは、わかっている。

 大事な人を守ると決めてはいる。だが、リアムに残されている時間はごくわずか。特別な相手を作るわけにはいかなかった。


「じゃあ、なんで見つめていたんですか?」


 リアムは、手で口元を守りながら訊いてくる彼に、一呼吸置いてから答えた。


「あの美しい髪に、もっと触れてみたいと思っただけだ」


 この国では『朱鷺(とき)』は幻の鳥だ。空を飛ぶとき翼の一部が太陽に照らされると桃色に輝くという。

 朱鷺色の彼女の髪は宝石のようにきらめいてきれいで、柔らかそうだった。もう一度、触れて確かめてみたいと自然に思った。


「……ふむ。なるほど。一緒の寝台を使うことで陛下もやっと、色恋に興味を持たれたんですね」

「ふむ、なるほどじゃない。一緒に寝るのは治療と彼女を守るためだ」

「はいはい。そういうことにしておきますか。で、いつも触っているのにもっと触りたいと?……陛下、やばい人ですねー」

「いつも触っているわけじゃない」


 いいわけみたいな言葉を返すと、ジーンはにこりと笑った。


「令嬢が特別なら、けっこうですよ」


 さっきまで顔を青くしていたが今は朗らかに笑っている。いい根性をしていると、リアムは呆れた。


「ミーシャさまはクレアさまによく似ておりますが、髪色が違うせいか、ずいぶんと印象が違いますね」


 リアムは「そうだな」と頷いた。


「師匠は冷静で、落ち着いていたが、彼女は……積極的で、表情が豊かだ」

「クレアさまが落ち着いて見えたのは、陛下が子どもだったからでは? ミーシャさまは十六歳……にしては、達観しているところも見受けられます」 


 外に繋がる城壁の大きな門扉に着くと、リアムは一度振り返った。

 ここからではバルコニーは遠く、よく見えない。それでも、ミーシャの姿を探す。


「令嬢は『太陽に触れても平気』らしい」

「太陽?」

「クレア師匠の口癖だ。ミーシャは『我が家ではよく使う言い回し』と言っていたが、母親のエレノア女公爵からは、一度も聞いたことがない」


 ふとしたときに、言動や考え方に師匠と似たものを感じる。気にしすぎだと思っていたが、どうしてもこの考えが頭を過ぎる。


「ミーシャは、クレアの生まれ変わり。とか」


 強い風が吹き、さらさらの雪を巻き上げる。リアムの横で大人しく座っていた白狼は、風に反応したのか上を向いている。

 ジーンは、うーんと唸ってから口を開いた。


「生まれ変わりは、陛下の願望では? リアム皇子の初恋は、クレアさまでしたものねー」

「……茶化すな」


 リアムはじろりと睨んだ。


 ――たしかにあれは、初めての恋だった。


  リアムはクレアのことを師として尊敬していた。子どもだったが、彼女と対面したときの印象は、いつまでも忘れられない。


「クレアさまはエレノア女公爵さまと従姉妹ですよね。ミーシャさまとは最従姉妹になります。似ている部分と似ていない部分があっても、普通じゃないですか?」


「そういうものか」

 ジーンは「そういうものです」と言ってから続けた。


「残念ながら、私と陛下のクレアさまの記憶は、十六年前のままで止まっているでしょう?……彼女に師匠の面影を追うのは少々酷かと」


 ジーンは壁に向きを変えると手を上げて合図した。頷きを返した衛兵が黙って門扉を開けはじめる。鉄がこすれる甲高い音があたりに響く。


「陛下は今のままどうぞ、ミーシャさま自身を見て差しあげてください」


 ドアが開くとまず白狼が門を潜った。次にリアム、最後にジーンが分厚い城壁を抜けた。


 ――ミーシャ自身、か。


 ジーンの言うとおり、彼女はクレア師匠に似ているようでどこか違う。

 一緒にいるほどに、ミーシャのことをもっと知りたいと思った。時間が許す限り、色んな一面を見ていたいと。


 だが、胸の奥で沸き立つこの感情は、今の自分が抱いていい物ではない。彼女が師匠に似ているからこそ、なおさら認めるわけにはいかなかった。


 ――周りにこれ以上期待をさせないためにも、彼女とは少し距離を取るべきだな。


 問題は山積しているのに浮かれていたと、リアムは彼女への接し方に反省した。


「……悠長にしゃべりすぎた。この国を守るためにも、不安要素はすべて排除する」

「仰せのままに」


 リアムとジーン、そして白狼は、静かに降り積もる白い雪の中へ足を進めた。

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