雪降る庭⑵
「陛下。あのっ……」
「ひらひらのドレスに、そんな頼りない履き物で雪の中は歩けないだろう」
――そうだけど、また抱っこ!
「……陛下は人に外套を預けたり、抱きあげるのがお好きのようですね」
「そうかもしれない」
飄々とした顔で言い返されて、ミーシャは口を噤むしかなかった。
外に出ると、冷たくて強い風が顔に当たった。頭上に広がる闇夜からは、白い雪がひらひらと静かに舞い降りてくる。
さくさくと、雪を踏みしめる音だけが耳に聞こえる。侍女のライリーもジーンたちもいない。静かな夜の雪の庭に二人きりだ。
「雪、きれいですね」
「雪がお気に召したようでよかった」
「私、雪、大好きですよ?」
笑いかけると、リアムはなぜか顔を逸らしてしまった。
「陛下、どうかされました?」
「……なんでもない」
――雪にはしゃくだなんて、子どもっぽいと思われたかしら。……あれ?
暗がりに目が慣れてくると、ふと気づいたことがあった。
「陛下。あの、あそこ。どうして庭が光っているんですか?」
「氷の泉だ。泉だけど一年中、凍っている」
「青白く発光しているということは……」
「流氷の結界の一部として機能している」
リアムは歩きながら続けた。
「宮殿内の泉は四カ所あるが、今見えている中央の泉が一番大きい。氷の宮殿は短い夏でも雪が残る。そして泉は、この広いグレシャー帝国の川と繋がり作用している」
「帝国ってとても広いのに、泉の水は帝国の川全部と繋がっているということですか?」
リアムは立ち止まると、遠くに見える泉の一つを指差した。
「泉はもともと地下通路への入り口だったんだ。そして、地下の用水路が、帝都の中心を流れる川に繋がっている。しかし今は、宮殿の地下全部が氷で埋め尽くされていて、最深部まではとても行けそうにない」
「陛下は氷を操れるのに、行けないのですか?」
「俺は氷を生成するのが得意だが、解氷は苦手なんだ。できるけど時間がかかる」
そうだったと、ミーシャは思いだした。
クロフォード家の氷を操る力は創造に長けている。リアムは物を凍らせたり、なにもないところから武器や道具を瞬時に作るのはじょうずだったが、溶かすのは昔から苦手だった。
「陛下は氷の泉から地下水路を伝って、結界を国中に発動させることができると思いついたんですね?」
「さすが魔女、察しがいいな」
「グレシャー帝国の人は、そのことを知っているんですか?」
「漠然と、かな。宮殿から俺が魔力を使って結界を張っている。くらいだろう」
「氷の宮殿と、凍ったままの泉。地下で繋がっている、氷の空間……」
――気になる。もし、今もクレアほどの魔力があり、炎の鳥をもっと操ることができれば、その氷すらも溶かすことができたのに。
「今、氷を溶かしてみたいと考えただろ?」
「なぜわかったんですか?」
「顔に書いてある」
ミーシャはあわてて顔を隠した。
「手を離すな。危ない」
「陛下が勝手に、私の考えを読むからです」
リアムの頬にそっと触れた。陶器のように滑らかな肌はやはり冷たい。
「氷の宮殿を離れるとき、結界の維持はどのように? 魔力は、常に発動しているんですよね? 寝ているときも?」
「質問しすぎ」
「だって……陛下を、早く治療して差しあげたいですから」
「つまり、俺を早く治して、国に帰りたいってことか」
雪混じりの冷たい風が頬をなでる。乱れた髪をミーシャは抑えながら、じっと自分を見つめるリアムに向かって頷いた。
「もちろんです」
彼はゆっくりと、目を細めた。
「焦る必要はない。が、きみの願いが早く叶うように、協力する」
前を向いたリアムは、暗い吹雪の中を、淡々と進む。
心なしか、ミーシャを抱きしめる力はさっきよりも強く感じた。




