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小さな皇子さま⑵

「けれど、ここは食事をする場所です。ちょうど風に当たろうと思っていたので庭に出ましょうか」

「ミーシャさま、炎の鳥を出すのは危険では? おやめになったほうがよろしいのではないでしょうか?」


 皇太子の侍女は、心配らしく青白い顔をしている。


「大丈夫。炎の鳥は燃やす対象を選べます。皇太子さまに危険はありません」

 

彼女を安心させようと、笑顔で答えた。


「……さすがフルラの魔女。炎を自在に操るご自信がおありのようですね」


 ノアが「お母さま?」と驚いて声をあげ、ミーシャも振り返った。


 ――お母さまということは、このかたがビアンカ皇妃!

 

ミーシャは彼女に向かって屈膝礼(カーテシー)をした。


「ごあいさつ申しあげます。フルラ国ガーネット女公爵の娘、ミーシャ・ガーネットと申します。ビアンカ皇妃さま。お初にお目にかかります」


 ビアンカ・クロフォードは数年前に逝去した先帝クロム・クロフォードの唯一の妃、そして、ノアの母親だ。


「春うららかな大地フルラ国から、この豪雪の地グレシャー帝国へようこそ。ご令嬢、歓迎いたしますわ」

 

 後頭部に結い上げられているビアンカの髪色はブラウン。リアムより年上の彼女のドレスはシンプルで派手ではないが質の良いものだった。清楚で高貴な女性だと伝わってくる。


 ビアンカは、ノアに視線を向けた。


「ノア。探しましたよ。勝手に離れてはいけないと、何度も言っているでしょう?」


 静かに、だけどはっきりとした口調だった。ビアンカに注意されたノアからは、陽だまりのような愛らしい笑顔が消えた。不安そうに目を泳がせてから下を向く。


「……ごめんなさい。お母さま」

「しかも、炎の鳥を見てみたいだなんて。あなたは氷の国の皇太子。ご自身の立場をわきまえなさい」


 ビアンカは、扇子を広げ口元を隠すと蔑むような眼差しで自分の息子を見た。


『……――あなたはもう、クレアじゃない。だから名前をミーシャにしたの。平和、平穏な世界という意味よ』


 母エレノアの夫はフルラ国の兵士で、十六年前に命を落とした。彼女はその直後にミーシャを産んでいる。


 エレノアは、クレアの生まれ変わりだとわかってもミーシャを愛しみ、育てあげた。まっすぐ向き合ってくれた。


 まだまだ甘えたい年ごろなのに、母親に萎縮しているノアがかわいそうだった。

 親子に言葉をかけようとした刹那、ビアンカはミーシャに強い眼差しを向けた。


「炎の魔女。あなた、炎の鳥を使って、皇太子に危害を加えるつもりだったのですか?」

「違います!」


 すぐに否定したが、聞き耳を立てていた貴族たちがどよめきだした。


「炎の鳥は、我がグレシャー帝国を何度も火の海に沈めた。それをお忘れとでも?」


 忘れたりなどしない。歴代の魔女やクレアの犯した罪は重い。

 ミーシャは誠意が伝わるように、ビアンカに向き直った。


「先代の魔女がしたことは許されないこと。一日たちとも忘れたことなどありません。だからこそ、私はここにいるのです。過去の遺恨を乗り越え、両国が友好な関係を築く、架け橋になるのが私の使命と思っております」


 リアムがそう思わせてくれた。気づかせてくれた。だからその気持ちに応えたい。


「架け橋? 令嬢はとても崇高なお考えをお持ちですのね」


 ビアンカは笑みを浮かべながらミーシャに近づくと、他の者には聞こえないように小さな声で言った。 


「子どもの戯れ言ね。それなりの身分の者が敵国に嫁ぐということはつまり人質。友好な関係なんてしょせん、夢物語よ」


 冷ややかな瞳、憎しみのこもった低い声に、背筋が凍った。

 固まっているあいだにビアンカは、注目している大衆に向かって声を張った。


「みなさま、令嬢に失礼を働かないようにお気をつけあそばせ。魔女の彼女は炎の鳥をたやすく扱えるようですわ。逆らってはなりません」


 大衆から悲鳴があがる。ざっとあとずさりして離れて行く。


「ビアンカ皇妃。私はそんなことしません!」


 否定しても周りの者は怯えたままで、疑いと警戒の目をミーシャに向けた。


「お母さま! ミーシャさまはそんな人じゃ……」

「ノア。あなた、危うく魔女に魅入られるところだったわ。だからいつも言っているでしょう? いついかなるときも、私の言うことを聞きなさいと」

「ノア皇子はなにも悪くありません」


 自分のことはなんと言われてもいい。ノアの傷ついた顔は見たくなかった。


「なにを騒いでいる」


 張り詰めた空気に割って入ってきたのは、冷気を放つリアムだった。



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