小さな皇子さま⑴
「陛下。お話中に申しわけございません。私は少々、風に当たってまいります」
ミーシャは鈍い痛みがする胸にそっと手をそえて、頭をさげた。
「風? わかった。俺も行こう」
「一人で大丈夫です。陛下はナタリーさまとのご歓談をお楽しみくださいませ」
お辞儀をすると、足早にその場から離れた。
――苦しいのはきっと、着慣れないドレスのせいね。
ミーシャは顔をあげて、あらためてフロアを眺めた。
バイオリンが奏でる優雅な音楽が流れ、はなやかな宴が続いている。
立食形式でテーブルの上には美味しそうな料理がたくさん並んでいる。広い会場を埋め尽く来賓客は千人以上だという。それぞれが自由に酒を飲み、食事をして会話を楽しんでいる。
和やか雰囲気は祖国のフルラを思わせた。
形式にこだわりすぎず、自由なパーティーにしたのはリアムの案だと、宰相のジーンが言っていた。
極寒の地を、何百年、何世代も繋いで守ってきたクロフォード王家。
歴代の王の庇護のもと、豊かになったグレシャー帝国で幸せに暮らす人々。
よそ者で悪い魔女の自分は、晴れやかな場に不釣り合いで異物のように思えた。
自分の肩を両手で抱く。
暖かいはずの会場でひとり、ミーシャだけが凍えるように寒かった。
「どうしたの? 寒いの?」
かわいらしい声で話かけられて、思わず立ちどまった。
振り向くと、黒を基調とした礼服に身を包む、五、六歳くらいの男の子がいた。
澄みわたる空のような碧い瞳の彼は、不思議そうに首をかしげ、心配そうにミーシャを見ている。
「リアム……皇子?」
少年は、出会ったころのリアムにそっくりだった。
「公爵令嬢、恐れながらこのおかたは、陛下ではございません。先帝クロム陛下の嫡男で現在、王位継承権一位の『ノア皇太子殿下』でございます」
彼の傍に仕えていた侍女が、恭しく頭をさげながら説明してくれた。
ミーシャは小さな皇子に屈膝礼をした。
「偉大なるグレシャー帝国の皇太子さま。ごあいさつ申しあげます。フルラ国ガーネット女公爵の娘、ミーシャ・ガーネットと申します」
「はじめまして。ノア・クロフォードです」
ノアは、にこりとほほえんだ。
――か、かわいい!
ノア皇子の髪の色は金色で、銀髪のリアムとは違う。目や唇などのパーツも似ていない。ただ、かもし出している雰囲気が、彼の幼少期を思い起こさせた。
「ミーシャさま。寒いならぼくがあたたかくなるもの、持ってきてあげようか?」
やさしいところも同じだ。
ミーシャはノアと視線を合わせるためにしゃがんだ。
「ノア皇子、ありがとうございます。殿下のやさしくて温かい心づかいのおかげで、寒いのなんてすっかりなくなりました。もう大丈夫です」
ノアは「そっか」と言うと、またにこりと笑った。
皇子の彼には失礼かもしれないが、ノアは春に咲く、黄色いタンポポのようで癒される。
「ねえ、ミーシャさまは魔女なんだよね? 炎の鳥を見せて欲しいって言ったら、だめかな?」
「炎の鳥を、ここで?」
周りに視線を向けた。
このパーティーはミーシャのお披露目が目的だ。それなのに、次期正妃のもとにあいさつに来たのは、ナタリーだけだった。
他の者は魔女を恐れているらしく、遠くから眺めるだけ。今もちらちらと視線を向けてくる。
引きこもり令嬢のミーシャに、取り立てて媚びへつらう必要もないと思っているのだろう。それでいいし、合っている。だが、
『……魔女の印象がよくなるように、協力して欲しい』
リアムとの約束を守るために、自分のできる範囲でやれることはしたい。
なにより、目の前にいるノア皇子を喜ばせてあげたい。
「ろうそくの灯ほどの小ささでもよろしければ、お見せいたしましょう」
「本当に? ありがとう」
ノアは目を輝かせた。




