陛下の外套⑵
「抑止力。隣国カルディアに、攻められないようにですよね」
「そうだ」
「戦争を避けるために、流氷の結界が必要なのはわかっております。ですが、凍化病を発症するほどの大きな魔力が必要ならばやめるべき。陛下は、尊い存在だからです」
思いが伝わるように、リアムの目をまっすぐ見て伝えた。
「広大な国土すべての川に魔力をそそぐのは、さすがにやりすぎです。どうしても結界が必要というのなら一部だけにするとかはどうですか?」
リアムは、視線を窓の外に向けた。
「グレシャー帝国には北に高い山脈があり、その麓に帝都クロフドと氷の宮殿がある。上流のここから魔力をそそぎ下流へ、国全体へ伝っていくことで結界を発動させている。たとえば、他国と接している国境付近だけに結界を張るなど、一部だけはできない」
「そうですか……。仰るとおり、魔力をたくさん持つ陛下しかできない。ですが、冷の耐性を超えるのはやはり賛成しかねます。私のように、炎の鳥など、他から補うのがよろしいのでしょうが、陛下より魔力が備わっている者は存在しないでしょう。困りましたね」
「魔力の補助なら、すでにしている」
ミーシャは、「え?」と驚いて聞き返した。
「氷と雪の精霊が、力を貸してくれている。だが、それでも凍化病の進行は止まっていない」
「魔力が相当必要なんですね」
リアムは、自分の身体がどうなろうがおかまいなし。あらゆる手段を用いて結界を維持しているということだ。
直接説明を聞き、流氷の結界を自分の目で見て正解だった。ただ、思っていた以上に打つ手がない。どうすればいいのかはすぐにいい案が浮かばず、ミーシャは頭をかかえた。
――冷の耐性を超えて凍えてしまわないように温める。今は、それしか方法がない。
「少し、考えてみます。治療、というか魔力消費をしない方法が浮かぶまでは、炎の鳥を呼んで、お渡しする対処療法を続けましょう。薬草とかも色々と試してみたいと思いますのでご協力をお願いします」
「令嬢。万が一、治療がうまくいかなくても、気に病むことはないからな」
どの薬草を使ってみようかと、あれこれと考え込んでいたミーシャは顔をあげた。
「公爵令嬢。あなたが俺を心配してここまで来てくれたことには感謝する。だが、前にも言ったが俺は、生きながらえようとは思っていない」
胸に、殴られたみたいな痛みが走った。彼をきっと睨む。
「陛下のその考えも、改めていただきます」
強い口調で言い返すとリアムは目を見開いた。
「俺に指図するというのか?」
十歳年上の成人した男性、しかも皇帝であるリアムにすごまれて、正直怖い。しかし、元師匠のプライドにかけて、怯まずに見返す。
「誰がために、自らを犠牲にしようとする陛下はとても立派で尊敬いたします。ですが、限度というものがあります。陛下に負担を強いてまで救われてたとして、みんなが喜ぶでしょうか?」
「だが、王家の俺がやらねばならない。甥のノアにはさせられない。帝国の民すべてを守れるのなら、この身体がどうなろうとかまわないんだ」
リアムは炎の鳥を空中へ手放すと、立ちあがった。
「令嬢は病の緩和と、魔女の印象を良くするように務めてくれるだけでいい。春になれば国へ帰ってもらう」
それはつまり、用がすめば帰れということだ。
フルラには戻る。だけどそれは、リアムを治してから。
「陛下、おかけになってください。まだ治療の途中です」
「もう十分温まった。俺は執務に戻る。令嬢は夜のお披露目パーティーまで休んで」
「まだ不十分です、陛下!」
リアムは制止を無視して、そのまま部屋を出て行った。
――根気よく研究するのは得意よ。たとえリアムに嫌われようとも、しつこく治療方法を探してやる!




