英雄と悪い魔女⑴
契約内容について話がまとまったころ、ドアをノックする音が聞こえた。
入ってきたのはリアムの側近数人と宰相のジーンだ。リアムの前に跪づく。
「陛下、遅れて申し訳ございません。体調はいかがですか?」
「見てのとおりだ」
ジーンは顔をあげて、リアムの顔をじっと見た。
「顔色がよろしいですね。なによりです。女公爵令嬢さま」
ジーンはミーシャに向き直るとにこりと笑い、丁寧にお辞儀をした。
「このたびは迅速な治療をしていただき、誠にありがとうございました」
「私はなにも。たいしたことはしておりません」
「たいしたことですよ」と、彼は目を大きくさせた。
「陛下はあの状態になると、半日から数日は寝込んでしまいます。この短時間で動けるほどまで回復しているのが信じられないです」
「私がしたことは応急処置です。根本的な治療ではありません」
ミーシャは首を横に振った。
「いや、今回の処置は迅速で適切だった。礼を言う」
リアムの言葉のあとに、ジーンはうんうんと強く頷いた。
「陛下。エレノアさまがお部屋をご用意してくださいました。そちらへご案内します」
リアムはソファからゆっくりと立ちあがった。ジーンに続いて部屋を出て行こうとしたが、ふと足を止めて振り返った。
さっきまでは寒空のようだったが今は穏やかな眼差しだ。じっと見つめられて落ち着かない。
「本当に助かった。引き続き世話になるが、よろしく頼む」
リアムが治療に前向きになってくれたんだと思った。嬉しくて頬がゆるむ。
凍化病の原因が、流氷の結界だとわかっても、現状どうしたら良いかはわからない。それでもリアムの病は必ず治してみせる。
「お任せください」と笑顔をそえて、ミーシャは屈膝礼をした。
リアムが部屋を去り、一人になると力が抜けた。その場に座りこんでいると、炎の鳥が飛んで来て、ミーシャの肩にそっと留まった。
「お任せくださいなんて言ってしまったわ。……こんなはずじゃなかったのに」
炎の鳥に話しかけながら苦笑いを浮かべた。
今生では、リアムに関わらないで生きていくつもりだった。成りゆきとはいえ、自ら婚約関係を申し出ることになるなんて。
はあっと大きなため息をついて、手で顔を覆う。
目を閉じれば、さっき見せてくれたリアムの眼差しが浮かんだ。小さいころの面差しはそのままなのに、大人になったリアムは思い描いていた以上にかっこよく、美しかった。
ただ、昔と違って彼の顔に笑みはない。まるで、凍化病で身も心も一緒に凍りついてしまったみたいだ。
「心配で、ついお節介が過ぎちゃった……」
「そのようね」
ミーシャは顔をあげた。部屋に入ってきたのはエレノアだった。
「でも、そのお節介のおかげで陛下の体調は回復したようね。さっきすれ違ったけれど、顔色がよくなっていたわ」
彼女はにこりと笑うと、ミーシャの前に座った。
「婚約、受け入れたそうね。おめでとう。ジーン宰相がとても喜んでいたわよ」
楽しそうなエレノアをじろりと睨んだ。
「お母さま。さては、図ったわね?」
「図る? なんのことかしら?」
「とぼけないで」
ミーシャはぱっと立ちあがった。
「リア……陛下が来ていること、黙っていたでしょう? そのうえで、私にクレアの石碑へ向かわせた。陛下が来るのはいつも当日。前日の今日、いらっしゃるとは思いませんでした」
「そうね。運よく遭遇すればいいとは思っていたわ。今日お着きだと聞いていたけれど、伝えそびれてごめんね?」
口では謝っているが、まったく悪いとは思っていない顔だった。
「陛下の体調があそこまで酷い状態だと、なぜ早く教えてくれなかったのですか?」
「私も、先ほど知ったからです」
ミーシャがしかめ面を作ると、エレノアはゆっくり立ちあがった。
「あなたと違って私は陛下と毎年会っていたわ。けれど、身体に影響が出ていることにまったく気づけなかった。突然発症したのか、ずっと隠していたのかはわからないけれど。しかも、陛下が命を狙われるなんて、思ってもみなかったわ」
エレノアの顔には、後悔と哀しみが浮かんでいた。彼女の手がミーシャの頬に触れる。
「あなたにも、怪我がなくて本当によかった」
「私は、大丈夫です」
――刺客に体当たりしようとしたことは黙っておこう。余計な心配はかけたくない。
「ところでミーシャ、陛下を襲った男たちが目を覚ましたの。目的がわかったわよ」
エレノアに詰め寄った。
「刺客の目的は陛下の命では? 黒幕が誰かわかったの?」




