鬼救寺と鬼灯
寺だ。それも小さな。寺の名は鬼救寺と言う。以前は家々の連なりのなかに佇んでいたが、今は緑豊かな広大な丘にポツンと捨て置かれたように立っている。建物の崩壊が一つの原因ではあったが、何よりも気味悪がった周りの家が示し合わせたように次々と引っ越していった。実際、噂は家々を渡り歩いていったのだろう。
とはいえ一度崩壊して新築しただけあって、門もそこから続く本堂も明るい雰囲気を醸し出している。もっともすでに時刻は夜の時間帯に入ってきており、薄暗闇にぽっかりと浮かぶその姿は寺院独特の畏怖の気持ちを呼び起こすのだが。
車を停めると同時に吉良は左腕につけた腕時計を見た。時間は六時を少し過ぎたあたり。メッセージが一件送られてきていた。
【お土産待ってます】
吉良は苦笑した。遠くとは言え同じ市内なのだから何をお土産なんて、と思ったが、窓の外に目を向けて考えを変えた。
本堂の前には鬼灯の実がなっていた。しわしわの橙色の独特な形をした実が、漏れ出る灯りに照らされている。
鬼灯は、魔除けの効果があるとされている。真偽はもちろん定かではないしどちらかというと吉良は信じてはいなかったが、親としては生まれたばかりの子どもの健康を願うと験担ぎでもいいから信じてみたくなるのは自然なこと。それに同じく『鬼』の字がつく鬼救寺に植えられた鬼灯ならば、やはりご利益はありそうだ。
後でもらえないか聞いてみようと決意を固めつつ、ドアを開ける。シャ、シャ、シャ、とわざわざ本場、京から取り寄せたという玉砂利の上を歩いていくと、暗がりの中にもう一台、車が止まっているのに気がつく。曲線美が美しい高級そうな漆黒の車だ。
寺の管理人でもある柳田沙夜子は、確か車を保持していない。それに主張の強いこの車は絶対にと言い切れるほど彼女の趣味ではない。と、なれば当然誰かが先に来ていることになる。
突然の来客の可能性もある。だけどそれ以上に考えられることは関係者ーーつまり沙夜子が焦ったような甲高い声で呼びつけた何らかの出来事の関係者である可能性の方が高かった。
京からは遠いこの陸奥の地に存する小さな町、南柳市において、妖関連の問題を持ち込むのなら吉良のところかここだった。というよりもその二つしかなかった。それこそ三年前に「あやかし保護法」が制定されたとはいえ、法を現実のものにするために必要な機関や人材はまだまだ不足している。
痩身のあの依頼人と関係する誰か、と吉良は当たりをつけて本堂までの道を進んだ。依頼人はまだ二十三と言っていたし、心配した親がこちらへ相談に来たのかもしれない。あるいは、恋人か。当事者以外の人間から話を聞けるのはありがたい。本人では自覚できない多くの情報、特に生育歴が事細かに聞けるかもしれない。
本堂への扉を開くと、沙夜子の物と男物の靴が一足。奥を覗くとすでに襖は開かれており、男が座布団に座って沙夜子と対峙していた。
張り付くようなピリピリした空気が伝わり、吉良の背中に鳥肌が立つ。緊迫感の漂う雰囲気が、のんびりとしていた自身の予想が全く外れたことを教えてくれた。




