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遭遇

 何の変哲もない住宅街。日本のどこかを切り取れば必ずあるであろう家主の性格と趣向を凝らした多様な家々が並ぶ住宅街の一角にその家はあった。暗くて目を凝らさなければわからないが、淡い茶色に真っ赤な屋根のこじんまりとした一軒家が、手入れの行き届いた芝生の中に佇んでいる。隣近所とは近過ぎもせず遠過ぎもしない適度な距離を保っており、見たところ特段干渉はなさそうだ。


「電気がついていないな。寝る時間にはまだ早い気がするが」


 道路脇に車を置くと、吉良と月岡は足早に庭へと足を踏み入れた。玄関に続く石畳を進み、ドアの横に設置されたインターホンを押した。中で反響する。反応はない。


「電話は?」


「ええ」


 何度掛けても繋がらなかった。またあの返信が返ってくるのではと思い数秒待ったが、何事も起こらなかった。


 ガチャ、と月岡がドアノブを下げると扉は開いた。年季の入った扉なのか、軋む音とともに真暗な空洞が広がっていく。音を立てないように中へと侵入する。月岡が手探りで電気を点けると、明るさとともに安堵感が生まれた。


 玄関には雑に脱ぎ捨てられたような幅広の革靴が一足。玄関を抜けるとすぐに2階へと続く階段があり、右手に曲がればリビングがある。リビングには一人用なのか小さなテーブルとソファが置かれていて、机の上には新聞やチラシがきれいに整理されて載せられていた。壁側にはテレビとテレビ台、観葉植物が置かれている。簡素な作りだった。そして、几帳面なほどに片付けられていた。


 性格が窺える。毎月毎月ピタリと同じ曜日同じ時間に訪れる几帳面な性格とシンプルな家の中の様子はピッタリと合致していた。


「見た感じ何もないが……」


 キッチンもキレイに整頓されていた。棚を開ければ包丁が種類別に並べられており、その他の調理器具も皿類も所定の位置に収まっていた。


「ここも違和感がないですね」


 月岡は何事かを考えるように何度も顎を指で弾く。眉間にシワが寄っていた。


「妙だな」


「何がですか?」


「こんなに綺麗にしているのに、なぜか玄関の靴は片付けられていなかった。何足もあるのならまだしも、一足だけ。一足だけならきちんと並べて置いておくと思うが」


「言われてみればーー」


 二人の会話は中断し、顔が上へと向けられる。微かだが音が弾けた気がした。耳を澄ませると、もう一度。


「何か」


「ああ、物音がする」


 月岡は吉良を突き飛ばす勢いで走ると、あっという間にリビングを出て階段を上り始めた。荒々しくドアが開く音が僅かな振動とともに聞こえてくる。


「月岡さん!」


 吉良も後を追った。ところが、階段に足を掛けた途端に動きが止まってしまう。


 臭いが、病室で嗅いだあの臭いが漂ってくる。臭いをそれと認識したと同時に記憶の断片が頭の中を駆け巡っていく。少女の断末魔の叫び声が聞こえた気がした。


 まさか。最悪の事態が頭をよぎる。その予想を振り払うと、階段上を見上げて一歩一歩上り始める。


 もし、そうなのだとしたら範囲は拡大している。もし、そうなのだとしたら繋がりが生まれる。どちらが先か、どちらが後か。


 ドアを開け放したまま電気も点けずに固まったままの月岡の背中に追い付くと、吉良は恐る恐る声を掛けた。制御しようと思っても声はどうしても震えてしまう。


「静かにしろ」


 押し殺した声が返ってくる。臭いはさらに強くなり、四方の壁が迫ってくるような錯覚を覚えた。跳ねる心臓を抑えつけるように胸の上に手を置く。深呼吸をして耳を傾けた。


 暗闇の中に何かがいる。正体は大方わかっていた。何をしているのかも。


 咀嚼音。そして何かを引きちぎる音。獣のような低い唸り声。それらの音が示すモノは一つしかなかった。


「明かりをつけるぞ」


 スイッチを押す音すら響いた。


「……っく」


 月岡ですら絶句する姿が光の下に晒された。背骨や腰はしなる弓のように異常なほどに曲がり、痩せ細った身体はもはや骸骨と言い表してもおかしくはなかった。何よりもーー何よりも引き付けられて離せないのは、目だ。


 窪んだその目の中が、瞳がギラギラと血走っている。獲物を探しているような、食べ物を食料を探しているような。吉良が知っている容貌から様変わりした老婆は、にぃっと三日月のような笑みを浮かべた。


 突然月岡が後ろへ下がったことで吉良は部屋の外へ押し飛ばされる。落ちそうになったメガネを掛け直すと、月岡の太い腕に老婆が飛び掛っていた。


 舌打ちがする。月岡は右へ避けながらほぼ同時に後ろ足でドアを蹴り上げる。吉良の目の前でドアが閉まり、衝突音がした。音はそれきりで止まり、ゆっくりとドアが開いていく。


 月岡の手が見えた。


「コイツ……襲って……きやがった」


 荒い息をしながらもうつ伏せに倒れた老婆の様子を確認する。身体を仰向けに向けると、あの瞳は閉じていて身体はビクともしない。


「大丈夫だ。頭を強く打って気絶しているだけ。だが、取り憑いたあやかしが無理やり体を動かす危険性は?」


「大丈夫だと思います。動かせるなら、もう動いているはず」


思います(・・・・)? 確実じゃねぇな」

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