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雷の向かう先

 トイレを済ませると、月岡が併設されているカフェの二人掛けのテーブルに座っているのを見かけた。手を挙げて合図が送られた。向かい合って椅子に座るなり、月岡から話し掛けてくる。


「先生もどうだ。何か頼むか」


 やけに上機嫌だった。悲痛な話をしていたばかりなのにあの雰囲気はどこへ消えたのか、目を輝かせどこか楽しそうに紙コップに入ったブラックコーヒーを啜る。その理由はすぐにわかった。


「お待たせしました。こちら、ずんだパフェになります」


「来た来た」


 まるで子どものような笑顔になると、白玉が二つ乗った美しい緑色のパフェに長いスプーンを入れる。一口サイズで切り取ったパフェを頬張ると、いかにも美味しそうに目が大きく開かれた。


「甘っ! うまっ! 枝豆っ!」


 そう言えば、と吉良は記憶を遡る。自宅で目覚めたときに月岡が読んでいた雑誌は、「Sweets&Concerto」という製菓雑誌だ。依頼人が待ち時間の間に退屈しないようにといろいろと揃えた雑誌の中で、月岡は間違いなくそれを読んでいた。


 月岡はコーヒーを口に運ぶと、満足気に微笑んだ。


「いや〜最高だな。生きててよかった! ほら先生も何か頼めよ。日替わりケーキもあるし、あとアイスも、大福まである。種類豊富!」


「あっ、いや、じゃあ僕はカフェオレで」


「なんだ先生、甘いもの苦手か? こんなにうまいのに」


「いえ、その」


 苦笑いするしかなかった。好きか嫌いかと言われれば苦手ではなかったが、この緊急時に食べたいとは思えなかった。肝が座っているというか度胸があるというか。


「甘いものでも食べないとやってられねぇだろ。ただでさえ血なまぐさい現場なんだ」


 月岡が真顔で言うと妙に説得力がある。吉良の感心をよそに月岡はずんだパフェを平らげると、大きく息を吐いた。


「さて、ともう一つ。先生に聞きたいことがある」


 急に気が引き締まる。運ばれてきたカフェオレを手元に移す。湯気がほんの少しメガネを白く濁らせた。


「先生の顔付きが変わった気がする。あのあと何かあったのか?」


 熱い紙コップを傾けると、入れたてのカフェオレが口の中に流れてきた。ほろ苦いコーヒーとほんのりと甘い牛乳の味が香りとともに広がった。


「覚悟が決まったというか、自分のやるべきことがようやくわかったというか」


 吉良は数時間前の愛姫とのやり取りを包み隠さず全部話した。月岡が自身のことを話してくれたこともあって、舌は止まることなく動く。しゃべり終える頃にはもうコップの中身は冷たくなってしまっていた。


「ーーなるほどな。確かにそこは先生の強みなんじゃねぇか? あやかし側の視点にも立てる。俺や柳田にはない部分だ。あやかしと暮らせるくらいだからな」


 穏やかな表情に口調。コーヒーを飲み干すと月岡は即座に席を立ち、外へ出ようとする。


「えっ、あの……」


「なんだ先生。さすがにもう時間がないだろ、急がないと」


「いや、そうじゃなくて。嫌がらないんですか? あやかしの肩を持つのは嫌いなんじゃ」


「嫌いだよ。反吐が出る」


 あまりの即答に吉良の顔がガチガチに強張る。月岡は片手をスーツのポケットに突っ込んで反対側の手で頭を掻いた。


「だが、それが役立つこともある。捜査が進展するなら問題はねぇだろ。ほら、行くぞ!」


「は、はい!」


 土砂降りの雨の中を二人の人影が通り抜けていった。山を切り抜いてつくられたような駐車場。色付く大きな木々が風に揺られた。二人が乗り込んだ車は高速道路に合流し、また駆け抜けていく。日は暗くなり、もうすぐで夜の帳が下りようとしていた。


「あんたの奥さんに会った」


 しばらく走った後、月岡は不意にそう言った。雨がさらに強まる中、ぽそりと喋る声に吉良は前方を見つめ耳を傾ける。


「怖がっているようだった。俺を、というよりも人間の目に触れるのが。顔はずっと下を向いていてしかも両手で顔を覆っていた」


 フロントガラスに仕草が鮮明に浮かび上がる。人間のそれも男性だ。顔を決して見られてはいけないと、必死だったはず。


「正直、拍子抜けした。先生の奥さんはあやかしと聞いていたから、何かされるのかもしれないと身構えていたからな。だがあれは逆に可哀想だ」


 愛姫のことをよく知らない人間は、あやかしというその属性だけに着目し、不安や恐怖を募らせる。自分達と根本的に違う存在だと、理解を避けて拒絶を示す。吉良の両親がそうであるように。


「あやかしは嫌いだ。だが、あんたのことは信頼できる。俺はな、人を見る目はあるんだよ。あの姿を見て察した。あんたはホンモノだ。本気であやかしと関係を構築しようとしている。そうだろ、吉良」


 そうなのだろうか、と吉良は自問した。大粒の雨が車体を叩き、雷が轟く。自身の向かう先を教えてくれているようだった。 

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