それだけなんかじゃない
孤児院での指導も最終日となった。文字と計算を選んだ子達はある程度は習得しているが、剣術だけは違かった。
地道に素振りを続けた結果、剣先はぶれなくなってきたものの、とても実戦で役立つレベルではない。
「足し算ができるようになった」「簡単な本なら読めるようになった」などと喜んでいる他の子を横目に、剣術を選んだ子達の落胆は大きい、かと思いきや一人の少年の声かけで皆真剣に取り組んでいる。
皆を鼓舞している少年の手には水ぶくれができており、それを潰しながらも木刀を今も振っている。
「まさか、彼が一番頑張るとは思いませんでしたわ」
「誰よりも負けん気は強かったですから。筋も良いので、これからが楽しみです」
剣術は、一朝一夕でできるようになるものではない。才能も大事だが、腐らずに真摯に向き合えるかが問われてくる。これからの頑張りでどうなるかが決まるだろう。
黙々と木刀を振るギートは疲れてきたのだろう。腕の上がりが小さく、手先だけで木刀を振ってしまう。そのことにいち早く気が付いたローゼンは休憩を促しに向かっていった。
休ませている間にアドバイスをしているようで、ローゼンが身振りを交えながら説明しているのが見える。それはまるで師弟のようだ。
「ふふっ。本当に騎士になる日が来るかもしれませんわね」
「本当にね。あの子がたった数日でこんなに変わるなんて。どんな魔法を使ったのかしら」
イザベルの方へとゆっくりと向かってきながら、ネイビーの詰襟のワンピースを着た女性は言う。
その人物が瞬時に誰かを理解したイザベルは、目を瞬かせた。
「お久し振りですね、イザベル様」
にこりと微笑み頭を下げる女性にやや緊張した表情ながらもイザベルは微笑み返す。
「ええ、お久し振りですわ。フロリア様」
フロリアは、イザベルの隣まで来るとギースや子供達の方へと視線を向けた。
「あのっ──」
「カーテシーはもう貴族ではないので、しないことをお許しください」
「その、申し訳──」
「それと、様付けは結構ですよ。どうでしたか?フロリア孤児院の子供達は」
イザベルの話を聞く気がないのか、フロリアは言葉を被せてくる。そのことに困惑しながらもイザベルは慎重に言葉を選ぶ。
「素直でのびのびとした子が多く、愛情をもって皆様が接しられていることが伝わって参りますわ」
「そうですか。でも、それだけだとは思いませんか?」
ギースから視線をイザベルへと移し、フロリアは感情の読めない笑みを浮かべる。
「そのそれだけがどれ程に子供達を支えているか、計り知れませんもの」
「けれど、それでは足りないとは思いませんか?」
一体、何が言いたいのか。イザベルは正確に感じ取り、困ったような笑みを浮かべた。
「マッカート家として最大限の支援を──と言いたいところですが、ここはマッカート領ではありませんもの。私の一存で決めることはできませんわ。
お父様に意見として手紙を書く、でいかがでしょうか?」
「ありがとうございます。お心遣いに感謝します」
合格、と言わんばかりの笑みをフロリアは浮かべた。




