カオスな光景
カシューが新たな扉を潜ろうとしていた頃、ルイス、ユナイ、ミーアが慰問と称してフロリア孤児院の玄関の扉を開いたところだった。
そして、開くや否やーーー
「おーほほほほほほっ!!」
甲高い笑い声が玄関まで響き渡った。
その声に、ユナイは頭を抱え、ミーアは口元を僅かに震わせ、ルイスはイザベルの声は高笑いさえも美しいと酔いしれた。
この中でまともな反応をしたのは、ビクリと肩を震わせたザボンだけであろう。
そんなザボンの手に、今は当然ながら鍬はない。代わりに紙とペンが握られていた。
実はザボン、慰問に来る貴族の迎えなどに来たくはなかったのだ。本当は自分の名前を書けるようになりたかったが、慰問に来る時間になったため、しぶしぶ玄関に迎えに来ていたのだ。
紙とペンは、慰問が終わったら、真っ先にイザベルの元に行き、ザボンと書いてもらおうというザボンの気概を現しているのである。
「今の笑い声は何かあったのですか?」
聞かない訳にもいかず、ユナイは悪役令嬢だった頃のイザベルを思い出しながらザボンへとたずねた。
だが、当然ながらザボンも何があったのかなどと分かるはずもない。
それを見越して質問を投げかけていたユナイは、あまりにも自然にイザベルの元へと行くことを告げる。
「ザボンさん。すみませんが、先程の笑い声が気になるのでそこまで案内して頂けますか?」
「そうしたいのだが、声が反響しておったので、場所が分からんのです」
困った顔でザボンが言うと、ダークブラウンの前髪が鬱陶しいくらい長い、護衛らしき男がスッと歩き始める。
「こっちだ」
従者として来たというのに、マッカート公爵家の後継者よりも態度が大きいルイスは、一切、迷いなく初めて来たであろう孤児院内を進んでいく。
その後ろ姿を追いながら、ザボンは憂鬱な気持ちを懸命に抑え込む。
(早く慰問が終わらないだろうか。わしだって、自身の名を書きたいんだがな。
だが、若いエルリや子供を押し退けて、真っ先に名を書いてもらうわけにもいかんかったからな。わしが最後になるのは仕方がないのだが。
ベルが帰ってしまわぬかが、心配だ)
これから向かう先にイザベルがいるなど知らないザボンは、見たこともない自身の名前に想いを馳せていれば、決して広くはない孤児院の中なので、すぐに目的の場所へと到着した。
ルイスに先導されてついた階段下の廊下では、一見か弱そうなイザベルにギートが右腕を捻り上げられて呻き、腕を捻っている女は高笑いをし、その様子を恍惚とした表情でカシューが眺めている。
「何なんだ、これは?」
思わず呟いたザボン。まさにカオスな光景が広がっていた。
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