イザベルにできること
イザベルにとって、いつもより硬いパンに、塩でしか味付けがされていないスープ、新鮮なレタスとしょっぱいウインナー。
みんなで集まって少し遅めの昼食をとる。
公爵令嬢の彼女にとっては質素な食事だ。それでも自分も参加して作ったものは何だかおいしい。それもイザベルにとって新たな発見だ。
にこにこと食事をするイザベルだったが、なぜか再び視線を集めていることに気が付き、食事の手を止めた。
そして、ナプキンの代わりに自身のハンカチで口を拭く。
「あの、何か?」
小さく首を傾げる姿まで優雅で、そこだけ別の空間なのでは……とエルリをはじめ年上組は思う。
「ベルって食べ方もキレイなのね」
「私も練習したらベルみたいに食べられるようになるかな」
「そもそも育ちが違うとしか思えねーけど」
「それは分かる気がする。もしかしてベルって文字も読める?」
「えぇ、読めますけど……」
(嫌な感じはせぬが、いったい何なのじゃ?文字が読めるなんて当然のことを……。
ん?当然ではないのじゃろうか。ならば、われに出来るのはーーー)
「私で良ければ、教えましょうか?」
イザベルの言葉に食堂内は静まり返る。その静けさに余計なことをしたとイザベルが内心焦りだした時、わっ!!と歓声が上がった。
「いいのか!?」
「嬉しい!!」
「これで絵本のお話がわかるね!!」
子供達が喜ぶなか、エルリはイザベルに深く頭を下げた。
「ありがとう、ベル。助かるわ。
勉強用に何冊か絵本があるんだけど、誰も文字が分かる人がいなくて。
フロリアさんもお忙しいから……」
「いえ。むしろ、役に立てることがあって良かったですわ。
あの、フロリアさんって、そんなにお忙しいのですか?」
イザベルの質問にエルリは大きく頷いた。
「忙しいなんてもんじゃないわ。ここの孤児院で文字が読めるのも計算ができるのもフロリアさん一人なの。
だから、経営は全部フロリアさん任せ。それだけじゃなくて、これから孤児院を出ていかなくちゃいけない年齢の子達の就職先を少しでも良いところを……って探されてるわ。
うちは新しいから、就職先を一から探さないとなのよ。昔ながらの孤児院なら、もう少し伝はあるんでしょうけど」
「それは、大変ですね……」
それ以上の言葉がイザベルには見付からなかった。前世でも今世でも恵まれた環境に生まれ、人の上に立つことが当たり前だった彼女にとっては、想像を絶することだったのだ。
もちろん、頭では分かっていた。生きていくためにはお金が必要で、そのお金を得るためには働かなくてはならないと。
けれど、その仕事を探すことが孤児になると大変になるということを、仕事があったとしても自身の意思で選択出来ないということを、孤児だったからと安い賃金しか貰えないことがあることを、知らなかった。
きっと本当の意味では分かっていないだろう。
それでもイザベルは思う。ここの皆には生きるためだけではなく、やりがいを持って働ける仕事について欲しいと。
「文字が読めたり、計算ができれば、職の選択肢が広がるのかしら……」
イザベルのその呟きは平民であれば常識で、ここにいる多くの者がイザベルはやっぱり貴族か平民でもお金持ちの家の娘なのだと理解した。
そして、そのことへの反感を持つ者だって当然いる。
「なぁ。お前は俺達をバカにしに来たのか?それとも、憐れみに来たのか?
あぁ、興味本位で金持ちの道楽で遊びに来ただけか。
もう満足したか?可哀想な俺達を見て。憐れむ自分に酔えたかよ!!」
ギートはイザベルを睨み付けてから食堂を出ていった。ギートのように反感を持つ子や、距離をとろうとする子もいる。なかには、ギートのように食堂を出ていった子もいた。
そんななか、ルアナとカシューはイザベルへと近付いた。
「気にしなくていいわよ。ギートは子どもなのよ。……まだベルって呼んでもいいんだよね?」
ルアナの瞳は不安げに揺れている。カシューもイザベルの手をギュッと握った。
嘘をついていたにも関わらず、今まで通りに接してくれる二人に、イザベルは泣きたいような、笑いたいような気持ちになった。
「嘘をついて、ごめんなさい。
……ありがとう。私もベルとして、あなた達といたいわ」
その言葉にルアナとカシューは顔をほころばせて笑った。
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