イザベル、思い出す
読んでいただきありがとうございます!
イザベルの振り上げた手はルイスによってリリアンヌへと届くことはなかった。
「何をしているかと聞いたんだ、イザベル」
叱責を含んだ声にイザベルは下唇を噛み締めた。
(私が悪いんじゃないわ。この女が私とルイス様の思い出に踏み込んだのが悪いのよ!!)
全く持って言いがかりではあるもののイザベルは自身が悪いなどと微塵も思わなかった。それなのに声をだせないのは、いつも穏やかなルイスが初めて自身に向かって声をあらげたからだ。
「あのっっ!!」
イザベルが声を発する前にリリアンヌがルイスの前へと躍り出る。
頭からぶどうジュースをかけられて、髪や顎先からもポタポタと滴が落ちている彼女は誰がみても被害者だろう。
「私がいけないんです!!きっと何か彼女を怒らせることをしてしまったんだわ」
目に涙を溜めて懸命に訴えるリリアンヌにルイスは視線を移す。そして、彼女の髪から零れる滴をハンカチでひと撫でし、それを手渡した。
「その格好では風邪を引いてしまう。着替えてくるといい」
「えっと…、大丈夫です。私のことは気にしないでください。こう見えて、風邪なんて引いたことないんですよ!!……クシュンッ」
「着替えならこちらで用意するから案ずることはない。ゼン、彼女を控え室に案内してくれ」
学友でもあり、未来の側近になるであろう騎士団長の息子のローゼンにリリアンヌを託すと、ルイスはイザベルへと視線を戻した。
「イザベル……」
イザベルの手からはまだ血が止まらずに溢れ落ちており、ルイスは痛ましげにそれを見詰めた。そして、その手に手を伸ばそうとした時、イザベルは踵を返して駆け出した。
当然、すぐにルイスがイザベルに追い付いた。だが、あと少しでイザベルを捕まえる寸前に何故か着替えに行ったはずのリリアンヌが間に割り込みイザベルの手を取った。
「ねぇ、私なら怒ってないわ。何か事情があったのでしょう?」
「離してっっ!!」
「キャッ」
リリアンヌは手を振りほどかれた弾みでルイスへと抱きついた。
そしてイザベルは、振りほどいた反動で階段を踏み外し、体が宙に投げ出された。
「ーーーイザベルっっっ!!」
イザベルに向かって伸ばされたルイスの手は抱きついたリリアンヌに阻まれて届かず、そのままイザベルは階段を落ちていった。
イザベルは体を打ち付けながら落ちていく。その痛みはあるものの、ルイスとリリアンヌが抱き合う姿にイザベルの目からは涙が溢れた。
(ルイス様、どうして……)
痛みより悲しみがつのっていく。
(あぁ……、こんなことなら恋なんてしなければよかった。むかしのように淡々と許嫁としての責務を果たしておくべきだったのよ)
イザベル自身、むかしが何のことか分からぬまま、意識を手放した。