4話~皇太子~
戦争というのは金がかかると同時に書類との戦いになる。書類との戦いに関しては僕がかなりの手間を被っているけど仕方ないこと。みんなが何一つ遅延なく戦うことができるように処理を進めていく。この書類を作成しているのはハーグだからハーグが一番大変であると思う。その上、事務方の人間が少ないためハーグ1人に業務が集中している。位置づけが反乱軍のため、中央はアミールが掌握している。そうなれば必然的に事務方の人間が少なくなるのは目に見えていた。
「殿下、次はこれです。」
ハーグがいなければ皇太子としての業務は何一つできなかっただろう。感謝している。小さいころから家庭教師としても接してくれていた彼には全幅の信頼を置いている。…、これは貸出の話か…。勝手に国庫の話をするわけにも…。緊急時だから仕方ないのか。とりあえず押印する。いくらか財宝が飛んでいくが仕方ない。もともと僕の物ではないし。それにしてもいろいろな物を売りに出すけど、大丈夫なのかな。
「…、遅いですな。」
ハーグの言う通り、ケヴィンが遅い。スイに関してはいろいろ頼まれ事をしているのだろうからと思うけど、ケヴィンは行軍の責任者だからね。早く帰ってこないと本拠地に帰れない。僕が指揮を執ってもいいのだけど、それは緊急事態の時だから。本当に最終的な手段となる。ハーグは少し馬車から出て周りを見ている。戦闘は始まっていないようだけど、あの2人が遅くなるというのは若干心配だ。
「殿下、次はこの書類です。」
次の書類は治世に関するものだ。…、早くないか…。すでに僕が王になることを前提に動いているけど、大丈夫なのだろうか。ハーグの表情が変わらないので読めないな。彼はそのまま兵士に何かを伝えているが、兵士は首を振っている。兵士はどこかに走っていく。僕はそのまま書類を見ていく。…、川の堤防の工事か。今いるのか。
「殿下、どうやらケヴィンが戻ってくるようです。」
「そう。」
「何かあったようです。どうやら、人が巻き込んでいたようです。」
墓地に人が入るということはあるのかな。あの墓地にはある程度道を知らないと入ることができないと思うけど、ハーグやケヴィンが嘘つく意味もないのでいるのだろうな。しかし、どうやって入ったのだろうか。僕の元にも情報が来ていない。どんな人だろうか。気になるな。
「殿下…、気持ちは分かりますが。」
「会うよ。なんとなく、会ったほうが良い気がしているからさ。」
「しかし、危ないと思われます。」
「それを判断するのは僕じゃない?」
「いや…、」
「ここに連れてくるのでしょ?」
「ええ。」
「じゃあ、会うよ。」
「…わかりました。警備上、配下がいるところがいいので居城に戻ってからにしましょう。」
「まあ、いいか。じゃあ、今回は遠目に見るくらいいいよね。」
「…はい。」
ハーグの表情は暗かったが、それでも頷いてくれた。ほどなくしてケヴィンが現れる。割と距離があっただろうに息も切らしていないし、早く来ている。流石だな。
「やあ、元気かい?ケヴィン。」
彼はその言葉に格好を崩した。
「殿下こそ。多くの書類がありますね。」
「本当だよ。戦争なんてめんどくさいだけだ。」
ケヴィンは僕の書類の量を見てうんざりしたような顔をしている。それもそうか。彼もそれなりに高い地位で軍を任されているか書類の量も多くなっていくか。どうしても、国の仕事というのは書類を元に動くことが多い。この習慣だけは治らないだろう。証拠を残す必要もあることから、たくさんの書類を作成することになるのだ。できれば量を減らしたいけど、難しいだろうな。
「ケヴィン、見ての通り殿下は執務中です。何かありましたか?」
「ないと来ないぞ。俺も殿下の邪魔をしようと思ったわけではないからな。」
ハーグの対応は相変わらずだ。冷たいわけではないが、なんか僕のことになると変わることが多い。しかし、あまりそういう態度をとっているのも良くないことはわかっているのだけどね。ケヴィンはわかっているようで苦笑いしているけど。ハーグはケヴィンから手紙を受け取ってみている。ハーグの表情に変化があった。珍しい。
「ケヴィン、本当に痕跡がなかったのか?」
「もちろんだ。部下も合図を送っていた。」
「…あり得ないと言いたいものだ。しかし、お前がこんなことで嘘つくやつでないことは私がよく知っているところ。」
ハーグは手紙を僕に渡す。手紙を見ると墓地での出来事が書いてあった。普通に考えれば警備を搔い潜って墓地に人が進入するということも難しいのだけど、痕跡がないというのももっとあり得ない。それでケヴィンも僕に話をしたかったのか。
「へえー、面白いね。こんなことがあるんだね。」
「殿下、普通はあり得ないのです。」
「でも、あり得ているのだよね?だから、この人を殺さなかったのでしょ?」
「殿下の仰る通りです。」
ハーグはこちらを見ながら眉を寄せている。彼は殿下のことを教育係として長く見てきている。情が湧いているというよりも実子のように思っているのかもしれない。あの顔をしているということは殿下に仕事を増やすなということだろうが、今回のことは殿下にとっては重要なことだ。捕虜ということでもないが、罪人を裁くということを覚えるには良い機会だと思っている。
「会ってみたいね。この人物に。」
「殿下、それはやめたほうがよろしいかと…。」
「ハーグは反対?」
「ええ。仕事もたくさんありますし、不法侵入者の1人に忙しい殿下がわざわざ会う必要もないでしょう。」
ハーグはこういうことをよくする。事前に決めていた内容を部下に第3者に聞かせる。内内に決めているというのを知られないようにするためらしい。どうしても2人である程度決めてしまうとアミール宰相のようになってしまうということもあるのだろう。アミール宰相の件もしょうがない部分があるけど。やりすぎは良くないよな。何事も。
「便宜上は捕縛にしましょう。一応は不法侵入ですし、場所が場所です。」
「仕方ないか。じゃあ、その件で僕に会ってもらうことにするね。」
ハーグはすぐに書類の作成に取り掛かる。彼の書類や文章、そして処理は完璧だ。彼に任せて大丈夫だろう。ケヴィンはハーグの様子を見てすぐに出ていく。
「わかりました。では、私はこれにて失礼します。」
「うん、少しでいいからここに来たら見せてね。」
ケヴィンは一礼して馬車を出ていく。スイは顔を見せていないな。忙しいのかな。ハーグは新しい書類の作成を急いでいる。本当は戦争なんてやりたくないのだけど。別に誰が治めてもいいと思っている。だが、アミールのやり方が失敗するのを黙ってみているわけにもいかない。他の国に攻められることも考えられるから。
遠くから彼を見る。確かに大きな人間だ。背がかなり高い。あそこまで人間はあまりいないだろう。そして、体の線が細すぎる。事務方の人間だろうか。それにしては体から禍々しい物を感じる。彼には何かがとりついているように見える。その雰囲気はおそらく兵士だ。それも歴戦の…。あの細い体でどのように強くなっていくのかわからないけど、確かに彼には兵士としての素質がある。
馬車で居城まで戻っていく。やはりみんな緊張しているね。どこからアミールの軍が来るかわからないから。僕に仕えてくれる、もしくは支援してくれる人はそれなりにいるけど、それでも多いのはアミールに味方する人間。まずは、最初の戦いで勝利する必要がある。しかし、兵力が違う中で勝つためには奇襲である。その奇襲を考える人がいないのだ。ハーグ、ケヴィンの2人はもちろん、軍に対しての理解は深いけど、定石が多く変わった作戦を立てることが難しい。
僕が執務室に入ると2人の男が立っている。サイモンとウォーカーである。この2人は財務担当と政務担当の2人である。サイモンは財務で、ウォーカーが政務である。結構口うるさい親父たちだ。それでも国のために言っていることがわかるからね。彼ら2人を連れて謁見室へ向かう。偉そうな椅子に座っていると彼が歩いてくる。彼は鉄の鎖をされていない。危険が少ないということだろう。ハーグに殺気がこもるのを感じるが、ケヴィンは何喰わぬ顔で立っている。
「この男がいたのかい?」
「はい。ただ、見た通り、兵士のようではなく、かといって他国の間諜でもないようです。」
「へえー。で、あなたはあそこで何をしていたのだい?」
「殿下、恐れながら彼はあまり口をきけないようでして。」
「そうなの?それにしてはこちらの言葉を理解しているようだけど。」
ケヴィンはそう言っているけど、彼が言葉を理解しているのはわかっている。それに彼の背中から何か感じるのだけど。何だろうね。彼は一体何に好かれているのだろうかね。ただ、今の気配だとあまり良い気配でないことは確かだ。何とかしてあげたいけど、こればかりはどうもできないし、今悪いだけということも考えられる。
「じゃあ、なんでいたの?」
「えっと、そこに居たので。」
「そこに居た?そこに居たってあるのかな?」
「ありえないですね。」
「でも、調査ではあり得ているのだよね。」
スイは頷いているね。彼は確かにそこに居るのだけど、進入した痕跡はないと。あまり嘘つく理由もないから。ウォーカーが地図を持ってきてくれる。…、やはり侵入経路はこの道以外には考えられないね。他の道は彼の服装からして難しい。
「やっぱりそうだよね。」
「ええ。」
彼は僕の顔を見て何か思ったのか、少しホッとしているようにも見える。何に反応したのだろうか。彼はまだ手を縄で括られており僕が死刑と言えば死刑になる立場なのに。それほどまでに厳しい環境で育ったのか、それとも立場がわかっていないのか。…、理解が追い付いていないということだろうね。ケヴィンもスイも微妙な顔をしている。ウォーカーとサイモンは興味なさそうにしているね。まあ、仕方ないことかもしれないけど。
とりあえず、彼を退出させる。周りの人間が少し動き出した。スイはいつの間にか消えている。ウォーカーとサイモン、そしてハーグが地図を見ながら議論している。その議論に入るのは良くないだろうな。僕はケヴィンのほうを見たけど、ケヴィンはケヴィンで兵士と話している。みんなそれぞれ忙しそうだ。
「殿下、少しよろしいですか?」
「うん?」
「あの男をどうされるつもりですか?」
「彼を軍に入れる。」
全員が絶句している。彼の姿を見て兵士という人はいないだろうから驚くだろう。他の人には見えてないのだろう。首を傾げているのはケヴィン。何かを感じているのだろうか。そのようには見えないが、ケヴィンは不思議な空気を感じているのかもしれない。後ろから大きなおっさんが出てくる。コーリン将軍か。彼は顎の髭を触りながら、彼の出て行ったドアを見ていた。…、何を考えているのだろうか。
「殿下よ。彼に関しては儂に任せてくれんかの?」
「コーリン将軍直々にですか?」
「そうだの。なんか、彼には不思議な空気が流れておる。楽しみじゃ。」
すでにコーリン将軍が見る予定になっている。…、困ったな。彼の軍はかなり精強であるものの訓練の厳しさはそれこそこの国で一番と言われている。徹底的に体を鍛え上げるその訓練は並みの兵士が抜けだすと言われている。そのような軍に入って大丈夫だろうか…。いや、考え方を変えて一番きつい軍に入れば大丈夫か。
「わかった。コーリン将軍に任せるよ。ただ、つぶさないでね。」
「他の兵士と一緒の訓練をさせるわい。任せい、殿下。」
そうやって幾人の兵士を潰してきたことか。とはいえ、コーリン将軍は体調管理や怪我の予防には定評がある。だからこそ、精強な軍ができるのだけど。彼に任せておけばいったんは大丈夫だろう。コーリン将軍の軍と合わなければ別の軍に移せばいいことである。
みんなの驚いた顔を見ながら会議を閉幕させた。