3話~レイ~
墓地で出会った男は背が高かった。兵士の中でもこのような大きな男はほとんど見たことがないわ。しかし、この男は少し変わった雰囲気を持っている。このように背が高い割に肌は白いし、筋肉もそこまでないのよ。私でも彼を倒すことができるわ。
そして、彼自身も誰にも勝てないのを分かっているのか、抵抗することなく捕まっている。ここで抵抗したところで勝てるとは思っていなかったけど、あまりにも諦めが良いように思っているわ。彼は別に絶望しているわけでもないようだし、何を考えているのかしら。ハーグさんも捕まって動揺しないことに疑問を持っていたわね。間者という点ではあまり疑っていない。彼のような目立つ間者は他にいないだろうと思うし。
ハーグさんの情報収集によって大まかな間者のリストはあるわけでその中に載っていない人間はおそらく大した間者でない、もしくは漏れているかどちらか。この男は周りを観察しているようね。食料なども…。その様子は間者のように思うと言っても問題ないのだけど、何かが違っているような気がする。
「スイ、少し大丈夫ですか?」
「はい。」
「彼を見張っていなさい。害のないように見えますが、殿下に何があるかわかりません。」
ハーグさんに呼ばれた。ケヴィンさんとは別行動をしながらあの男を見ておけということらしい。殿下が兵士として登用しようとしている以上は何も言うことができないわ。ならば、この男が害する男かどうか見極めようということである。行動を見るのはだいぶ先になるかと思っていたが、牢屋に入っている間も見張っておけということね。しかし、牢屋に入ってしまえば彼は何もすることができないだろうし。ただ、何も情報がない牢屋の中ではその人の性格が顕著に表れるのをよく知っている。
兵士に連れられて彼は腕に鉄の鎖をはめられる。鎖を引っ張ったり、重さを確認しているわ。単純に確認しているだけのようね。逃げるという選択肢はないのよね。その鎖を見ながらぼーっとしている。彼は牢屋というものを知らないの。…、知るわけないわ。知っていればその人は罪人。しかし、ぼーっとするにしても変わった姿勢。武道の姿勢とよく似ているけど、その武道の派生の座り方かな…。それでも彼は武道をしていないと思う。体が細すぎる。
「変わったことをしているな。殿下がお呼びだ。」
ケヴィンが彼のことを呼んだ。彼は少し顔を上げて意外そうにしている。いきなり連れてこられて手錠をはめられたのにまた、手錠を外されるとは思っていなかったのね。それは彼が危険でないと判断してのことであるのだけど、彼はその意味を分からないでしょう。手錠ではなく逃げないように縄で右手を括られる。逃げる様子を見せない彼にとってはほとんど意味がないものね。
殿下に会った時、彼は殿下を見定めているわ。無意識なのか、それとも彼の元で働くことを考えているのか。でも彼の顔色がかなり白いわね。あれは緊張している…。極度の緊張でおかしくなっているというのが正しいだろう。彼は見定めているわけではなく卒倒しそうなほどの緊張で前を向くことしかできていないのかな。
「あそこに居たとしかいいようがありません。」
聞こえた彼の声はかなり小さく弱弱しいもの。人が苦手なのだろうね。人が苦手なのはなかなか治らないだろうし。意識的に訓練する必要がある。殿下は彼をそのまま牢屋に入れることにした。いかに危険がないとはいえいきなり解放というわけにもいかないわね。彼が出て行ったあと、殿下は徐に立ち上がる。
「彼を軍に入れる。」
その場にいた全員が驚きで動くことができなかったわ。殿下の目利きには定評がある。しかし、彼を軍に入れるほどの武力があるのだろうか。背は高いが、筋肉は痩せているし動きはかなり遅い。その上、動物の死にも驚くような男である。戦場で役に立つとは到底思えない。ケヴィンと目が合うと彼も首を横に振っているわ。ケヴィンも私と同じようね。
「彼はきっと役に立つ。まあ、見ていなよ。」
殿下の表情には確信めいたものがあるらしい。思わずため息が出るわ。ふと、視線を感じる。ハーグさんが私のほうを見ている。彼は頷いた。このまま監視を続けろということでしょうね。監視というのは得意ではあるものの、寝る時間が不規則になるためあまり受けてこなかった任務。生活リズムがおかしくなると体調が悪くなるので、部下によく任せていたわ。しかし、殿下の直属の部下になる可能性がある以上、私がするのが良いのでしょうね。
なんだかんだと殿下は周りを巻き込んでいくわ。良い方向へ進んでいるからよしとすべきなのかしらね。ケヴィンもすぐに部屋を出ていく。やることが山積みね。おっさん2人が地図を持ってきているわ。これからの戦場についての話。私は部屋を出ていく。作戦会議はハーグさんに任せておけば問題ない。私は私の仕事をするだけ。