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2話~ケヴィン~

 ビックデスが死んでいるのを見て驚いている。…、このような男が間者であるとは思えない。スイも男の様子を見て少し混乱しているようだ。動物が死んでいるのを見て、驚いた表情をするのは子供くらいだろう。彼は弓矢と剣を見て驚いている。剣と弓を見たことがないのか…。そのような人間がいるのだろうか。周りを見ると部下が周辺を調べているが、何も出てきていない。この男から情報を聞くか。その前にスイへ確認を取る。


「…、あいつはこちらの言葉がわかっていないのか?スイ、別の民族がここら辺にいたか?」

「以前はいたと思うけど、今はいないわ。流石にこの場所に居れば命がないから。それに新しい文化が入ってきて先住民の習慣がうまくいかなくなったと言っていたわね。」


 やはりそうか。ここに先住民がいたのは聞いたことがある。俺は首都で生まれているから特に交流もなかった。それこそ、軍に配属されて地方に行くことがあるはずなのだが、俺はなぜか首都やその周辺の任務が多く、地方に行くことはなかった。反対にスイはいろいろな場所に行っているからよくわかっている。


 スイに目線を送ると彼女は頷いた。彼の隣には土で汚れた鞄がある。彼は周りを見ながら情報を探ろうとしているのか。冷静に動けている。こういった時にはもう少し焦るような表情を見せるはず。緊張すぎているから冷静に動けているのか。珍しいタイプの人間だろう。しかし、動くなと言っているのがわからないのか。


「それ以上動くな。動くと斬る。」


 剣を近づけると彼は後ろの下がろうとしている。動きを見ていると彼は俺の話に反応している。失語症のような病気になっているのだろうか。失語症としても違和感があるのだが。


「私の言葉はわかるようだな…。障害者か?恰好を見る限り何か不自由しているということはなさそうだが。むしろ、俺たちよりも良い服を着ているようにも見える。ただ、黒い髪というのは珍しいな。貴族の中で黒髪の一族がいたはずだが…。その血縁者にも君を見たことはないな。」


 彼は驚いた顔をしている。どこに反応したのだろうか。黒髪か、それとも一族か。どちらにしても彼は俺の言葉を分かっている。しかし、声を出さないだけか。一体何を考えているのか。少し頭の回転が遅いのか。回転が遅いとしても先ほどの話で反応している限りはそのようにも思えない。


 彼の服には多くの砂がついている。ビックデスはそこまで速度がない動物だったと思うのだが、この男は足が遅いのだろうか。彼は首元に突き付けられた剣を見ながら少し後退る。わかっていないわけじゃないから、何かの障害者ではないのだろう。…、何か表情を歪めている。右足のほうを見ている。ビックデスにやられたのか。少し厄介だな。罪人が怪我しているというのは。


「ん、足を怪我しているのか…?さっきのビックデスにやられたか…。治療はまた別のところで行う。おい、何かあったか?」


 スイは鞄を漁りながらいろいろなものを見ては首を傾げている。彼女にわからないようなものがあるのか…。一体、どうなっているのだろうか。確かに見たことがないようなものを出したり入れたりしている。


「あるわ。しかし、私たちでは何もわからないものばかりよ。」


 スイは鞄の中身を俺に見せてくれるが、何一つわかるものがない。箱のようなものが多いが、それでも何かが開くようなことはない。ボタンを押しても何も反応がない。箱であれば何か音がして動くようなものだと思うが。本をぱらぱらとめくってみるが、文字が読むことができない。何の文字で書かれているのだろうか。この男はどこの国の男だ…。しかもこの紙はすごく良いものだ。


「確かにわからないものばかりだな。本も読むことができない。知らない文字で書かれている。お前は何者だ?」

「ニホンジンです。」


 ニホンジン、聞き覚えのない人種だ。国の名前か。それとも種族の名前か、民族の名前だろうか。どちらにしても彼は嘘をついていないように見える。どうすべきか。彼は俺たちの顔を見ながら驚いているようだ。


「ニホンジン…、聞いたことがないな。それにもう少し大きな声を出せないのか?君は聞いたことあるか?」

「ないわね。民族としても聞いたことがない。彼は本当のことをしゃべっているのかしら?」


 スイの言葉に彼は少し驚いているが、そのことに反応せずスイはそのまま彼のほうへ歩いていく。こういう時にはスイの図々しさが光っている。普通はそんな風にできないし。彼女は彼のあらゆるところを触り、携行品や装飾品を外した。彼が目で追っている大事そうなものは何だろうか。スイも首を傾げている。多くの物が不明なものである。時計のようなものが見えた。スイの表情が変わる。


「時計か…、それは。」

「うん。かなり正確。私たちでも大まかな時間しかわからないのにこの時計は私たちの時計よりももっと詳しく時間を刻んでいる。それに小型。私たちはゼンマイだけど、この時計は何も動力がついていないように見えるわ。どうなっているの?」


 …どういった仕組みで動いているのかさておき、時計のようなものを持っているということは人間としての生活はしっかりとしているようだな。先ほどもしゃべることができていたし、吃音ということもなかった。障害者ではないということは単純に苦手なだけか。そもそもこの状況でべらべらとしゃべるような人間もいないか。


 しかし、スイの表情は良くないな。過去のことを吹っ切れたと聞いていたが、そうでもないらしいな。今回も彼は丸腰の上に捕虜であるため、何もしないでほしいのだが。ただ、彼はきょろきょろして挙動不審だ。それこそ、同じ立場であれば同じことをするだろうけど。


「あんまり変なことを考えるなよ。お前を殺すくらいわけない。」

「私は周りを調べてくるわ。何かわかるかもしれないし。」


 彼女には周りのことをもう一度調べてもらう。彼女の見方で何か証拠が見つかることもありうる。彼女はもう一度彼のほうを見た。


「頼んだ。」


 彼女は森の中に入っていく。それに合わせて彼が動こうとしている。


「私は…、」

「ほう、しゃべることができるのか…。だが、今は黙っておけ。お前のことを信用などできないからな。ここに来ている以上、貴様は罪に問われる。」


 今は彼にしゃべらせないほうがいいだろう。それに彼自身も混乱しているはずだ。彼がゲルラリア国の人間でなかった場合にはここに来るだけで罪になることを知らないだろう。驚いている顔を見ると彼は知らない。彼は本当にどこから来たのだろうか。茂みから小さな音が聞こえる。その音に合わせて彼が体を動かしている。怖がっているのか。出てきたのは小さなリスである。彼はリスを見て安心したようだ。


「…、ここら辺に大きな動物の気配はない。そこまでおどおどする必要はない…。」


 俺も思わず声が小さくなってしまった。動物も見たことがないということがありうるのだろうか。どのような場所で生活していたのだろうか。首都でさえ、それなりに馬や牛などもいるから動物には遭うはず。後ろからスイが戻ってくる。表情を見るとあまり収穫はなかったようだな。彼には聞かせないように小声でしゃべる。


「ケヴィン、調べてみたけど、証拠がない上に彼が歩いた痕跡も少ししかない。」

「それはおかしい。ここは道を辿ってくるところだから。しかし、彼の痕跡はないのだな?」


 スイは頷いた。今も彼は俺とスイのほうを見比べながら何かを考えているようだ。スイは腰から手紙を俺に渡す。先ほどの調査の内容だろう。殿下に渡す必要がある。その筒を受け取り、腰に差す。そしてスイに話かける。


「ここを頼んだぞ。彼はおとなしいが、1人になればどうするかわからないからな。」

「わかっているわ。」


 この場を彼女に任せて俺は森を走る。…スイが無理することもありうる。早く殿下に話をつけたほうがいいだろう。殿下のいるところまでは近い。息を上げない程度に走る。


「ケヴィンさん、どうしました?」

「これを殿下に。」


 面倒だが、行軍中は基本、手紙でのやり取りが主となる。戦時中の慣習で殿下が殺されるのを防ぐためである。どんな主従であろうとも傍に控える者以外はいきなり会うことを許されない。手紙を渡した兵士が俺を案内する。


「やあ、元気かい?ケヴィン。」

「殿下こそ。多くの書類がありますね。」

「本当だよ。戦争なんてめんどくさいだけだ。」


 殿下は多くの書類を見ながら印鑑を押している。隣は宰相代理が座って話をしている。宰相は敵の方にいるため便宜上、宰相代理として就任している。名前はハーグ。高潔な人間で宰相から疎まれており、その宰相もその才を認めたほどの算術家であり、法にも詳しい。内政担当としては彼以外に適任の宰相代理はいないだろう。


「ケヴィン、見ての通り殿下は執務中です。何かありましたか?」

「ないと来ないぞ。俺も殿下の邪魔をしようと思ったわけではないからな。」


 ハーグに手紙を渡す。ハーグはいぶかしそうに見ながら手紙を開ける。彼は特に顔色を変えずに読んでいく。殿下も手を止めた。他の業務をするような雰囲気ではないか。最後のほうで表情に僅かな変化があった。


「ケヴィン、本当に痕跡がなかったのか?」

「もちろんだ。部下も合図を送っていた。」

「あり得ないと言いたいものだ。」


 ハーグは殿下に手紙を渡す。殿下はその手紙を丁寧に開き読んでいく。ハーグとは手紙の開き方1つでも違う。育ちも関係しているだろう。彼はもともと商人の家に生まれているはず。軍に入るのは問題ないが、宰相と比肩するまでになるのは苦労したようだ。ハーグほど勉学ができるような男も見たことがない。それほどに頭がいい。殿下はその頭の良さを見抜いたらしい。どうやって見抜くのだろうか。頭の中の構造を見てみたいものだ。


「へえー、面白いね。こんなことがあるんだね。」

「殿下、普通はありえないのです。」

「でも、あり得ているのだよね?だから、この人を殺さなかったのでしょ?」

「殿下の仰る通りです。」


 ハーグはこちらを見ながら眉を寄せている。彼は殿下のことを教育係として長く見てきている。情が湧いているというよりも実子のように思っているのかもしれない。あの顔をしているということは殿下に仕事を増やすなということだろうが、今回のことは殿下にとっては重要なことだ。捕虜ということでもないが、罪人を裁くということを覚えるには良い機会だと思っている。


「会ってみたいね。この人物に。」

「殿下、それはやめたほうがよろしいかと…。」

「ハーグは反対?」

「ええ。仕事もたくさんありますし、不法侵入者の1人に忙しい殿下がわざわざ会う必要もないでしょう。」


 殿下は不満そうな顔をしている。なんで会いたいのだろうか。殿下の考えていることはよくわからない。わかるとすればハーグなのだが、殿下のことに関しては少し…。


「便宜上は捕縛にしましょう。一応は不法侵入ですし、場所が場所です。」

「仕方ないか。じゃあ、その件で僕に会ってもらうことにするね。」


 全く理由になっていないが、主君の言うことは絶対である。ハーグが取り急ぎ、書類を書いている。書類の作成に関してはハーグが一番である。全世界でかもしれない。それほどに綺麗な文章を書く。


「わかりました。では、私はこれにて失礼します。」

「うん、少しでいいからここに来たら見せてね。」


 殿下は彼を見せ物にでもしようとしているのだろうか。意味が分からない。


 スイのほうまで行ってみると彼に剣を突き付けたまま動かない2人がいる。しかし、スイのほうは幾分か緊張が緩和しているような気がしている。何かあったのだろうか。時間はあまり経っていないと思うが。ただ、良い兆候だ。彼はここで殺されないのだから。


「どうだったの?」

「ああ、取りあえず捕縛ということになった。俺も見ていたが彼が普通の人間であることはわかっているからな。」

「まあ、そうね。あの様子を見て犯罪者と断定できないわ。今も逃げることができるのに逃げないし。」


 それもそうか。彼には悪いが法律は法律。そこに情状酌量の余地があっても犯罪には変わりない。彼の近くに行き、声をかける。


「手を出せ。今までもあまり話していないが、これから移動する。理由については何も聞くなよ。」


 男を縄で縛る。抵抗する気は微塵もないみたいなので手首だけにしておく。出来るだけ自分の足で歩いてもらった方がこちらの負担も少ない。その男は思ったよりも大きかった。どうやって生活をしてきたのだろうか。ここまで背が高い男であれば兵士などにも推薦されているはずである。


 それにしても線が細い。なんというか、体の色が白いこともあるのか、全体的に弱そうだ。文官のような感じがしているが、周りを見ているようだとそこまででもないのか。殿下に何かをするような兆候は見られないが、注意はしておくべきだろう。彼は周りを見渡しながらもついて来る。足を怪我しているせいか、少し遅い。彼のペースに合わせて歩いていく。


 殿下が馬車から顔をではなく姿を見せているな。…待ちきれなかったか。ハーグの表情を見るにかなりごねられたのだろう。殿下は彼の様子を見て、考えているようだ。やがて、馬車の中に入っていく。馬に彼を縛る。余計なことをしなければ馬が暴れることもない。彼は馬に縛られてかなり不安そうだ。馬を見たことがないということはあり得るのか…。彼は一体、どこの国から来たのだろうか。


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