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イーリン~特殊任務③~

 剣戟の音が響きながらも部下は誰一人として死んでいる者はいない。負傷した部下はすでに後ろへ下がっている。私兵の一人を切り伏せて、周りを見る。流石に財務官ということで大きな家を持っている。地下もあるようだが、まずは平屋の家を物色するのが先だろう。


「お前たち、こんなことをしてどうなるかわかっているのか?財務官であるヤコブ様の家だぞ。」


 声高々に言っている私兵を見る。こんなことをして大変なことになっていることはわかっているし、そもそも目の前の兵士はすでに死線を彷徨っている。すぐにでも死ぬ命だ。彼自身もそれはわかっているのだが、剣ではなく口で言う時点で本能的に我々に勝てないことを悟っているのだろう。しかし、それでも前に出るような兵士がその死線を越えることができる。目の前の兵士はその程度であるということ。


「栄えあるこの家に何をするというのか…。」


 何をするというよりも普通に略奪を行うだけなのだが。そもそも栄えある家と言っても一代で築いたわけではなく先代の威光があってのことである。当代のメイルという財務副大臣が何かしていることもなく、ただ、単純に先行序列での順番が来ただけのこと。放っておいても良いのだが、彼は人を呼んできそうだ。


 彼がいきなり虚ろな目になり、手が震えている。


「隊長、制圧は完了しております。」


 後ろから出てきたのは部下である。もう制圧しているのか…。かなり早い。私兵が練度の低い兵ばかりだったか。すでに制圧できているのであれば話は早い。他の部下を見ていればすでに家財すべてを運び出しているのが見えた。まあ、量はかなり多そうだからな。おそらく賄賂のようなものも多くあるだろう。彼に周りにはあまり質の良くない友達がいたような気がする。


 部下に連れられてきてみるとフルト・メイルの姿がある。すごく太っており、摂生とは程遠い生活を送っているようだ。今は内戦中なので物価が高騰しており、そこまで贅沢がでいると思えないのだが。


「貴様、イーリンだな。こんなことをしてただで済むと思っているのか、恥を知れ、恥を。」

「別にただで済むとは思っていませんよ。ただ、まあ、随分と貯めこんでいたみたいですね。副大臣とはいえ、ここ2年程の話。少し多すぎやしませんかね?我々親衛隊は知識もありますからね。帳簿を見ることができなくともどの程度のお金が動いているかくらいは分かります。」


 フルト・メイルは悔しそうに下を向いた。悔しそうに下を向く意味も分からない。彼が悪いことをするのがおかしいのだ。コーリン将軍も悪いことをしていない貴族を襲うようには…、そういえばあの貴族はどうして襲撃の表に入っているのだろうか。まあ、それは後だ。このフルト・メイルをどうするかである。


「隊長、どうします?」

「適当に開放したいが、この男も騒ぎそうだ。本来なら殺しても良いがその価値もないだろう。放っておけ。」


 流石に抵抗していない人を殺してしまえばあとで罪に問われる可能性があるからな。うなだれているメイルを放っておいて他の場所を見てみる。すべての家財が運びこまれていくため、ほとんどのものがなくなっている。彼は家財のすべてが高価なもので占めているため、ほぼ物が無くなっている。まあ、こんなにたくさん集めたものだ。悪趣味な部屋である。そのような部屋で生活する気が知れない。


 部下たちは家財を台車に紐で縛っている。これからは他の村に行くにしても道路の舗装はできているところとできていないところに分かれているからな。荷物が落ちないようにすべきだ。ただ、別に村の人間は何も感じないだろうが、売る時には傷がない方がよい。お金に困ってしまえば売ればいいのだから。


「随分と多くありましたね。」

「ああ。家財よりも食料が多くあってよかった。これから長くなるからな。できるだけ節約しながら進もう。150人を食わせる食料はそう簡単に手に入らないから。」

「そうですね。長くなりそうですものね。」

「移動距離がな…。村にどれほどの貯えがあるかによって行動の制限がかかるかどうか決まっていく。」


 戦いに関してはどの時にしかわからないが、食料に関しては直近の課題だ。食料はないと行軍ができない。そのための家財だが、どれほど役に立つか…。それにしても目立つ行軍だな。これは。他の盗賊に狙われそうなものだ。部下は警戒を怠らない。しかし、家財が多すぎる。




 2日ほど進んでいくと村が見えてきた。この間に盗賊が2集団襲ってきた。こちらに被害はないものの人数が多いため面倒である。その2集団を撃退した後は何も起こらなかった。村のほうを見ると兵士がいる…。防衛のためか。倒した盗賊のせいか。かなりの人数だったからな。


「止まれ。」


 木で作られた門の上で兵士が叫んでいる。…、まあ、俺が言ったほうがいいだろう。少し歩くと後ろから声をかけられる。


「隊長、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。」


 部下を下げて、前に出ていく。剣は持って行かない。


「…貴殿は何のつもりだ?」


 門兵が困惑している。無理もないか。盗賊のような恰好をしたやつが礼儀をわかっているのだから。後ろから足音が聞こえる。門兵が他の兵士を呼んだか。しかし、このような村では大した人数がないだろう。門兵が俺のほうを凝視している。


「…貴殿はもしかして、親衛隊のイーリンですか?」


 俺を知っている…。どこかの軍に所属していたのだろうか。


「そうだが。」

「では入って下さい。」


 …、どういうことだろうか。


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