イーリン~首都脱出①~
最初は何が起きたのか全く分からなかった。親衛隊という組織に入って戦場には出なくなり警護や護衛などの任務が多く、どこか攻められるという意識がなかった。いきなり部屋の扉を蹴とばされた後、数名の兵士が入ってきていた。入ってきていたというのは意識が覚醒するのが遅かったためである。戦場では奇襲や作戦上の移動があるため完全に寝入ることは少ない。ただ、親衛隊になって深夜帯は交代制である上、首都にいるためか有事があるということもほぼない。暴漢などは普通の兵士でも十分に抑えられるのだから。
「親衛隊サラネ・イーリンだな?」
「そうだが、貴君たちは何用で入ってきた?そして、どうして俺を縛っている?」
意味が分からないのは両手を後ろで縛られているということと、彼らは俺を目の敵にしているようだ。それにこの兵士たちは親衛隊でも首都に滞在している兵士でもない。いわゆる、他の将軍や貴族、商人などのような私兵である。ゲルラリア国では首都に私兵が滞在する際、申請がいる。その申請が受理されて初めて滞在が許可される。私兵の情報は親衛隊にすべて伝えられる。以前にクーデターのようなことがあったわけではないものの、そのような事態を起こさせないための措置である。俺がこの兵士たちを知らないということはこの兵士たちが秘密裏に侵入した兵士で間違いない。親衛隊の宿舎は王宮から少し離れたところにあるとはいえ、王宮も占拠されたと考えるべきだろう。他の兵士たちがどうなったか気になる。
「貴君に関しては罪状があるのだ。」
「罪状?」
「そうだ。…貴君自身には何もないが、家族にとって反逆罪があるため、貴君も対象になっているということ。」
反逆罪という言葉を久しぶりに聞いた。反逆罪というのは王に対して危害を加える、もしくは国そのものを陥れるような事態を引き起こした罪。俺の家族ということは親父かお袋が何かをしたということだろう。普通に考えればあの2人が何かするということはあり得ない。そもそも親父は商人であるため、商人の許可を行うのは最終的には王の判断によるものである。特に武具を扱っている親父は他の監査機関にも書類の提出や在庫管理、時には国の聴取なども受けている。反逆する意思があればすぐにわかるというものだ。親父は嘘が下手でもあるし。
「何かの間違えではないのか?父上や母上がそのようなことをするとは到底思えぬ。」
「ふむ、家族愛が深いようで。しかし、実際に報告書が上がっているのだ。」
「なるほど。それにしても不思議だな。私兵には俺を捕縛するような権限はないはずだが?」
「そこに関しては例外的な対応ということだ。国の存亡に関しては私兵の使用が認められている。」
この兵士が言っていることは正しい。国の存亡の際に私兵が使えないようであれば有事の際に将軍たちが自由動けなくなるため、例外的にこの措置を設けている。ただ、これはあくまでも軍部の話である。例えば就任している役職が文官である場合にはこの例外的な私兵の運用は禁止されている。その理由は軍部側が混乱するためである。軍に所属しているのであれば軍の兵士と一緒に編成が可能だが、文官の場合は完全に独立した運用になるためひどい場合には同士討ちということもありうる。
「それで貴君らはどこの私兵なのだ?」
「コーリン将軍である。」
これは完全な嘘だ。彼らも嘘が見抜かれても問題ないと思っている。コーリン将軍の私兵は俺もよく知っている。王がコーリン将軍を重宝しているのは皆がわかっているところ。そのコーリン将軍の私兵がわけもなくこのような捕らえ方をすることもないし、そもそも武力で制圧などはしない。まずは話を聞こうとするはずである。あとはこんなに汚いような感じではない。兵士として高貴な印象である。
「立ってもらおうか?今は王が静養中のため、アミール宰相の判断を仰ぐ。」
「わかった。」
今は従うしかない。縄も固く縛られているため、抜け出すのは困難だ。武具もない以上、この場から逃げ切るのもまた難しい。黙ってついていくしかないのだが、ついていくのもかなり危険である。そのまま殺される可能性もある。ないとは思うが親父やお袋が殺されていることも。あまり不幸なことばかり考えても仕方ない。兵士に手首を縄で引かれながら歩く。他の部屋からも多くの声が聞こえることから俺と同じような状況になっているのだろう。彼らの無事を祈りたいが抵抗している兵士は殺されているに違いない。
「これは全ての兵士が反逆罪になっているのか?本来ならあり得ない話だが。」
「私もそう願いたいところだが、そうではない。すべてとは言わずともそれなりの数の親衛隊の兵士が加担しているようだ。嘆かわしいことだ。ほとんどは兵士たちではなく家族だがな。」
彼の表情を見れば少し笑顔が見える。その笑顔は醜悪な顔だ。あらかじめ考えられているということ。ならば、このままついていくのはやはり危険である。戦いもできないというのは悔しいものだ。他の兵士の声を聴きながら廊下を歩いていくと別の兵士が見えた。その兵士は周りを見ながら何かを探しているようだ。知り合いの兵士でも探しているのだろうか。
「ご苦労。…、サラネ・イーリンか。よく彼が捕まったものだ。」
「いえ、運がよかったのです。気が抜けていたようで。」
「どんなに優秀な兵士も平和ボケすればこうなりうるのか…。では、ここからは私が引き取ろう。」
「しかし、かの人より本部へ連れてくるように言われておりますが…。」
「そうだな。」
何だろうか…、このやり取りは。可能性としては私兵ではなく普通の兵士であるか、もしくは別の私兵か。しかし、別の私兵であればどうして共闘しているのだろうか。指揮系統が混乱しそうな印象だ。他の兵士たちはその間も連行されている。他の兵士たちも抵抗しているが、抵抗していない兵士のほうが多い。今の状況をわかっていないというのが大半だろう。平和ボケしたことで反応が遅れているのは仕方ない。
その話をした兵士は周りを見ながら、状況をよく見ている。彼はそのまま俺のほうに向きなおった。…、先ほどの兵士とは打って変わりかなり真剣な表情である。一体、彼は何を考えているのだろうか。
「では、渡してくれるかな?彼を。」
「その前に所属を明らかにしてもらってもよいですか?」
「…、私を信用していないということかな?」
「いえ、念には念…。」
その瞬間に首を切られている。首から噴水のように血が出ていき、廊下を濡らしていく。そのことを理解できていないのか、他の兵士も呆気に取られている。手首の縄を彼が強引に剣で切り、俺に剣を投げる。その剣を受け取り、その連行してきた兵士を切りつけ、周りの兵士を見た。その2人目が切られたときにようやく、他の兵士たちも異変に気が付いたらしい。
「何をする?」
彼らもまた油断していたのだろう。捕まえている兵士が廊下で戦うとは思っていなかったはずだから。私兵が抜剣し、構え始める。他の私兵もそのことを気が付いたようで次々と剣を抜いているのが見えた。俺を救った彼が他の兵士2,3人の縄を切っている。助けた兵士が俺のほうへ向かってくる。倒れている兵士の剣を手に取り、近くに来て、俺と背中合わせになる。彼らは俺の部下である。運がよかった。気心が知れない兵士とは連携がとりづらいから。
「イーリン隊長、ご無事で。」
「ああ、全然大丈夫だ。不覚だな。他の兵士たちはどうしている?」
「連行された兵士がかなり多いです。これ程の規模ですから牢獄ということはあり得ませんが、最悪の想定もしなくてはならないかと…。」
ここからどうするか…。兵数が少なすぎて巻き返すにも。隣に兵士が来ていた。彼が来ていたらしい。まるで気配がなかった。部下もそのことに驚いている。もしかして、その兵士は暗部の人間なのか。…、ならばどうして兵士の格好をして…。前からこのような事態になるような予想ができていたのか…。ならば、彼は少し地位の高い暗部である。小さい声でつぶやく。
「現在、外で抵抗している勢力がありますのでその隊と合流してください。私は別の任務がありますので。」
「わかった。ご武運を。いくぞ、ここから脱出する。その道中で助けられそうな兵士は助ける。」
「はい。」
私兵を切りつけながら廊下を進んでいく。




