29話
「では、全体訓練を始める。」
そう言ったのはコーリン将軍の副官である。軍の全体訓練はもうないと思っていたが、今更になって行われている。なぜかと言えば、戦場が決まらないことにあった。どこになるかわからないのだが、戦場の近くというか、首都へ移動するのが良いと思っている。しかし、内戦状態にある上、アミール宰相の支配下にあるため進めることができない。もし、進めてしまえば今回の内密の約束違反となるため、ここでの待機となっている。日時によってこちらが不利になることは明確なのだが、全面戦争になればこちらがもっと不利になることがわかっている。少し不利でも相手に合わせることを殿下は選んだのである。
「さっさと動け。切り替えろ。お前たちはいきなり戦場で混乱した時にその場で立ち止まるのか?命令を聞いてすぐに動け。」
副官が言っていることは分かるのだが、今まで今日出発の予定で話を進めているのに、今日の朝言われてもそう簡単に動くことはできないだろう。しかも、戦場ではなく平常時の話であるから皆が考えようとしていたはず。ただ、すぐに行動することも求められるのは当然か。命令を聞かない兵士はあまり必要がないからな。
「では、両軍に別れろ。ここの線から半分にする。」
線が引いているところを見れば、ちょうど俺の傍を通っていた。運よく俺の隊は同じになっている。俺としてはみんなと一緒に訓練することが何よりも大事である。連携の件もあるが、どのように動いていくのか確認も必要である。…、しかし、その前に親衛隊の面々の動き方もよくわからない。
「ワカトシ。」
「はい。」
「正直に言えば、連携などは求めるだけ無駄だと思っている。訓練を行ってはいたが、訓練の内容も技術の向上で隊としての機能ではないからな。今回の訓練でどのように動くのか確認が必要だ。」
イーリンが言うことは十分に分かっている。しかし、実際には難しいことばかりだ。実戦でどれほどの戦いができるかどうかというところも確認する。
「しかし、時間が…。」
「それは仕方ない。あのコーリン将軍の兵士だ。弱点を突くことに関しては一級品。我らの隊などすぐに蹂躙される。だからこそ、それぞれの戦いで勝負するしかない。」
「最小単位の5人組か…。」
「そうだ。」
「5人組では隊とはとても…。」
「言えないだろうな。ただ、反対にそのように動く隊もない。」
隊として動くのであればちゃんと連携を見ておくべきなのだが、その余裕はなさそうだ。そもそも、隊のことを知らない俺が指揮を執るのが間違っているのだと思っている。そのようなことを考えても戦場は迫っている。現状で最善の方法をとる。それだけか…。正直、突破力はないのだが、親衛隊がいる分、個人の戦闘能力だけが高い隊になっている。歪な隊である。
「では、そろそろ始めるとしようかの…?位置についていない兵士もいるが、このようになることもある。では、開始じゃ。」
前線の兵士が雄叫びを上げながら近づいてくるのが見える。運悪く最前線にいたらしい。イーリンと話をしているのが原因か。事前にと言っても無理か。すぐに始まったのだから。
「隊長、どうしますか?」
以前の10人隊の副官が話しかけてきた。彼は少し焦っているのだが、これは訓練である。そこまで焦る必要はない。この訓練を通じて悪いところを修正、もしくは補うようにすればいいのだから。
「全員、5人組をその場で組み、対応せよ。」
イーリンが指示を出す。今はこれだけしか言えないか。流石である。俺ではこのような指示は出せない。咄嗟に言葉が出てこない。戦いの中で冷静な命令を出すことができるのは経験を積んでいるからだ。そうこうしている間にも歩兵がすでに近くまで迫ってきている。木槍をしっかりと握り締めた。向かってきた兵士を木の槍でこけさせる。これくらいのことはできる。
「全員、隊長に続け。」
「「「おう。」」」
仲間の兵士を気遣うことはできない。それくらいに入り乱れている。イーリンは戦いながらも戦況を見ている。よくそんな余裕があるものだ。俺にはそんな余裕がない。
訓練が始まり、1時間以上が経過した感覚がある。他の兵士たちを見ればまだ戦いあっている。イーリンもまだ戦っているが、1人の兵士を倒した後、俺のほうへ近寄る。まだ、油断はできないが、少し話す時間はある。
「点々バラバラになっているな。」
「そうだな。」
「しかし、ここまでバラバラになるとは…。流石にコーリン将軍の兵士達は練度が違う。」
コーリン将軍の兵士の練度までは分からないが、親衛隊のイーリンが言っているのだ。かなり強いのだろう。しかし、周りは砂煙でよく見えない。どのような状態かわからない。その時に大きな銅鑼の音が聞こえた。演習が終わりの合図だ。
「俺たちは隊として機能していない。次の戦いまでにどのようにするか話し合う必要があるな。」
「そうだな。」
他の兵士たちを確認しようとしたが、ほとんどの兵士が倒されていた。どんなに強くても数には勝つことができないということである。部下を生かすためにも、相応の対応を考える。イーリンや他の兵士にも話を聞きながら詰めていくようにしよう。しかし、倒れている兵士を見れば今日は話し合う状況ではない。
「ともかく、今日は休もう。反省は明日だ。」
「そうだな。」




