27話
イーリンの家は貴族なので家名があったらしいが、愛想を尽かせて名乗るのを止めたという。どうしても家に馴染めなかったということか。何があったのだろう。よほどのことか。
「ワカトシ、試合をやるか?」
「えっと…。」
「何もないのであれば頼む。」
そのように言われると断りづらい。このイーリンはよく話かけてきたし、俺と試合をしたがる。どの兵士も強いと思える技量を持っている。しかし、イーリンと試合することに他の兵士も特に反論することはなかった。むしろ、彼らはイーリンとの試合を避けているようにも見える。傍目から見てもかなり強いらしい。その通りだなと思う。普通の兵士ではない。だからと言って、こうも負け続けると精神的にしんどい。この壁を乗り越える必要があるのだが、今のところそのような感じではない。
「では、ここでの。」
「わかっております。コーリン将軍も気を付けてください。」
コーリン将軍はそのまま城へ向かうらしい。
「お前たちわかっていると思うが、その間も訓練だからな。もう次の戦が近いから。」
俺の後ろの兵士たちが首を下に傾けた。流石に皆口々にコーリン将軍は鬼だ悪魔だと言っている。彼はそのまま俺もイーリンと試合をやっていたが、負けはするものの徐々に試合時間が長くなっているのを感じる。1日2回朝晩試合行い、何でもありの試合と単純に技術だけの試合を混ぜた。他の兵士たちもそのようにしていたらしいが、どの兵士からもイーリンや俺と試合をしたいと言われなかった。少し寂しい。
寂しいと感じながらも彼らは俺をのけ者にしているのではない。他の練習の時には手伝ってくれるのだ。試合の組み合わせを決めるときだけ目も合わせないようになるだけである。勇気を出して話を聞いてみた。
「すまないが…。」
「ん?」
「どうして試合を組むときだけ目を逸らすんだ?」
「初日に3人で試合を交互にやることになっただろ。」
確かそうだった。初日にはこの兵士と組んだのだった。彼は少しいやそうにしていたが、それはしょうがない。みんなで決まったことだし。試合が始まりしばらく3人で行っていたが、彼は簡単に負けてしまう。ローテーションが早く回ってくる。彼も食らいつくが、どうしてもイーリンという男がかなり強すぎる。彼が弱いわけではない。彼が強すぎる。仕方のないことではあるが、彼にとっては酷な話である。目指す場所がイーリンであるとしても彼に届く壁が多すぎる。俺も彼に試合を求められているが、負けてばかりだ。
「別に訓練というか試合に関しては大丈夫だ。しかし、俺が居ては足を引っ張る。もちろん、俺が成長するのに必要なのはわかっているが、それでもイーリンさんのためにはならんからな。」
彼は少し残念そうにそう言った。他の兵士もそのような感じなのだろうな。他の親衛隊の兵士とは試合を行うのだから。反対にコーリン将軍の兵士たちは試合というよりも自分の型を確認しながら、試合はそれほど行わずに体を休めるようにしている。確かに戦場に疲れを持っていくことほど危険なことはないな。ただ、俺たちのような技術が乏しい兵士は死ぬ可能性が高いので、訓練することが何より重要。
「では、みんな集まってくれ。」
この場でトップの精鋭兵が全員を集める。彼は最近、何かやっている。もう少しで本軍と合流すると聞いているのだが、このタイミングで集めるということは作戦のことだろうか。今までの話ではそれぞれ独立して戦うということだったはず。
「今回の戦いは厳しいものになる。前回の戦いも厳しいものだったが、お互いの消耗が少なく戦闘も1日だった。そのためか、敵戦力も徐々に戻ってきている。そして、今朝コーリン将軍から情報が送られてきた。今までなかったことだ。」
アミール宰相と殿下で交渉が行われたらしい。お互いに長々と戦いを進めるのは良くないとの判断になった。そして、指定した日に両軍の直接対決を行うと。…、かなり大胆なことを考えるものだ。相手にとって有利なところがある、もしくは続くと不利なことがあるのか…。どちらにしても勝つことが求められる。日程や場所は今から決めていく。どのように決めていくのかわからないが、アミール宰相が有利なように設定するだろう。
戦というものは勝ち続けなければならないものだが、他の兵士たちはどうなのだろうか。内戦ということで心はどれほど痛んでいるのだろうか。他の兵士たちはそのことを話さないのでわからない。ただ、真剣に戦うことのみを考えるしかないのだ。
他の兵士が神妙にしている中で、槍の手入れを始めた。




