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4話

 目を瞑っていると鉄格子を叩く音が聞こえる。目を開けると皇太子と呼ばれた男が立っていた。彼は目の下に隈を作っており、体を気だるげにしている。髪はそこまで長くない。耳にかかる程度か…。皇太子は黒髪だ。貴族というのは皇太子を指していたのだろうか。それであれば王族と言うか。日本人に似ていない。彼はこの世界の人間だ。とはいえ、やはり皇太子ともなればかなり忙しいのであろう。そんな中、俺に会いに来るというのはどういうことだろうか。後ろの兵士も皇太子のほうを見ながら、俺のほうへの警戒を強めている。


「やあ、先ほどぶりだね。」

「…。」

「君は口下手か。こういうのは訓練しないと治らないよ。」


 驚いているだけなのだけど。そんな思いを無視しながら、彼は俺のほうを見ながら鉄格子の傍へ座る。いかに鉄格子の先に居るとしても危ないと思わないのだろうか。彼は深刻そうな顔をしている。何を悩むことがあるのだろうか。そもそも俺のところに来て話すようなこともないだろう。俺は彼にとって赤の他人であり、異世界の人間であり、そして、罪人だ。


「君は少し周りの人間と違うね。」

「!」

「別に君の口から言う必要はないよ。何が違うかわかっていないからさ。ただ、僕には何となくわかってしまうところがあってね。今いる側近たちも僕が登用した人間たちだ。それこそ一芸に優れたものを持っている。だから、みんな恩を感じているためか僕の言うことを聞く。それは言い換えれば僕の言いなりになっているということ。もっと悪い言い方をすれば下僕だ。そのような人たちばかりではこの国を変えることなんてできないんだ。」

「…。」

「君にこんな話をしても仕方のないことかもしれないね。たださ、君にはその役目を担ってほしい。」

「その役目…。」

「そう。僕を止める役目だ。僕が変な道に走っていたら正してほしい。そして、道を完全に離れてしまったら殺してほしい。」


 …随分と過激なことを言うのだな。まさか、俺が皇太子の暴走を止めるような役目とは。罪人として鉄格子に囲まれている状況で頼まれても。ただ、皇太子の様子を見る限り本気で俺に頼んでいるようだ。やはり上に立つ人間は違うなと思う。自分が上に立った時のことを考えている。家系的に上に立つことは決定事項なのか。それとも自分自身の決意のためか。


「どう?受ける気はある?」

「受けるかどうかと言われても…。」

「まあ、そうか。いきなりこんな話をされても困るね。でも、時間がないんだ。君には不思議な力があると思っているよ。だから、頼んでいる。そして僕の側近になってほしい。表向きには伏せておくけどね。いきなり殺されても困るから。」


 驚いたことに皇太子としては俺を仲間に引き入れたいと思っているらしい。正直に言えばわからない。この国の状況がわからなければ…。意味がないか。ここから外へ出ることが叶わないこともありうる。死刑になる可能性も。そして、暗殺の可能性もあるということか。だから、ここで決めなければならないのだ。彼と一緒に行くか、それとも死を覚悟して別の道を歩くか…。目を瞑り、深呼吸をする。そして、ゆっくりと縦に顔を振る。


「うん。ありがとう。ここから位を上げていくのは厳しいと思う。だけど、大将軍までにはなってね。15年以内になってほしいな。」


 彼は笑顔で言っているが、どのくらいの地位なのかわからないから判断が難しい。ただ、皇太子が難しいというのだからかなり高い地位にあるのだろう。それに15年でも難しいところの地位。そのような地位に俺が上がることができるのだろうか。腹をくくる必要があるな。それこそ、首級の戦果を挙げ続けることが必要になってくる。文字通り命を懸ける戦いになる。


「さてと、じゃあ、少し話をしようか。君は離れてくれるかな?」

「しかし、危険では?」

「そうかもしれないね。ただ、彼は僕に従ってくれるということだから、僕もその期待に応える必要があるから。」

「ですが…。」

「二度目はないよ。」


 彼は回れ右をして下がっていく。皇太子が命令すれば下がる。しぶしぶという形だが。かなり冷たい口調だった。そういった声も出せるのだな。皇太子は少しため息をついた。彼も彼で苦労しているのだろう。どうしても皇太子となれば護衛がつく。いつも護衛がついているのであれば自由もないということになる。俺であれば息が詰まる。


「では少し話そうか。君は軍に入って兵士になる。これは決定事項だよ。」


 今は戦時中であるということと皇太子の軍勢が苦戦していることから兵士になるのは簡単である。しかし、俺が罪人であるということと皇太子の推薦ということがあるため、ややこしくなる可能性があるらしい。皇太子の推薦となれば上司が客人として扱うことも考えられるため、俺の扱いは慎重になるだろう。慎重になると俺の役割は後方支援に回る可能性も出てくる。後方支援となれば一気に出世からは遠のく。軍人は戦果を挙げての立身出世が常である。特に家系が軍部に居ない場合には戦争で名を上げることが一番手っ取り早い。だから、後方支援になれば戦果を挙げることができずに長い間、一番下の位というのもあり得る。


 兵士は戦場で位が高い武将を倒せばそれだけで出世が可能だ。…立身出世とは言ってもいきなり戦となればかなりしんどいな。あと、俺はこの世界の中ではかなり背が大きい部類に入るらしい。背が高いのはその分有利になる。鍛えればそれなりの兵士になるかもと。兵士としての経験はないし、剣道や空手などの武道もしていないため、武器の適性を見つける必要があるのだろう。できれば槍や剣などが一番わかりやすい。弓矢兵でも悪くないが、将軍ほどの高い位の武将を討ち取るのは難しい。ただ、剣と槍は死にやすいのも…。


「君がどのような兵士に向くかはわからない。ただ、君には次の戦で戦果を挙げてもらいたい。僕が君を庇えなくなるかもしれないからね。」


 皇太子は簡単に言ってくれる。しかし、戦争に参加したこともないし、人を殺したこともない。訓練も受けてないし、軍を学んでいるわけでもない。ただ、三国志や戦国時代の本を読んだのみ。戦いに関してまるで素人の俺である。戦場で名を馳せるようになるとは思えない。ただ、皇太子が庇えなくなるということは殺される可能性があるということか。必死に頑張る必要があるけど…。戦争に参加しても死ぬ可能性はある。


 しかし、選択肢はない。何しろ、囚人として囚われている以上はこの状態を覆すほどの何かが必要であるということである。戦争というのはチャンスである。いきなりと言うことにはならないと思うが、それなりの戦果を残せば囚人としての扱いではなくなるだろう。神輿にするにしても囚人であれば意味がないからな。


「おおよその話は大丈夫かな?」

「…。」

「よし。国とかの話はまた今度別の人からね。流石にそこまでまだ教えられないからさ。一応、罪人ということになっているはずだから。じゃあ、僕はここで。今日は疲れただろうから、ゆっくり休んでね。牢獄じゃ休めないかな…。でも、すぐに眠れるよ。」


 彼は兵士を伴って去っていく。あの様子であれば嘘はないだろう。しかし、まさか戦争に参加することになるとは。人生なんて簡単に行くわけない。ただ、俺の手の震えは止まっていた。信じがたいが、俺の後ろからは何かがいる。具体的に人がいるわけではないが、何かが俺を動かしている。どちらにしても今は寝ることしかできないか。わずかに豆ができている足をつつきながら、眠った。


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