スイ~戦争→論功行賞~
少し時間が空いてしまいました。
ケヴィンからワカトシの監視を頼まれた。上の確認をしていないときほど迷惑なことはない。何かあっても自己責任になるし。その上、個人を監視するのはなんというか体力がいるのだ。簡単に監視と言ってくれるけど、個人で監視する場合には一人しか割当てられない。なので、交代などないため非常に監視が厳しくなる。時間的にだけど。どうしても空白の時間ができるから。後はどこまで監視するというところかな…。
「スイ、大丈夫か?」
「大丈夫。」
後ろにいたのはケヴィン。彼は少し複雑な顔をしている。彼がそのような表情をしているのは彼自身もワカトシという男がそこまで悪人ではないと分かっているからだろう。最初の表情を見た時に彼が意図して墓に来ていないというのはすぐに分かった。しかしながら、ケヴィンの立場からすれば簡単には容認できない話。
「あまり多くの兵士に知られるわけにもいかないからな。」
「それはわかっているわ。でも、私1人だとそんなに多く監視できないわよ。」
「別に構わない。そもそもワカトシが極悪人であるとは思えないからな。ただ、立場上いきなり犯罪者を軍の中に入れて監視なしというわけにもいかんからな。」
確かにその通り。軍の中枢を担う者としてすぐに容認することができないは分かっている。でも彼としてはワカトシが白であるという証拠が欲しい。だから、私に調査という名の監視を行うということ。しかし、彼が軍の中で変なことをする余裕などないと思うけど。兵士として参加したことのないワカトシにはかなり厳しい経験になるはず。
彼の調査を始めようとしたが、いきなり牢獄へ入った。ある意味、ポーズみたいなものか…。ワカトシもそれをわかっているのだろうか。それにしても変わった運動をしている。ワカトシはそのまま運動を続けている。すでに3日目。よく続けられるものだと思う。反復運動や剣を振るための上下の運動は非常に重要。筋肉運動の他に可動域を広げるような運動もしている。筋肉が柔らかくなければ怪我につながる上に次の動作に流れができない。そのことを彼はよくわかっているのだと思う。
筋肉をつければいいわけでもないため、筋肉の訓練は非常に難しい。ワカトシはそのことをよくわかっているのだろう。黙々と体を動かしては徐々に弛緩させていく。筋肉を弛緩させるのは痛みを伴うはずだが、彼は眉を少し動かしただけでそのまま弛緩させている。ゆっくりと慎重に体を確かめながら。筋肉をつけるにしても体を柔らかくするにしても時間がかかることばかり。それこそ年単位に及ぶこともある。
しかし、彼はどうしてこのようなことを知っているのだろうか。筋肉運動のことは兵士ぐらいしか知らないことである。しかも、体が強い兵士はあまり知らない。そもそも、何もしなくてもこの簡単に剣を振ることができるのだから。知っている兵士は体力がない、もしくは体の小さい人ぐらいである。体の強い兵士はそれこそ、実際に怪我をしてからわかるというものだ。彼には何か秘密があるのは分かるのだが、その秘密を彼が素直に教えてくれるとは思えない。彼は無口そうだし。
ワカトシのような体が大きい兵士がこの筋肉運動をしていけばかなり強くなる。私には無理である。女性であるということもそうだが、私自身も体がそこまで強くない。ただ、男に生まれたかったとは思わないし、女で立場が悪くなることがあっても仕方のないことと思っている。でも、体が強く生まれたかったとは思う。いずれはみんな体が弱くなるが、始めに体が強ければ鍛えることもできるし、休みが少なくて済むのだ。それに体の調子を整えることも最低限でいい。しかし、体が弱いために筋肉をつけるにも調子を見ながら鍛える必要がある。そういうのが億劫で仕方ない。
行軍中でも彼は何も不平不満を言うことはない。人間ができているのか、それとも別のことで頭が一杯なのか…。どちらにしても悪いことではないなと思う。他の人はいろいろと何か問題を起こしているが、彼は動揺したような印象も見えない。むしろ淡々としている印象を受ける。何も考えないようにしているのかな。そんなこともないのか…。彼らも余計なことをしてくれる。最初の行軍でこのようなことがあれば次も同じように感じるから。当たっても仕方のないことだけど。
彼は別の隊から出陣した。そのあとのことは分からない。私は本陣の中にいたから。本来は歩兵として出陣すべきなのだろうけどそうもいかない。それなりの立ち位置にいるために動くこともままならない。
今回の戦いは開戦があまりよくわからないまま進んでいった。コーリン将軍が山の中に歩兵を投入したことで開戦した。山の中の戦いに関してはよくわからないのだけど、今のところコーリン将軍の兵士が推されているという情報は入っていない。ガーマス将軍の軍勢がどれほど投入されているかわからないが、少数なのだろうと推察される。本陣からもガーマス将軍の姿は見えているしね。
少し時間が経って何かが動いているのが見える。軍勢か…。あれは山の中に入らずに迂回して後ろから来ているのか。砂埃からしてかなり兵数が多い。
「スイ、あの軍勢はなんだ?」
「わからない。でも、あのガーマス将軍の兵士で間違いない。ただ、精鋭兵はそこまでいない印象。あくまでも指揮官だけ。そのほかは普通の兵士。でも、兵数が思った以上に多いわね。」
その時、山の中から何か物音がして驚いた。中にも軍勢を伏せている。これはまずい。挟撃と言っても3方向からの挟撃ということであれば、いかにコーリン将軍とは言っても厳しいものになる。
「あなたは半数を率いてコーリン将軍へ報告しなさい。」
「スイはどうするんだ?」
「私は半数を率いて山中の部隊を強襲する。」
「何言ってんだ?この隊だって全部で2百もいないのだぞ。」
たとえ百騎でもできることはある。少しでも挟撃を遅らせることができれば何とかなる。他の兵士たちも覚悟を決めている。それはそうかもしれない。ガーマスの精鋭兵はかなり強い。一部の部隊はコーリン将軍の精鋭兵よりも上であると言われているのだから。その話を聞いたことがある兵士たちは驚くに決まっている。
「…、決意は固そうだな。分かった。じゃあ、俺には10人でいい。」
「…、気をつけて。」
「スイこそ、死ぬなよ。…お前ら、頼むぞ。」
後ろで敬礼した音が聞こえる。彼らは私によく従ってくれる。だから、彼らを失いたくないという思いは強い。しかし、やらなければならないときはやってくる。馬を山中へ向ける。罠がないところから入っていくけど、斥候部隊の死体ばかりが並んでいる。…これは惨殺に近いような。伏せ兵にあったのだろう。もしくはどこかの機会に一斉に殺されたか…。少し先に兵士の姿が見える。馬を走らせる。
「なんだ、まだいたのか。軟弱、」
その首を落とした。このくらいの敵には遅れをとることはない。
「…、手練れだ。」
「散開しなさい。固まると弓矢の餌食になる。」
多くの兵士がいるわね。これはかなりの犠牲が出るのは分かっている。しかし、それでもコーリン将軍の本陣へ進めるのを少しでも遅らせなくては。剣を兵士に突き立てる。そして、首筋に刺す。しかし、容易ではないわ。ここには精鋭兵が多く存在している。無心で剣を振り続ける。
甲冑が血だらけになった状態で周りを見渡す。多くの死体があるわね。仲間も敵も。何とか食い止めることくらいはできたかしら。…立っている兵士もいないわね。馬を降りて兵士の顔を見る。痛みでつらそうな顔をしながら苦しんだ顔をしている。そして、目を開けたまま死んでいる。その目を閉じてあげた。彼にはまだ生後1歳の子供がいたはず。
「スイ、大丈夫か?」
大丈夫じゃないというのが本音。私だってしんどい時はある。それが今かな…。しかし、後ろの兵士たちは全部で20名もいない。彼らは頭を少し下げている。彼らも辛いのだね。でも、前を向かないと。
「それでどうやって終わったの?」
「情報が錯そうしているのだが、ワカトシという兵士が殺したということだ。」
「ガーマス将軍を?あり得るの?彼がそこまで強さだとは思わなかったのだけど。」
しかし、彼らが嘘を言うわけもないし、それこそ情報収集には余念がないから。本当なのだろうね。私はこの後も彼を監視する必要があるけれど。彼らは私のほうを見ていた。
「…スイは何かあるのだろ?」
流石に分かっているよね。ワカトシのことを監視するとも言えないから。密偵というのは秘密が多いものであるのは彼らもわかっている。だからこそ、詳しいことを聞かないのよね。彼らも秘密を知らないし、聞きもしない。
「ありがとう。」
「あとはこっちでやっておく。」
私は疲れている体に鞭を打ってそのままワカトシの監視に入った。彼自身もかなり疲れているからあまり動くことはない。
結局、何もなかった。それに彼がガーマス将軍を倒したというのも本当らしい。彼自身も強くなっているようね。前に会った時とは随分大きくなった。存在が。
「大丈夫だったようだな。」
「そうね。予想通りね。」
彼は頷いて報告書を受け取った。そのまま彼はその報告書を中に畳んで入れる。彼がコーリン将軍のほうに歩いて行った。どうしてだろうか…。まあ、いいか。
疲れたな。もう休もう。体が少ししんどい。ワカトシがこのまま何もしないことを願う。




