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16話

 農作業をすること2週間、開墾を始めた土がある程度柔らかくなってきたというところで軍に呼び出しがかかった。おそらく時間を測っていたようにも思うが、下部の兵士は知るわけがない。軍はまとめて褒章を受けたらしいが、数名だけが呼ばれるという。本来ならしないらしいが、さすがにしないのはという意見が出たからやることになったみたいだ。


「ワカトシ、お前は今回の褒章に選ばれる。すでに参加する表の中に入っている。」


 俺が入っているのは予定外だったが、敵の総大将を討ち取っているのだから当たり前か。いかに罪人といえども、今回の一番の功労者を参加させないというのもおかしな話。周りの兵士たちは俺のことを祝っている。人を殺して祝われる。それは複雑な心境だ。みんなはこのことをどのようにとらえているのだろうか。それこそ、民間人であれば簡単に殺すことができるということを公言しているようなものだ。ある意味恐怖の対象になるかもしれない。それでも住民は慕ってくれるのだろうな。複雑な心境だ。


 他の兵士たちはこのままこの地に残ることになる。あくまでも戦争は継続中だ。しかし、国力が落ち込むというのをわかっているため、専属の兵士以外がすべて開墾に使っているということである。彼らとしてもこの土地が自分たちの土地になるかもしれないということで一生懸命やっているということか。正直に言えば死んだ人間が生き返ることはないため国力の低下は避けられないのだが、生産高を上げることで税収を上げるということだろう。ようやくそのことが理解できた。やはり下にはあまり情報が入ってこない。


「準備はいいか。これから、殿下のもとへ向かう。時間がかかるため馬で行くのだが、お前は馬に乗れるか?」

「乗れません。」


 乗ることができるわけがない。乗馬に関して言えば経験がものをいうと見たことがある。彼はすでに馬に乗っていた。すでに乗れないことを前提に話を進めているようだ。庶民には高いものだと思うし、馬は。


「そうだろうな。俺の後ろに乗ってくれ。多少速度は落ちるだろうが、それでも歩きよりは早い。」


 歩きより早いのは当たり前だがな。そう言っている割には良い顔をしていないのはなぜだ。男を乗せるのは嫌いなのかもしれないし、単純に乗せるのが嫌いなのかもしれない。教えるのならまだしも、一緒に乗せるのは俺もいやかもしれないな。彼の後ろに乗る。乗るのにも一苦労だ。


「よし、乗ったな。じゃあ、行くぞ。」


 そのまま馬を走らせる。思った以上に振動があるな。腰にかかる負担が大きい。そして、お尻にも負担がかかってくるな。他にも同行している兵士がいる。すべての兵士が地位の高い兵士に見える。


「ああ、周りの兵士か…。普通は下っ端の兵士が呼ばれることはない。しかし、お前はあのガーマス将軍を討ち取っているからな。その兵士がいないのでは意味がない。」


 やはりそういうことか。それでもないよりあったほうがいいのは確かだ。罪人というのも消えてくれることだろう。悪い噂はできるだけ早く消えてもらったほうがいいのだ。悪い噂はなかなか消えてくれないから。


 馬で走っていると多くの住民が拍手をしている。兵士たちは手を挙げている。まるで英雄だ。英雄であるのは確かだ。蹂躙するかもしれない軍隊から守ったのだから。複雑な心境。この心は何となくずっと持っておくべきだと俺は思う。人混みを抜けた先にはコーリン将軍が座って待っている。下馬して右膝を地面につける。


「よく来たな。少ししたらすぐに始まる。ワカトシは初めてだったの。」

「はい。」

「緊張はするだろうが、変なことをしない限り大丈夫じゃ。」


 緊張はするのか。みんなの前に立つのだろうから緊張するか。誰か代わりに出てくれないかな。現実逃避しても仕方ないか。部屋に入っていくと狭い部屋の中に2百人以上の兵士や文官などが座っている。殿下は大きな椅子に腰かけている。どこか居心地が悪そうだ。彼はそこまで王の椅子というものに執着はしていなさそうだからな。彼はハーグ宰相代理が読み上げているのを聞きながら、読み上げられた人物をじっくりと観察している。そのような感じだ。見られている側はかなり緊張するだろうな。



 他の兵士たちも殿下から言葉をもらうと身が引き締まるようで背筋が伸びる。彼らは殿下が知っている人らしく一言二言声をかけられている。こんな感じなのか、論功行賞というのは。


「ワカトシ、前へ。」


 俺が前に行くと殿下が微笑みかけてくれる。できるだけ笑顔にしたつもりだが、がちがちに固まっているように感じる。


「ワカトシは戦いの中でガーマス将軍を討ち取った。今回の件で以前の歴代の王の墓に侵入した罪を免除するとともに10人将に格上げするものである。それと同時に寮を与えるものとする。」


 後ろから少しどよめきが聞こえた。寮というのが大きかったのだろうか。しかし、寮というのは結局、毎月の支払いが発生するから大したものではないと思うのだがな。後で詳しい話を聞かなくてはないな。


「また、正式にコーリン将軍の弟子とここに認定し、コーリン将軍個人が持っている朱槍をワカトシに与えるものとする。」


 後ろから喧騒が止み、殺気が漏れてきている。あの朱槍というのは何かいわれがあるものなのか。そうでなければこのような事態になることはないだろう。


 殿下が椅子から立ち上がり、手を挙げた瞬間に喧噪が止む。殿下の表情は硬い。仕方ないか。戦争では多くの人が死ぬから。少し深呼吸して正面を向いた。


「ここにいるワカトシはすでにわが陣営の兵士だ。思うところはあるだろうが、彼に危害を加えることは禁止する。すでに洗礼も受けているようだしな。」


 殿下はコーリン将軍のほうを見た。コーリン将軍は黙って頭を下げた。殿下は俺のほうまで歩いてきた。目の前で止まり、彼は俺の目をじっと見ている。


「よく頑張ったな。まずは第1段階を突破だ。」


 殿下は短剣を渡す。何か宝石がついているわけでもない。何の変哲もないナイフ。


「宝剣というわけではないが、名誉という形の短剣だな。」


 こんなに不要なものもないような気がするが、戦場に持っていくかな。短剣のようなものは何かと役に立つから。その短剣は思った以上に重たい。殿下はその重さを考えているのか、俺のほうを見ている。


「これからもよろしく頼むぞ。そして、さらなる戦果を期待する。」


 そういって椅子のほうに戻る。呆けているとコーリン将軍が咳ばらいをした。これで退場なのか。その場から移動する。殿下は再度立ち上がる。


「殿下からの言葉です。」

「先の戦いでは皆、ご苦労だった。先ほど紹介したワカトシがガーマスを討ち取ったおかげでたった1日で撃退することができた。コーリン将軍の機転で国内の兵士の数もそこまで損失を受けていない。これは良いことだ。この戦いでは多くの犠牲が出るはずだが、できるだけ皆の者には兵士を殺さないようにしてほしい。」


 無茶だと思うが、彼の言葉は正しいのだ。できるだけ兵士の消耗を少なくしなければどうやったって国内の戦力が減ってしまう。彼はそのことを憂いているのだろうが、正直、それでは戦いに勝つことができないと思っている。どんな時でもやるときにやらなければ反撃を許すことになるのだから。いつの間にか殿下がいなくなっている。


「では、解散。」


 皆、各々に動いている。友達などいない俺はこの場にいても苦痛なだけだ。そう思って立ち上がると後ろから声をかけられた。その男はケヴィン将軍。



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