12話~コーリン将軍~
後ろからの兵士は2万ほどか…。随分と多くの兵士を分けたな。こちらの後ろの兵士は1万人で何とかしてもらうのじゃが、不安じゃの。少し間とは言わず長い時間食い止めてもらわねばならんからの。ガーマスの兵士がどれほどの強さか…。強くなくても2万という数は脅威じゃ。
「コーリン将軍、この挟撃の形では長く持ちません。」
「それは通常のやり方ではじゃの。お前はここにおり、指示を出すのじゃ。しかし、深追いはせず、撃退する程度にしておくのじゃ。」
手を上げると後ろに精鋭兵が5千集まる。彼らの顔は自信に満ち溢れている。流石に経験値が違うの。どこへ行くか…。敵本陣が若干薄いような気がするの。…、なんじゃ、何か嫌な予感が。山の方か。目を向けると何かが出てくるような気がしている。山の方から数は少ないものの兵士が出てくる。あの兵士たちは見たことがある。おそらく、彼らはガーマスの側近たちのはず。彼らはこちらに突っ込んでくる。ということは、狙いは儂かの。しかし、ここで儂が逃げるとこの軍が終わる可能性が出てくるのじゃ。
「コーリン将軍は早くお逃げください。ここは持ちません。」
「コーリン将軍はどこだの?」
体の大きな男がこちらを見ているの。あの男は確かかなり頭のおかしな兵士と聞いておる。それでも処罰されていないのはかなり強い男だからじゃ。特に婦女暴行事件を多く起こしている本能的な男だ。隣の兵士に槍を渡してもらう。
「貴様がまず来るのかの?」
「あんたがコーリン?」
彼はいきなり剣を振るってきた。槍で受けるがかなりの衝撃じゃの。剣と槍の鍔競り合いか。単純な力では彼のほうが上か…。しかし、目がどの方向へ向いているのじゃ。そして、唾が顔の周りについている。風貌もだいぶおかしいの。顔全体に入れ墨を掘っている人間はなかなかおらぬ。それに彼の力は普通ではない。槍に込めている力を抜く。彼の体勢が崩れたときに槍を突き出すが、彼は馬を操作して槍を避ける。彼は振り返って儂のほうを見ている。
「やるじゃん。普通であれば力で相手を殺すことができるのだけど。」
「舐めるなよ、小僧。」
剣を振りかぶっている間に槍で突くが、彼は避けているの。先ほどもそうだが、身のこなしは速いの。図体が大きいのに動きが速いのじゃな。これでは普通の兵士では何もできずに死ぬことになるだろう。手を上げると部下の兵士が他の兵士を止めに動いていく。流石に他の副官に頼めば死ぬことになる。部下の兵士が彼との間に割って入る。
「将軍」
部下が入っていったのは副官の指示か。後ろに副官が控えておる。心配するのもわかる。この状況で一騎打ちなど正気の沙汰ではないのじゃ。というよりも付き合わなくてよいということか。その通りだの。しかし、戦況を覆すには戦果が必要な状況であるのも事実じゃから。早くせねばの。3方向の挟撃に耐えうるような体制ではないのだから。
「手を出すな。」
「しかし、将軍が死ねばこの戦が終わります。」
確かにそうだろうの。ここで鼓舞する必要があるのも事実なのじゃ。この男を倒せばそれなりに士気も上がる。槍を突き出す。狙いは馬じゃ。馬が絶命し倒れる。彼は素早く地面に下りた。そのまま剣を振る。槍で何とか防いだが、彼は何も考えていないような気がする。だからか、反応が早く攻撃を防ぐのが難しい。目的がはっきりと出ていない攻撃には軌道の予測が見えないからの。その間で周りの兵士が彼を切り込みに行くが、全員が返り討ちにされる。強すぎる相手に数で戦うのも意味がない。後ろから彼の部下の兵士が次々と流れ込んでくる。本陣というのにの。どうにも3方向からでは防ぎようもないのじゃ。本陣でこのように戦うのは久方ぶりじゃ。あの大戦以来かの。
周りを見ても苦戦しておるの。あとは歩兵部隊がどれほど善戦するかによるのじゃが、今の様子を見ている限り難しいじゃろう。山中にもそれなりの兵士が入り込んでいるはず。歩兵は順序よく山中に入っているが、どうなっているのか分からんの。前と後ろで変化はないの。というよりも押し込まれておるか。そもそも情報がくる状況でもないかの。しかし、事前の報告が入ってもいいのじゃが、斥候は軒並み殺されたか。馬を狙ってくる剣を槍で弾く。
「忘れてるの?」
今はこの男が障壁になっておるか。この乱戦ではなかなか目の前の彼に集中することができないの。槍を突き出すが彼には避けられる。彼の部下もかなり強いの。予備兵もない。後ろと前も限界が近いの。しかし、この状況では。…、ふむ。儂が行くかの。槍で敵兵を突いていく。彼の兵士も強いが後ろから援軍が来ていない。
「兵を1千呼べ。」
「…、どうする気ですか?」
「さっさとしろ。」
槍を捨てて矛をもらう。
「逃がすと思ってんの?」
彼の剣を馬で避ける。そして矛を叩きつける。そのまま剣を砕いた。彼は頭に矛が刺さり絶命した。流石にこの矛を受けきることはできなかったかの。腕が伴わなかったのか、それとも剣の質が悪かったか。彼が死んだことで周りから歓声が上がる。しかし、珍しく剣を砕いた時に右腕が少ししびれておるが、少しすれば治るだろう。そのまま兵が集まるのを少し待つが、その間に敵兵を斬り続ける。遅れて遠くの兵士からも歓声が聞こえる。だが、妙じゃの。この状況をガーマスが見逃すとは思えん。歩兵たちが頑張っているのだろうか。よし、集まったな。
「ついてこい。」
馬を走らせる。敵兵はついてこないの。やはり山中からも兵士が出てきているのが見えない。儂たちに目もくれないのであれば好機だの。ガーマスの本陣へと突撃を敢行する。儂が矛を振るうと面白いようにガーマス軍が逃げる。逃げるのはどうしてなのじゃろうか。…、あの鎧は彼ではないの。本陣の中腹まで進めた。ようやくわかった。ここにいるのは精鋭兵ではないのじゃ。攻めている兵士の中に精鋭兵を配置している。本陣は張りぼてだった。だから半数以上の兵士が逃げていくのだろう。
本陣の中の兵士はそれなりに強い。…、ここが敵の精鋭か。しかし、どうして彼らは余裕がないのだろうか。何かに焦っているような気がするがの。山中で何か歓声が上がっている。徐々に離脱している兵士が多くなっているのか。どういうことじゃ。…、もしかしてガーマスは山中にいて、討ち取ることができたのか。ガーマスはそこまで体が大きくないが、それでもかなり強い兵士であるの。歩兵の中で討ち取ることができる兵士がいたか。
「将軍」
「どうしたのじゃ。」
「様子が少しおかしいです。」
「おかしい?」
儂が周りを見てみると徐々に脱走する兵士が増えているような気がするの。…、ガーマスが死んだかもしれんな。
「よし。反撃に転じるぞ。本陣にも通達しろ。」
5人の騎兵が本陣へ向けて走っていく。やはり総大将が討ち取られてしまうとこんなにも簡単に崩れるのか。このガーマス軍は崩れないと思っていたがそうでもなかったか。どうしても彼らの軍は統制がなっていなかったからな。
「お前を殺して五分に戻す。」
そう言って走ってくる。敵将は覚悟を決めている。彼の槍を避けて矛で首を飛ばした。そう簡単に儂が殺されるわけがないじゃろうにな。周りの兵士は儂のほうを見て少し引いている。儂の強さに圧倒されたのだろうの。そこで儂に攻撃できないのは練度の低さだけではなく覚悟の問題もあるのじゃ。どうしても略奪や破壊行為が目的となってしまった軍はかなり弱い。ここでその弱さが露呈してしまったの。
本陣の方も徐々に潮目が変わったように反撃に転じておる。今までの守勢が嘘みたいに相手を押し返しているの。これで本陣は大丈夫か。あとは投降するように促していくのと逃亡を追わないということか。
「投降を促して逃亡する兵士を追わないようにするのじゃ。」
「…良いのですか?アミール宰相の軍の戦力を削るには絶好の機会ですよ。」
「ならん。そう通達しろ。」
「…お優しいですね。分かりました。」
今回の戦いは外国との戦いではなく、国内での戦いじゃからの。戦力を削りすぎればすなわち国力の低下となるのじゃ。ワカトシの組で発生した密偵の件に関してでもわかるように外国は常に監視しておるのじゃ。この国の戦力を。王もこの国を守るのに苦労しておった。農業というものは大したことないように思えるが、人を増やすには必要なものである。南に下れば鉱山もあるため、この国は恵まれておる。鉱山に関してはまだ発掘できていないところも多いからの。人はいくらでもいるのじゃ。農業に関してもまだまだ開拓の余裕が存分に残っている。
そう考えればこの国は発展途上なのじゃ。…とはいえ、現実にも目を向けなければの。あの兵士たちをどうするかじゃの。捕虜の数が多すぎるような気がしているからの。こちらの陣営にとっては悪いことではないのだが、支配地域がどうしても小さい関係で捕虜は多く抱えることができぬだろうの。南部の貴族を頼ってもいいのじゃが、貸しを作ってしまったらその後の国の運営が難しくなるの。
王がどのように考えていたかわからぬが、1人息子の皇太子に王を継がせる気があるのは確かじゃ。皇太子に関しては言えば武力がない分、内政で結果を出す王になるのだろうの。しかし、前途多難。この混乱を収めることから始めるのだから。まあ、周りの人間がどうにかするかの。それでも多少の混乱は避けることができぬ。
「そう考えても、こちらも前途多難かの…。」
自由奔放に逃げていく兵士を見ながら危機感が募る。兵士ではあるものの彼らも仕事がなくなってしまえば荒事に手を出すのがほとんどじゃから、おそらく近隣の村や町を襲うようになるじゃろうから早めに対策を練らねばいかん。
「将軍、ガーマスを倒した者ですが、」
「おう。」
「ワカトシです。」
「なに?」
「…ワカトシです。そんなに驚かれるところですか?しかし、極限まで戦ったみたいで倒れているらしいのですが。」
そりゃ驚くだろうよ。儂がワカトシを弟子として扱っているのはかなりの伸びしろがあると思った上に息子の槍を扱うことができる人間だからじゃ。他に何かあるわけではないのじゃ。だから、現状でガーマスを倒すとは予想できておらん。ただ、彼には助けられたというところと、これでワカトシは正式に我が兵士として迎えることができる。いかに犯罪歴があったとしても彼を非難する兵士はいないはずじゃからの。あのガーマスも武力はあったのじゃから、まぐれで討ち取ることができるような兵士ではない。
成長が著しいと思えばいいのじゃろうが、少し伸びすぎであるの。あまり祭り上げられてしまうと死地に追いやられる可能性も出てくる。ここら辺はうまく調整すべきじゃな。馬を走らせながら本陣へと向かう。




