表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/59

12話

「ここを下げるわけにはいかない。踏ん張れ。」


 後ろから多くの足音が聞こえる。しかし、振り返ることはできない。目の前には敵兵がいるのだから。漫画や小説で周りを見る余裕がある兵士は有能というのがよくわかる。目の前の敵を倒すだけで精一杯である。彼は周りの兵士を指揮しながら前線を維持させているようだ。ここを下げない理由が何かあるのか知らないが、重要なことであるのは間違いないだろう。しかし、敵兵は次々と出てくる。


「何も考えるな。お前の思ったように槍を振っていけ。」

「え?」

「あとは俺たちに任せろ。」


 少し腹から空気を押し出した。目の前の兵士たちの動きが見えていく。…、緊張状態によって何か入ったのだろうか。しかし、俺の動きもまた緩やかである。敵兵を次々と倒していく。彼らは何かを指示しているようだが、鉄の打ち合う音が大きすぎて何も聞こえない。後ろから誰かが割って入った。その兵士は大きな盾を持っていた。次の瞬間に多くの弓矢が盾に刺さっていく。


「少し前に出すぎだ。」


 彼は俺の肩を掴んで静止させている。後ろから百人隊長が俺の後ろに居ながら別の隊へ指示を出している。多くの兵士がこの場に集まっている。よく見れば弓矢兵が多く潜んでいる。手で合図をしているのか。そして、俺の首を下ろして座らせた。弓矢が頭上を飛んでいく。どこも激戦だが、この場が制圧できれば変わってくるのだろうか。


「でも、君のおかげで周りの兵士が頑張れている。だから、死ぬな。」


 盾の兵士が他のところでも前進している。それに合わせて進んでいくが、急に何かが来る。蹄の音…。何かを感じ、槍を上に構えると吹き飛ばされた。木に背中から叩きつけられる。俺が見ると他の兵士が騎馬の兵士たちを見ていた。味方全員に緊張が走っている。今までの兵士とは明らかに質が違う。コーリン将軍の精強部隊と似たような雰囲気がある。


「全員前に出ろ。」


 そう言って、百人隊長が1人の兵士にへ突っ込んでいく。接敵する刹那、彼は一刀両断された。…、百人隊長があのように倒されるとは。彼はかなり強いと聞いていたが。周りの兵士がこぞって彼を倒しに行くが、全ての兵士が斬られていく。他の兵士も敵兵に次々と討たれているのが見える。ようやく背中の痛みが引き立ち上がった。思ったよりも衝撃が少なかった。木の幹が柔らかないのだろう。


「ここを徹底的に叩け。」


 高い声でその男が指示を出した。周りの兵士が活発に動いている。指示しているのは周りの兵士…。もしかして、百人隊長が言ったこと言葉を考えれば、総大将ということがあり得るのか。しかし、こんなところに総大将が来るとは思えない。彼らはどこかへ移動している。ここで彼を討とうとしても周りの兵士に殺される…。彼は遠くのほうを見ながら少し笑った。彼と敵兵には死角になっている。こちらには向かってこない。助かった。


「…ここから本陣を攻めていく。斜めに進んでいけ。」


 多くの兵士が山を下りていく。総大将の周りに兵士が30人ほどである。ここがチャンスであるのはわかっているが、俺1人では難しい。切り崩している間に俺が殺される可能性が高い。周りを見てみると俺は木の下の穴に入っていたらしい。だから、兵士に見つからなかったのか。…。ん、何かがぶつかったような音が。見てみると20人くらいの兵士がぶつかっている。自然と足が前に出た。他の兵士は20人の兵士の相手をしている。だから、俺は死角になっている。


「絶対に行かせるな。」


 先頭の兵士が必死に叫んでいる。…、味方の本陣でもあるのか。そうであればここで止めるしかない。しかし、この男を相手にどこまで戦うことができるか…。


「そいつを殺せ。」

「抜かせ。あのようなひょろい男に何ができる?」


 俺が前に出るとその男だけが俺のほうを見た。まるで外野のことを気にしていないようだ。彼は槍を少し見ている。そして、少し眉を上げた。


「お前は?」

「若利。」

「そうか…。俺の軍に入らないか?」


 彼の顔は中性的で女のような顔をしている。他の周りの敵兵も俺に気が付いているが、他の兵士に手を取られている。やはり今しかない。彼を討ち取るのであれば。


「…。」

「そうか。まぁ、いい。死ね。」


 彼はいきなり切りかかってくる。速い。軌道がわずかにしか見えていない。ギリギリ槍が間に合う。槍に剣の重みが伝わる。コーリン将軍の重みとまた違う重みのような気がする。何とか槍で防ぐが、返しの剣が見えた。思わず後ろに仰け反り、その剣を避けた。彼は少し方眉を上げて、俺のほうを見ていた。周りの味方の兵士は苦戦している。森の中とはいえ、敵兵は攻めている側であり、周りにも兵士が多いが、こちらは少ない。作戦上ではどのようになっているのかわからないが、ここに本陣を構えているということすら知らないのではないだろうか。


「…。流石に普通の兵士ではないか。」


 戦いの中での一騎打ちというのは非常に恐ろしい。彼は他のところを見ている。…、俺はそのまま槍を振るうが、簡単によけられた。彼は俺のほうを見ながら何かを考えている。他の兵士たちは踏ん張っているが、そう長くはもたないだろう。他の兵士たちの援軍は期待できない。槍を握りしめた。古い歴史書の記述を思い出す。その記述書では総大将を討ち取ったことで簡単に勝利したとある。その首が目の前にあって、すぐにでも討ち取れば終わるかもしれない。槍を握る手に力が入る。


「…。」


 彼は少し笑いながら剣を振ってくる。なんとか避けきるが服が斬られた。そして、追撃が来る。笑いながら剣を振るってくる彼はおかしい。槍を突き出すが、彼は簡単に避ける。どうして俺の槍は簡単に避けられるのだろうか。…。髪が斬られた。剣を見ながらどのように避けるか考えていた。それでは間に合わない。周りの喧騒が徐々に耳から消えていく。そして、彼の姿だけが目の前に映る。彼以外は黒い空間が広がっている。殺気だけではなく、フェイントを混ぜているのが見えている。軌道を途中で変えているのか。だから、剣の軌道がぶれる。大きく変える必要はない。槍の軌道を変える。彼が初めて剣で槍を受けた。


 彼の体勢が崩れる。間髪入れず槍を突き出す。その槍も防ぐが、彼の剣が大きくはじかれて隙ができた。槍を突き出そうとするが、片膝をついてしまう。歯を食いしばった。口から血が滲んだ味がする。渾身の一撃を槍に込める。何かが砕けた音が聞こえた。見れば彼の体に槍が刺さっている。そして、彼の剣が砕けている。


「…フッ、ここで死ぬとはな。」


 彼は口から血を吐き出した。遠くから声が聞こえるがもはや耳に入ってこない。ゆっくりと彼は槍を掴んだ。そして、砕けた剣を俺に振ってきた。咄嗟に避けたが、右目に血が入る。額をわずかに斬られたようだ。危なかった。もう少しで殺されるところだった。その瞬間に槍に重みが加わる。彼が死んだのだ。そして、わずかに手が震える。足に力が入らない。周りには敵兵が多くいる。すでに周りの味方は死んでいる。槍を彼から引き抜いた。不思議とすっと立つことができた。周りの兵士が驚いた顔をしている。


「あの兵士を殺せ。」

「絶対に殺させるな。」


 目の前から兵士が次々と出てくる。…その様子を見ながら槍を握りなおした。掌が焼けつくくらいの痛みを感じる。剣の軌道に合わせて体を動かし槍を振るう。敵兵は俺に向かってくる。他の兵士にはあまり重点を置いていない。それもそうか。俺が仇だから。後ろから兵士が来ているような感じがしない。…。何人か斬ると敵兵が止まる。蹄の音が後ろから聞こえる。


「おい、大丈夫か?」


 隣を見ると騎馬兵の男がいる。味方だろうが、彼がどの地位にいる人間かわからない。ただ、彼の甲冑は高価なものであり、なおかつ剣にも多少の装飾が施されている。百人隊長の地位ではないはずだ。


「そう警戒しなくても良い。私は5千人隊長だ。1名の兵士が敵の総大将を見つけたとの報告を受けたので駆けつけた。まあ、あまり多くの兵士を持ってくる必要もなかったな。まさか名も無き兵士が討つとはな。よくやった。君は休んでいろ。」

「槍を手放していい。そしてこっちに来い。」


 後ろから来たのは別の隊の隊長だ。彼は俺の肩に手を入れた。体がうまく動かないが、彼が支えてくれている。


「…、よくやった。お前は別の隊の人間だが、この戦いが短期で終わったのはお前の功績だ。何らかの報奨も出る。よく考えておけよ。」


 よく考えておけよと言ったって何も思い浮かばないほどに疲れている。戦いの中での戦闘というのがここまで疲れるものだとは思っていなかった。しかし、疲れるのは当たり前のことでもある。命のやり取りをしているのだから。それでも何とか死ななかったのは運と槍のおかげである。テントに着くと一気に体に重みが増した。地面に吸いつけられたように体が動かない。


「今日が初陣だったか…。ゆっくりと休んでおけ。食事は持って来させる。疲れが取れたたら、いったん後方支援に回す。」


 そう言って彼は出て行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ