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10話

 行軍して5日目。

 コーリン将軍が地図を見ながら陣地の話をしている。一兵卒の俺には関係のないことである。…だが、ご飯が非常に不味い。携帯食ばかりでは腹が減ってしまう。あまり食いすぎると有事の際に動けなくなるのだが、今は直ぐに戦争が起こるとは思えない。今回は平地の戦ではなく山での戦であるらしい。どこかに動物でもいないかと思ってしまうが、もしいれば、前のほうの兵士が容赦なく狩っていると思う。携帯食もできるだけ消費したくないはずだから、上官も積極的に狩らせるはず。ある意味で元の世界での携帯食には恵まれていたのだな。


 他の5人組に指名されてその隊の元へ行った。1名病気になって軍を離脱したらしい。隊長の話ではこれから向かう山を失うと拠点を作られる上に攻略が難しくなるということである。今はその山を占拠されているが、まだ奪還が可能ならしい。反対にしっかりと守ることができれば相手の侵攻を抑えることができるということでもある。そもそもこの国の名前は?誰も教えてくれないのだけど。ある意味、情報統制が徹底されているのだろうが。事件も起こしているから信用されていないのかもしれないな。


 行軍中で意外だったのはトイレのことである。大きい方に関してはちゃんと整備されているし、ルールもある。そのままにしておくと様々な病原菌が湧くらしい。数年前に大きな戦があった時の大半が病死したと…。恐ろしいな。戦場で3割の兵士が死ねばその隊は瓦解すると言われているが、戦争で死ぬ人間よりも病死や餓死の死者数が多いのは怖い。第1次世界大戦もインフルエンザの発症で終わったともいわれているし。そういう意味でも気をつけないといけないな。


 落ち着けば、兵士たちも罠造りを手伝わされた。この罠造りが思ったよりも重労働である。ゲームとかではぽちっとできるし、兵糧やお金を消費するだけだが、実際に行ってみるとしんどい。土を掘るだけで兵士が5人ほどはいるのだから、もっと大きな罠を作ろうとするなら大変な人出だろうな。しかし、周りの兵士はやたら周りの兵士を見ているが大丈夫なのか…。作業に集中していない。どうして周りばかりを見ているのだろうか。


 夜になり、4人の仲間が帰ってこないことに気が付いた。体を拭いてくるといったはずだが。とりあえず、槍を持っていくか…。槍を持ちながら徘徊していると周りの兵士に驚かれるが、事情を説明すると納得する。…、兵士って案外治安が良くないのか。少し外れたところに4人組を発見した。周りの兵士は知らないと言っていたから、隠れて行動していたのだろう。俺たちが所属している軍の規模が5千と言っていたが、それでも気づかれないように行動するのは一種の才能だ。多すぎるとかえってわからないのかな。しかし、どこへ行ったのか。何か物音が聞こえた。4人が集まってどこかへ移動しようとしている。


「どうして、ここが…。かなり慎重に動いたはずだが…。」

「どうする、リーダー?ばれては…。」

「ワカトシと言ったね。正直に言えば君は一緒に来てほしい。能力も才能もある。この国は閉鎖的でなかなか出世できない。私たちと来れば出世の機会に恵まれるだろう。ここで君を殺したくはない。」


 4人は俺を見て驚いていた。気が付くと思っていなかったのか?普通は気が付くと思うのだが。兵士たちは俺の方を見ながら話し合っていた。出来れば早く戻ってもらいたいのだが、不味くても飯が待っているし。彼らはどうやら俺を誘っているらしい。この話を聞くにこの4人は密偵か…。たまたまとはいえ、4人ともに同じ組に入るとは運がいいのか悪いのか。密偵についていって良いことがないことくらい俺にでもわかる。ついていっても殺されるか、もしくは少なくとも数年は差別される。


 こういっては何だが前の世界では日陰でも生活できた。我慢すればそれなりのお金をもらえる。そして、人が多すぎて自分がやりたいような職種に就くことができる人は僅かだ。だけど、みんなが我慢しているのはお金をもらえればある程度生活できるから。しかし、この世界ではなんとなく生活するのは難しいと思う。お金を使っているところもまだ見たことがないし。俺はリーダーと呼ばれた男に横へ首を振る。彼らはすぐに刃物を出してくる。ナイフか。…俺の槍の方のリーチが長い。しかし、密偵であれば彼らはかなりの手練れだ。


 流石に4対1で勝てるわけがない。俺が背を向けてすぐに逃げる。彼らは焦って追ってくる足音が聞こえる。…、どうしてだろうか?彼らは別にばれても問題ないのではないだろう。それよりも本国へ報告するのが大切と思うのだが。…、森のほうから火の手が上がった。すでに4人のことはばれているのだろう。そういうことか。俺を殺せばまだ弁解の余地があるだろう。口裏を合わせるのは簡単なこと。俺は立ち止まって彼らを見た。そこまでして生きるのは本国のためか、それとも自分のためか…。彼らの目には必死な表情しか見えない。しかし、その目はあくまでも任務のような覚悟を持った目ではない。


「逃げるのをやめてくれたか…。おとなしく…。」


 俺は朱槍を構える。かなり気分が高揚している。この高揚感は何だろうか。怒りか、正義感か。槍も妙に手に馴染んでいる。人間というのは大したことない。たかが、裏切られたかもということでここまでも理性を失うかもしれないのだから。彼らは俺の様子を見てばらけた。そして、半円に4人が分かれている。同時にナイフを投げられれば全てを避けることは難しい。後ろから急に蹄の音が聞こえた。瞬時に2名の首を飛んでいく。その様子をただ見ることしかできなかった。他の2人も他の歩兵に串刺しにされる。


「貴君は非常に不運な人間だな。」


 俺に座学を指導してくれた上官が俺の肩を叩いた。あとは任せろということだろうか。彼は俺にシッシッと手を払った。少し歩くと俺は地面に向かって吐いた。後ろから他の兵士が背中をさすってくれた。俺は何度も吐きながら何も考えられなかった。


「人の死を見るのは初めてか?」


 黙って頷く。


「こればかりは慣れるしかない。」


 本当に慣れるのだろうか。人が死んでいるのを見るだけでこのようになっているのに。これから人殺しを行っていくわけで、戦場で俺がどうにかなってしまうという感情が蠢いている。恐れか、それとも単純に人を殺したくないという感情か。どちらにしても克服しなければ死ぬだけか…。結局、そのあとも吐き続けて気が付いたら、朝になっていた。


 顔を簡単に拭いて人混みのほうに行くと晒し首があった。あの4人である。やはり密偵というのはこのような運命になるのか。あの場ではやはりついていかないのが正解だったな。そもそも、別にこの国を嫌っているというわけではなく、純粋にこの国ことを何も知らないし、別の国のことなんかもっと知らないのだ。


 感傷に浸るような間柄ではなかったが、仲間が殺されるとそれなりに心に負担がのしかかるものだ。少し重い気持ちで朱槍をふるう。…、槍が少し拒絶しているような感触があるが、気のせいか…。そのまま無心で槍を振り続けた。


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