6話
牢屋を出るのには5日ほどかかった。体を鍛えて5日ほど経ったが、体にあまり変化はない。通常、筋トレを始めてから2カ月ほどで体が出てくるというのを聞いたことがある。効果を確かめるのには早いすぎるのだが、どうしても効果を確かめたいと思うのは人間の性なのだろうか。どうしても戦場が近くに迫っているということで焦っているのかもしれない。焦っても良いことはない。兵士が鍵を持ってこちらに近づいてくる。
「…、感心だ。牢屋で体を鍛えるような人はいないからな。あんたは根が真面目なのだろうな。そのような人がどうして墓地にいたのかわからないが…。」
兵士は心底不思議そうな顔をしているが、こちらとして変わったことをしている印象はない。これから兵士になるということであれば、体を鍛えるのは当然だし、むしろ、ちゃんと体を鍛えるべきだと思う。給料をもらっている以上は働くことが重要である。できれば武器があれば一番良かった。重さを確かめたいと思っていたのだ。
「これからは兵士と生きることになるのだよな?」
「はい。」
「気をつけてな。今は犯罪者かもしれないが、俺はあんたのことを応援しているぜ。」
俺は一礼して牢屋を出ていく。不思議とその牢屋が冷たい印象を感じなかった。…、外へ出ると陽が眩しい。少しずつ周りが見えていく。いろいろな兵士が動いているのが見えている。これから戦争…、というわけではなさそうだ。談笑している兵士もいるためまだそこまで緊迫しているわけではないようだ。俺はそのまま兵士の間を縫って歩く。そこにはケヴィンと名乗った男が立っている。誰かと話をしているようだ。
「来たか。とりあえず、ここに座れ。」
他の兵士が机と椅子を用意する。兵士になるが、机と椅子を用意されるような立場ではないと思うのだが。彼はそのまま俺を椅子へ促す。彼は淡々と話を続けていく。兵士になって最初は死なないことを教えられるらしい。どんな兵士だって初陣では一番致死率が高い。だからこそ、そのように教えられるのだろうが、俺にはその話は通用しない。戦果を挙げる必要があるので死なないという話ではだめである。死刑になることもありうるのだから。
ただ、一番槍だけは避けたい。戦果が一番見込まれる役割だが、死ぬ可能性が一番高い。死亡率が高いのは当たり前だ。敵が構えているところに向かっていくのだから。その防御を掻い潜っていくのだから、死ぬ可能性は当然高い。
「当然だが、これはあくまでも心構えだぞ。上司の言うことは絶対だからな。変なことなどするなよ。それだけ軍律違反になる。」
変なことをしないように釘を刺される。まあ、変なことをするかもしれない。兵士になること自体が初めてなのだから、自分が悪いと思っていなくても悪いことがある。できるだけわかっていなくてはいけないか…。難しいものだ。他の兵士たちも訓練や準備するように言われているはずだが、俺のほうをちらちらと見ていることがわかる。俺は周りの兵士を見ると兵士たちは一斉に目を背ける。不思議なものだ。ケヴィンはその様子に気が付いたらしい。
「ここじゃなんだな。詰所を案内する。指揮官も紹介するからな。態度をよくしろよ。」
ケヴィンはそのまま椅子を立ってどこかへ向かっていく。慌てて後ろをついていく。いろいろな人が俺のほうを見ていく。特に体の大きな男が目に付いた。何だろうか。普通の興味とは違う気がする。歩いていくが、ケヴィンはかなり遠くまで歩いていく。この居城の中にはなく、別の場所に立っている。小さい建物だが、周りには多くのテントが立っており、兵士がたくさんいるのがわかる。体つきからして精強そうな兵士である。彼らはケヴィンさんのほうを見て一礼している。そして、俺のほうを見ていない。興味がないというか、触れてはいけないというのがわかっているのだろう。
ケヴィンは近くにいる兵士に話かける。
「コーリン将軍はいらっしゃるか?」
「はい。呼んできます。」
「それには及ばん。案内してくれ。」
「いえ、ここでお待ちください。」
兵士は急いでどこかへ走っていく。ケヴィンは思ったよりも地位が高い。兵士の様子を見ていればよくわかる。ただ、周りの人間はケヴィンを警戒している。同じ軍だろうと思うのだが、どうして警戒しているのだろうか。味方の裏切りを警戒しているのだろうか。意味がないような気がする。それほどまでに緊張感があるということなのだろうか。味方同士が争っているかそういうものか。
兵士の話を聞く限りは将軍がいるらしい。ケヴィンよりも地位が上、もしくは年が上なのか。しかし、あの話し方を見る限りは歴戦の将軍という印象が強い。ケヴィンについてもおじさんとともにいたくらいなのでそれなりの地位にいるだろうか。
「おう、来たかの。祖奴が殿下の?」
「ええ。しかし、コーリン将軍、裸というのは…。」
「ほう、ケヴィン将軍なら儂を倒せると?」
「いえ、滅相ありません。勝てるかどうかではなく将軍と正面で戦いたくはありませんね。」
「正直なものよの。さてと、ケヴィンは外してくれ。彼は儂預かりとなるからの。」
「はい。よろしくお願いいたします。」
「おう。」
上半身裸になっているコーリン将軍というのは体がかなり大きい。俺よりも一回り大きく感じる。背丈に関しては同じくらいだろう。しかし、胸板などの筋肉がまるで違う。そして、たくさんあるのが傷である。歴戦の戦士とも言えるようなたくさんの傷がついている。戦場では傷の治療が満足にできないことも多いため、傷が残りやすいとも言われている。彼はそれだけ多くの戦場に出たのだろう。
隣の兵士も俺のほうを見ながらすでに威圧しているような気がしている。ただ、威圧の中に敵対しているような感じが気になる。敵同士ではないのに。戦時中とはいえ、やはり異常だ。コーリン将軍はその兵士を睨む。
「おい、殺気を収めろ。」
「しかし、」
「あのひょろい男に負けるような男なのかお前は?」
「いえ。」
彼はその後、威圧が少し収まった。コーリン将軍はそのまま話を続ける。どうやら、俺はどこかに配属されるらしいが、どこへ行くか決まっていないのだそうだ。どうしても今の段階では特性がわからないためにどこへの配属かわからないらしい。まずは訓練ということか。
「じゃあ、行くぞい。」
コーリン将軍に呼ばれて歩いていく。返事をしないということで怒られた。どの世界でも大事なことである。しかし、どの兵士もかなり強そうだ。訓練の様子が実戦に近いような気がしている。他の兵士たちも俺のほうには目もくれない。そういう風に訓練されているのだろうな。目の前のことに集中できるように。
軍では規律が大事なのはよくわかっているつもりだ。戦争の際には多くの死者が出るが、生きている兵士も多くいる。捕虜になった兵に何かすれば戦争が長引く原因になりうる。そのような時に縛るのが規律である。その規律を守らせるには普段の教育が大事である。将軍は歩きながら周りの兵士を見ている。訓練の様子を見ながら頷いている。良い感じなのだろうか。
「ほれ。」
将軍が一本の槍を持ってくる。持たされたのは穂先が赤い槍である。年季があるのか柄の部分は何回も補修されている。しかし、頑丈にするため柄の周りは鉄でできている。持った時に少し暖かい感じがした。周りの兵士たちが少しざわついているのが気になる。この槍に何かあるのだろうか。…、この手に触れたときの暖かさは何かな。悪いものでないことはなんとなくわかる。
「どうじゃ?その槍は。」
「はい。少し暖かいですね。」
「そうかの?」
将軍はその言葉を聞いて少し考えている。何かあるのだろうか。…、将軍は渡された槍を見ながら別の兵士のほうへ歩いて行った。すごく気になる。なんか大きな兵士と話をしているな。その兵士が俺のほうへ歩いてくる。
「お前か…。名前は?」
「若利。」
「ふむ、ワカトシか。私はオルタだ。」
「頼むぞ。」
「はい、将軍。」
「じゃあ、試合をしてみるぞ。」
将軍は距離を取って別のところに立っている。オルタは木の剣を構えている。他の兵士に木の剣を持たされた。…いきなり試合とか勘弁してもらいたいが、その木の剣を受け取って歩いたら他の感情が抜けきった。目の前にいるオルタのみである。緊張のせいか…、集中力がかなり増しているような気がしている。オルタが回している剣の軌道が良く見えている。軌道の線が見えている。
オルタの剣は目の前を通り過ぎる。軌道が見えている剣は避けやすい。どの剣も基本に忠実なのか同じ軌道を描いている。どこから出ようとも角度を変えても同じ軌道を通っているから簡単に避けることができる。見えている軌道がはっきりと見えている。剣でオルタを切りつける。オルタはそのまま体に当たる。
オルタは剣を受けて後ろに倒れた。当たった場所は肩であったが、手に衝撃がある。…これが人を殺すような感覚か。今回は木の剣であるが、鉄の剣であれば彼は肩を貫いている。意識的に心臓を外したのかもしれない。わずかに手の震えがある。日本の中ではほとんど認識されていない死の鼓動を感じてしまっている。少し肩を抑えてオルタが俺に対して頭を下げた時には後ろにコーリン将軍がいる。
「ふむ、オルタ。大丈夫かの?」
「はい。」
「下がっておれ。どれ、儂がやろうか。」
…マジで?




