1話
お待たせしました。
随分と時間が空きましたが、よろしくお願いいたします。
更新の頻度はわかりませんが、
目指すところは書籍化になりますので、
時間がかかると思います。
これからよろしくお願いします。
「この話も面白かったな…。ただ、作者は2年以上更新していないのか。」
今回読んだライトノベルは主人公が別世界に転移し、剣1つで立身出世する話。そのライトノベルを読みながら自分が無双する話を妄想している。頭の中で夢が広がる。異世界に行って無双するのも面白いし、料理を作ってみんなに振舞うのもよいな。しかし、どの作品も異世界が今のいる世界より劣っていることが前提になっている。反対に異世界の技術が進んでいるということもあり得るだろうに。この話がご都合主義だとしても異世界に行ってみたいという気持ちはずっとある。ただ、妄想に浸ってばかりおらず部屋の中に現実を直視する必要がある。
「うーん、そんなに使った覚えはないのだけど…。」
机の上にあるのは通帳である。印字されている通帳残高は200。つまり、残高が200円。今まで同じように生活しただけ。俺にとっては漫画やライトノベルは人生の趣味であるため、全て禁止するのはストレスになる。しかし、今月は好きなライトノベルや漫画の発売日が重なってしまったこともあり、10万のほどの大金が飛んでいった。Amazon kindleなどの定額制サイトでも見ているけど、なかなか良品と出会えることも少ない。やっぱり、その時に読みたい本を読んでいくのが面白い。
「…もう10時か。」
この時間になると眠くなってくるが、酒を少し入れると覚醒する。コンビニに酒を買いに行った。ビールを喉に流し込みながらライトノベルを開く。そう言いながらも11時くらいには明日の仕事を考えている。仕事のことを考えながらだともうつまんないし、集中できない。ライトノベルを閉じる。体温で温まるアイマスクをつけて横になる。仮眠をとってもう少し読むことにしよう。
ふとエアコンが稼働していることに気が付いた。室内の気温が上がりすぎてパジャマが汗で濡れている。
「…はっ、寝ていた。」
どうやら、仮眠をとるつもりがそのまま寝ていたらしい。喉の奥が渇いており、相当な違和感がある。暑いということもあるが、エアコンをつけたまま寝たせいで、喉の奥が乾燥している。時間はいつも通りの起床時間だ。シャワーを浴びながらうがいをする。シャワーの熱で徐々に体が温まって体が弛緩していく。バスタオルで体を拭きながら、テレビを点ける。今日の占いで俺の星座は悪い運勢のようだ。
「油断しないように気を付けようって、なかなか難しいことを言う。」
お茶を飲みながらスーツに着替える。…。あんまりよいニュースがないな。戦争のニュースと事故のニュース、そしてインフルエンザのニュース。もう少しよいニュースはないのだろうか。良いニュースばかりだとかえって怖いか。
「あ、あのアーティスト新曲出すんだ。今日の夜にでも聞こう。」
スマホを見る。ネットの住人は投稿していないな。最近、よく遊んでいたけど、あまり遊ばなくなった。いろんな人が退会していったし。どうしてもSNSには流行り廃りがあるから仕方ないことだけど、少し寂しい。時間を見ればあっという間に10分経っていた。スーツに羽織り、部屋を出る。
リュックを背負って人混みの中を駅まで走る。腕にしている時計を見る。初任給で買った高い時計。その時計は電車の出発まで10分前を指している。頑張れば間に合う。少し汗ばみながら、ICOCAを改札でかざし、急いで電車に乗る。
「間に合った…。」
隣の女子高生が少し笑っている。…、笑われないように気を付けなければ。イヤホンを耳にさし、radikoを起動させる。多くの乗客がいる中でそのままいつものように立ったまま目を瞑った。このラジオが1時間番組。CMを送ればちょうどよい時間帯になる。パーソナリティーの心地よい声が眠りを誘う。
そよ風が気持ちいい。目を開けてみると暗がりで寝そべっていた。体を起こして立つとそこは少しだけ陽が入る森の中である。周りは薄暗い。見てもどこが出口かわからないような森の中。電車に乗っているので夢の中か。屈んで地面に手を当てる。土の感触がやけにしっかりとしているな。木の表面もしっかりと感触が…、こんなに現実と思えるような夢は久しぶりだな。試しに土を手に取ってみる。
「感触が本物のようだ。夢にしてはよくできている。」
こげ茶色の土はよく水を含んでいる。革のリュックに付いた土を払い、イヤホンを収めた。スマホを見れば圏外となっている。森だから圏外になっているのだろうか。匂いを嗅ぐ。土の少し湿った良い匂いが鼻を抜けていく。本物にしか思えないほどの匂いである。電車の中で誰かが鉢入りの花でも持ってきていたのだろうか。
「夢だから、いろいろあるか…。」
無理やり自分を納得させてそのまま森の中を歩く。少し歩いただけで暑くなる。今は冬のはずだけど。ジャケットを脱ぐ。シャツが少しだけ汗ばんでいる。片手にジャケットを持ちながら引き続き歩いていく。夢の中だから、季節も逆転しているのか。それとも寝ている電車内の温度設定が高いのか。しかし、何か森の雰囲気が少し違うような…。気のせいか。目の前に大きなサイが見える。運がよく、サイはこちらを向いていない。大きいと言っても人間の背丈の2分の1ほどのサイ…。奥行きはかなり大きい。このままこちらを…、サイと目が合う。サイは草食系の動物だし、確か何か刺激を与えない限りは襲ってこないはず。しかし、体の色は黄色だったかな。それに口の上には2つの角が生えている。刺激しないように通り過ぎよう。
後ろから大きな足音が聞こえる。振り返ってみるとサイが俺の方へ向かってきている。無我夢中で前を向いて走る。サイは体重が重たいせいか、俺が思ったほどのスピードはない。しかし、現代の日本で培われた体力などはたかが知れている。体力があるうちに距離を取っておかなくては。っていうか何を考えているのだろうか。ここは夢の中で何も関係ない。明日からはまたライトノベルを読む毎日が続く。とはいえ怖いから汗をかきながら走る。
「はあ、はあ、はあ、」
最近、めっきり走らなくなった体は思ったよりも早く限界が来た。足は痙攣している。特にふくらはぎが痛い。大きな木の下で座り込んだ。幸いにしてサイは俺の行方を追っているが、おそらく見失っているはずだ。汗が大量に出ている。動物は匂いに敏感なため、俺の汗の匂いをごまかすのは難しい。物音を立てれば見つかるだろう。普段はデスクワークのためハンカチくらいしか持っていない。額の汗をシャツの袖で拭い、リュックの中を少し探す。仕事のもの以外は何もない。唯一使えそうなものと言えば懐中電灯くらいか。目くらましとして使用すればサイが驚くかもしれない。しかし、この夢は長いな。こんなに怖い思いをすればすぐに覚醒するはずだ。
「現実なんてことはないよな?」
背中に先ほどのとは違う冷たい汗が伝う。もしかして、現実なのでは…。いや、そんなことはないはずだ。先ほどまで電車に乗っていたのだから。俗に言う異世界転移の場合には予兆がある。雲のような場所に出るとか、光に包まれるとか…。電車で寝ていて、そのままというのは聞いたことがない。
「そもそも異世界に居たということも聞いたことがないか…。」
何か物音がする。大汗をかいている俺を探し当てたのか。接近されると気付かれる。手が震えている。大きなサイに追われれば怖いに決まっている。しかし、緊張は匂いの敵だ。体から別種の匂いがするようになる。木の陰から動くとサイと目が合う。サイは俺の方へ回ってきた。…、虫が良すぎたか。この後、逃げきれる可能性は低いと感じている。すでにこの疲れている足ではサイを振り切れない。右手に持っている懐中電灯を握り締める。スイッチを押す。サイが走ってきたところに懐中電灯を投げて、必死にサイの体当たりを避ける。砂煙が起こってよく見えない。しかし、懐中電灯に驚いたのか、少し体当たりの方向が逸れた。その場に尻餅をつく。
サイは混乱しているのか、その場をうろうろしている。懐中電灯を直視したので、視力が戻っていないのだろう。今のうちに動こうとして足が痛む。足を触ると何かに触れる。手を見ていた。パンツからうっすら血が滴っている。痛みがある。確定した。ここは過去の世界かもしくは異世界だろう。そうでなければ、すでに痛みで目覚めているはずだ。ただ、木の雰囲気が日本ではないような気がしている。
「本当に異世界に来てしまった…。」
その言葉を発した時にサイがこちらを向いた。しまった。隙が…。その瞬間にサイの大きな声がし、サイの体が傾いて倒れていく。
「ふー。助かった…。しかし、何が…。」
サイの首には弓矢と剣が刺さっている。後ろを振り返るとそこには皮の防備を着た男と女が立っている。彼らの足元に首筋に剣と弓矢が刺さっているサイがいた。ピクリとも動かないから絶命したのだろう。同時に俺の首へ剣が当てられている。彼は動揺することなく俺を見ている。その剣はサイを倒した剣と同じである。よほどよく切れるのだろうか、わずかな陽に反射してすごく光っている。
「貴様はここで一体何をしている?」
男性の剣士が俺に話しかける。剣呑な雰囲気を出している。もし、異世界転移の話をしても伝わるのだろうか。そもそもそのような文化がここにあるのか…。何もわかっていない状態での会話は危険が伴う。もう1人の女性も俺のほうを見て観察している。…、一体、何を観察しているのだろうか。彼のほうをもう一度見たが、剣を上げたままである。このままでは殺される…。何とかしないと…。
この2人に出会ったことで異世界の国々の戦争に飲まれていくことになる。