逆恨み
私はどちらかと言うと、正義感が強い男である。
妻は、
「余計な事に口を挟み過ぎ。もう若くないのだから、揉め事には気をつけて」
などと妙な心配をする始末。
しかし、正義感が強い事の何が悪いのだろう。
悪い事は悪い。
そう主張しない人が多過ぎる。
だから愚かな連中が付け上がるのだ。
ある日の夜。
家に向かう途中、駅のホームで若い女性に絡む酔っ払いの男を見た。
周囲の人達は傍観しており、助けようともしない。
私は酔っ払いにも周囲の傍観者達にも腹が立ち、その場に近づいた。
「やめないか。お嬢さんが嫌がってるじゃないか」
大声で言った。すると酔っ払いは私をギロリと睨み、
「何だ、ジジイ。関係ねえだろ。向こう行ってろ」
「関係ないとは何だ!」
私はさらに一喝し、尚も女性に絡もうとする酔っ払いの肩を掴んで引き離した。
「このヤロウ!」
酔っ払いは私に飛び掛って来た。
「何をする!」
酔っ払いの強襲をあっさりと交わし、右腕をねじ上げた。
「いてて!」
「もう行きなさい。今日の事はこの場限りで忘れるから。二度とこんな事をするんじゃないよ」
酔っ払いは私の助言を聞いていたのかどうかわからないが、その場から逃げ去った。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
私は蒼ざめた顔の女性に声をかけた。
「は、はい。ありがとうございました」
女性は頭を深々と下げると、サッとその場から立ち去ってしまった。
私は苦笑いをして、家路についた。
私の家は住宅地の端。駅からだと一番遠いところにある。
途中、公園や交番があるが、そこを過ぎると少々寂しい通りになる。
それほど遅い時間ではないのだが、古くから住んでいる高齢者が多いため、人通りは全くと言っていいほどない。
「?」
私は、その辺りまで来て、私の歩調に合わせて誰かが後をつけて来ているような気がした。
立ち止まって振り返ってみる。
誰もいない。
気のせいだ。こんな風に感じるなんて、意外に気が小さいのかな、と思いながら、再び歩き出した。
「!」
どうやら気のせいではない。
誰かがついて来ている。
「誰だ?」
私は振り返って怒鳴った。
しかし、何の応答もない。
「出て来い。先程の君か。文句があるなら、顔を見せたまえ!」
私は周囲を見回した。
「む?」
その時、いきなり脇道から何者かが飛び出した。
「う!」
その何者かは長い棒のようなものを持っており、私を殴りつけた。
「ぐあ!」
私は防御する間もなくこの一撃を後頭部に食らい、地面に倒れた。
「卑怯な・・・」
私は襲撃者の方を見て呟いた。そしてその正体に言葉を失った。
そこにいたのは、あの酔っ払いではなく、若い女性だったのだ。
「何故?」
私の疑問に女性は険しい形相で怒鳴り散らした。
「何故だと!? あんたのせいで、あの親父の財布を盗み損ねたんだよ、ジジイ! 余計な事しやがって!」
女性は続けざまに私を棒で殴った。
私は遠のく意識の中で、人を見る目がない自分を罵った。