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鬼の啼く夜に  作者: 南部忠相
2/2

名前

 渾身の一撃、女は避けるでもなく肩で受けてみせた。

「こんなものだ、人間の力なぞ。技も膂力も無いガキなら尚更だ」

 女の体がすこし動いたかと思った瞬間、上も下もわからなくなり張り付く冷たさで川までぶっ飛ばされたことにようやく気付いた。遅れて襲ってきた腹の鈍痛で殴られたのだとようやく理解した。


「だが、お前の鬼忌ききの力を呼び覚まし、技を磨けばあのくそったれな赤鬼の首に必ず届く。私と来い」

 女が何か言っているが揺れる視界と水音で理解できない。立ち上がろうともがいてみるが、四肢が全くいうことをきかない。なんとか水中から外を見たような視界で女を見る。ゆっくりと近寄ってきていることだけはわかる。


「私はキウ、お前は?」

 ようやくまともになってきた耳に女の名が聞こえてきた。勝てない。相討ちすらできない。悔しくて悲しくて勝手に涙がこぼれる。せめて爺様のように立派に死のうと思うのだが、この期に及んで歯の根が合わない。俺を見て女が溜息をついてこういった。


「言ったろう? ともにあの鬼をぶち殺すと! 私は、お前を、殺さない」

 女は動けないでいる俺の頭を抱いて諭すように言った。鬼は温かく、爺様を思い出す。人生で二人目のぬくもりは鬼からだった。さっきまで殺そうとしていた相手に抱かれて爺様を思い出すなど都合が良すぎると頭が解っているのに涙が止まらない。

「・・・無い」

「無い?」

「俺に名前は無い」


 少し考えたキウが美しい瞳で俺をのぞき込み言った。


「・・・ならその美しい瞳の色で良いな、翠スイ行くぞ」

 キウにそう呼ばれた瞬間俺の目ははっきりと世界を捉えた。ぼんやりとしか見えなかったキウの角はその光沢まではっきりと映り、昼間と同じように景色が明るく開けてゆく。今まで寝ぼけていたのかと言う程体は軽く、皮膚は風の動きすら鋭敏に感じ取った。山百合のようなキウの匂いも鼻をくすぐる。

「待ってキウ、目が、体がおかしい」


 キウは両の手で俺の頬を押さえ、ぐいっと顔を近づけて目をのぞき込むとこう言った。

「お前…本当に誰にも名を呼ばれなかったのか… 私が付けた名がお前の魂を常夜から引っ張り出した。喜べ、お前は初めてこの世界に産まれた。体がおかしいのじゃあない、それが本当のお前だ。翠の持つべき力だ。祝福しよう翠、お前は今ここで産まれた!」

「生きていいのか? 俺は、生きていて・・・」


キウは再び俺を抱くと優しく涼やかな声で言った。

「私は翠の過去までは知らない。だが、これからを知ろう。ともに来てくれるな?」

 俺はたまらずキウを抱きしめた。涙が止まらない。俺は爺様とキウの二人に生かされた。俺はこの三人で旅に出る。

「あり、がとう…ありがとう、もう、もう、これ、からは、泣かないから……一緒に、一緒に!」

 静かに笑うキウは月のように美しかった。


「よし、とにかくあの鬼から離れねばな。まだ勝てん。それに満月も避けなければあいつに見つかる。さぁ翠、まずは黒森山へ向かうぞ あそこは不浄の鬼は入れない」

 キウの言葉はわからない事ばかりだが、もう疑う事はない。俺は迷わずキウの後を追う事にした。


いった痛いえぇー痛い!なにこの痛い!ガキ!なんでぇ?痛い!痛えぇー…… えー?なんで切りかかるの?おかしいでしょ!?まさかあれ!?鬼はみんな同じだって思ってんの?ガキ!

でもよく耐えた私、私すごい!切られたのなんて50年ぶりくらいでしょ!?やっぱりすごい私!これ痛がってたら絶対調子乗ったでしょ!?

一瞬まじで消えたしなんなのこのガキ!ようやく治ってきたしナニコレ、えぇー?鬼忌じゃなきゃぶち殺してたしまじで!

いや、でも鬼忌なんて絶対見つからないと思ってたし神は私を見放してない!よしよし!こいつ早く手懐けてあのクソぶち殺してさっさと帰んなきゃ!

いやーでも痛かったー・・・普通こんな美女に切りかかる?ありえないわー でもあいつぶち殺すまでの付き合いだし我慢だ我慢!


ていうかこいつさっきからぶるってるけど…あっ・・・ていうか殺されると思って怯えてたのかー?

そういやこのガキ大分小さい、赤ん坊か?

人間の歳なんて見てもわからないし乳飲み子だったら面倒だな。でも手間をかければ犬猫も懐くんだから人間ならもう完璧だな!ここは慈愛?を見せつけてきっかけを与えてやるべきだな!あ、そらそら食いついた!強張りも抜けてもう懐いたか?

やっぱり私すごいな……

乳飲み子を虜にするこの美貌!これはもうあのクソに勝ったも同然だな!


しかし、これは、なんとも……いいな。

名前を付けたせいか、こう、愛着というのか?

このガキは私がいなければきっと死ぬしかない。名付けをしたしやはり生きて貰わないと困るな、鬼忌だしな。

しかしこう、撫でるのはなんとも良いなー。さっきまでの恐怖と憎しみの目じゃない、こう……こりゃあもう私に惚れてるなこいつ! 

懐くとか通り越してこりゃ女として見られてるなこりゃあ!

やっべぇなこりゃ!だけど私はあの鬼をさっさと始末して帰らなきゃならんのさ翠よ!


にしてもこれは求婚だろ。こんな号泣しながら一緒にって……確実に求婚だな。

やっぱり私の美貌が翠を狂わせたか、罪な女だ私は。まぁ、人間の寿命なんて瞬き程度の時間だし、しょうがない付き合ってやるか。

やっぱり名付けて生かしたってこともあるからね。最後まで面倒見るのは飼い主として当然のこと……

やっぱり私は愛溢るる最も神に近い鬼だ!




キウさんはチョロインです。

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