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四章・夕暮れ時の疾走(1)

 凶行は突然始まった。

「さて……」

 雨音(あまね)が再び刀を抜く。その刀身の輝きに他の四人が身を竦めた瞬間、彼女は鋭い切っ先を子供達へ向けた。

「申し訳ありませんが、誰か一人、一本だけでいいので角を下さい」

「なっ……」

 予想外の行動に言葉を失う雨楽(うがく)。だが雨音は、そんな彼に構わず近付いて行き、二人の少年のうち片方の角へ刃を当てる。カンカンと音を鳴らし、言葉が通じない相手に目的を示した。

 まさか、この子達を助けたのは角を取るため?

「なんで……そんな、こと……」

「必要だからです。何度もこの世界へ来て調べました。彼等の角は万病に効く妙薬として高値で取引されているんですよ。削って飲んだ人が快方に向かう姿も実際に見ています」

 何度も? その部分に引っかかりを覚えたが、今はそれどころじゃない。雨楽は精一杯勇気を振り絞って訴えかける。

「だ、駄目だよ、そんなの。せめて刀は下ろして。おど、脅して奪うなんて、ひどい」

「わかってます。でも、しかたないでしょう。彼等にとって角を折られることは死ぬのに等しい屈辱みたいなんです。頼んだって素直に渡してくれるはずありません。治療に必要な適量だってわからない。サンプルに余裕を持たせるためにも、せめて一本くらいは持ち帰らないと」

「だからって……」

「お父さんが死にそうなんです!!」

「えっ……」

 雨楽の脳裏に、自分の父の顔が浮かぶ。

「私の世界の医学では治せない病気なんです! 原因も治療法もわからないまま人工呼吸器に繋がれてずっと昏睡状態が続いています! 父を助けられる可能性があるなら、私はなんだって試しますよ!!」

 叫んでキッと子供達を睨む彼女。対する少年達も少女を背後に庇い、憎悪に満ちた瞳で雨音を睨み返した。森の中に一触即発の空気が漂う。

 雨楽は逃げ出したかった。こんな問題、自分にどうにかできるわけがない。弱気で足が震える。


 でも、あの少女がこちらを見つめていた。助けを求めるように。

 檻の中で背中をさすってくれた時の、小さな手の平の感触を思い出す。


「──っ!!」

 気が付けば、雨音と子供達の間に割り込み、両腕を広げていた。

 雨音は苛立ちながら刃を揺らす。

「どいてください」

「やだ」

「一緒に斬りますよ?」

「やだ」

「やだやだやだやだって駄々っ子ですか。見たところ私より年上でしょう? 聞き分けてください」

 鋭く尖った先端を胸に押し当てられる。チクリと肌に刺さる感触。痛い、怖い。

 だからって言うことは聞けない。こんなのは絶対に間違っている。

「やだ!!」

 三度言い返すと雨音の顔から表情が消えた。目の前の相手をただの“障害”として認識し直したのだ。酷薄な眼差しで腕に力を込め、刀身からは風が生じ──

「!? 伏せて!!」

 次の瞬間、彼女は雨楽を押し退けて刀を振るった。子供達の頭上を横に無いだ刀身から突風が放たれ、飛来した無数の矢を押し返し失速させる。

 風をすり抜けた矢が一本だけ、押されて転んだ雨楽の眼前に突き立つ。

「ひっ!?」

 慌てて立ち上がって振り返ると木々の向こうに無数のトカゲ人間が立っていた。弓矢を手に、再びこちらへ狙いを定めている。

「クソッ、もう見つかるなんて!!」

「に、に、にげ……」

「あんな連中、また蹴散らしてやりますよ!」

 風を放とうとする雨音。ところが下草をかき分け迫って来た何かが、そんな彼女に下方から襲いかかる。

「あぶない!!」

 雨楽が呼び掛けるまでもなく、気配に気付いていた彼女は刀を一閃させ素早い襲撃者を打ち払う。金属同士のぶつかる音が木霊し、敵は地面に落ちた。だが、まだ動く。

「な、なにこれ!?」

「金属の蛇?」

「ウルダ!!」

 子供達の一人が指差した方向を見ると、トカゲ人間達の中に一人だけ体色の異なる者がいた。出で立ちも兵士というより呪術師か何かのよう。

 その奇妙な格好のトカゲ人間が両手を動かすと、さらにもう一匹蛇が現れ、彼の動きに合わせ鎌首をもたげた。なんらかの方法で遠距離から操っているらしい。

(式神みたいなもの? この世界にもいるんですね)

 一筋縄ではいかない相手だと悟り、雨音は叫ぶ。

「逃げて!」

「で、でも君はっ」

「あなた達がいる方が邪魔です!!」

 たしかにその通りだ。納得した雨楽は子供達の肩を押して走り出す。

 ところが蛇達は雨音に目もくれず、彼等の方を追いかけ始めた。

「そっち!?」


 ──万病に効く角。そのせいであの子達の種族は狩られ続け、今や絶滅の危機に瀕しているという。つまり希少で高級な品なのだ。考えてみれば奴隷商が諦めるはずはない。


「くっ!?」

 すぐさま追跡する彼女。なんとか一匹は叩き落とす。しかし二匹目は彼女の攻撃をすり抜け、さらに雨楽達を追いかけた。しかも後ろからまた矢が放たれる。

鳴角(おづの)!!」

 突風で矢を吹き散らす。しかし数が多すぎた。

 しかも敵は狡猾だった。逃げた四人だけを狙っていると見せかけ、数人は雨音に狙いを定めていたのだ。意識の死角をついて放たれた矢が数本、彼女の背中に当たり──金属音を立てて弾き返される。


「ガギッ!?」


 動揺する兵士達。彼等の視線の先で雨音はゆっくり振り返る。瞳に宿った炎がいっそう激しく燃え上がった。

「よくも……」

 彼女の背後では雨楽が倒れていた。背中に無数の矢を受けて。

 母と同じ顔の青年に、奴らは致命傷を負わせたのだ。

「よくもやったな!!」

 愛刀“嗚角”が妖しげな青い燐光を放つ。すると皮下に隠れていた“鎧”がジワジワと滲み出し全身を覆った。雨楽と瓜二つだった少女は、ものの数秒で全身を硬い装甲に覆われた超人と化す。


 彼女達の世界では、このような者を“星憑(ほしつ)き”と呼ぶ。

 その右手の刃を、さらに灰色の炎が包み込んだ。


「死にたくなかったら、とっとと失せろ!!」





「う……」

「ララ、ウィオテ!! ウィオテ!!」

 引き返してきた少年達が、雨楽の体の下敷きになっている少女を二人がかりで引っ張り出す。

 あの時、背後から矢が飛んで来ることに気付いた彼は、咄嗟に目の前にいた少女に覆い被さったのだ。

 どうせ自分は元の世界で生き返る。それを知っているからこそ出来たこと。

 子供達は、今にも事切れそうな彼を見て涙ぐむ。そんな必要無いのにと伝えてあげたい。それより早く逃げなきゃと。

 けれど言葉は伝わらないから、せめてもと思って笑った。

「行っ……て……」

 だが次の瞬間、下草をかき分けて追跡者が子供達に迫る。

 金属の蛇が飛び出し、少女に向かって襲いかかった。

 それを、突然振り下ろされた斧が叩き落とし、さらに何度も打ち据えて両断する。

 振り返った子供達の目が輝く。

「ライロロッカ!?」

「アダ!!」

 突然現れた大男が彼らを抱え上げ、喜んだ。他にも何人もの大人がいて、その全員の頭に角が生えている。多分この子達の仲間。

 よかった。心の底からそう思った瞬間、目の前の男が戦斧を振り上げる。驚いた子供達は何か叫んだ。やめてと言っているような気がする。

 次の瞬間、頭に強い衝撃を受け意識が飛んだ。

 最期に少女の泣き声が聴こえた。




「……」

 目を覚ますとベッドの上。向こうの世界で無くしたリュックもこちらでは両腕で抱えたまま。頭にも背中にも傷一つ無い。

 戻って来たんだと理解して、最後のあれはどうしてなのかと考える。少女を助けた男に殺されたことだ。

 雨音が言っていた。彼等の角は万病に効く薬だと。なら、彼等は角を狙った他の種族にいつも狙われているのではないか? だから自分のこともそんな狩人の一人だと誤解してトドメを刺したのかもしれない。


 やるせない気持ちになった。


 見返りが欲しかったわけじゃない。でも、せめてわかり合いたかった。誤解されたまま終わってしまったことが哀しい。あの少女にも辛い想いをさせたかもしれない。

 人と人がわかり合うのは、本当に難しいことなのだと痛感させられた。

(もう一人の自分とだって、結局理解し合えなかった)

 雨音は無事だろうか? あんなに強いのだから大丈夫だと信じたい。でも、トカゲ人間だけでなく有角人種まで敵になってしまったら……そんな嫌な想像が脳裏をよぎる。彼女は明確に子供達に敵視されていた。

(あっ、けどアバターなら)

 仮に死んでしまっても元の世界で目覚めるだけ。その事実に気が付いてようやくホッとする。

 そこへ──

『おかえりなさいませ、雨楽様』

「た、ただいまです」

 顔を上げると、異世界では一度も現れなかったレインが出現していた。彼女なら雨音の安否もわかるかもしれない。

「あ、あの、僕、向こうの世界で別の自分と出会って」

鏡矢(かがみや) 雨音様のことですね』

「あ、はい、そうです」

 やっぱり知っているらしい。それとも、こちらの思考を読んだだけだろうか? 言葉の続きを待つ雨楽に、ところがレインは予想外の回答を返す。

『存在は知っていました。しかし、私達から彼女に接触出来たことはございません』

「え?」

『彼女はネットワークの力で跳躍を行っているわけではないのです。あれはもっと原始的な術式によるもの。自殺志願者でもネットワークの機能を扱う権限保有者でもない彼女に私の姿は見えませんし、声も聴こえません』


 ──待った、それじゃあ。


「も、もしかして、あの子、アバターじゃないんですか!?」

『そうです。そして、それゆえに私はあなたに頼み事をしなければなりません。雨楽様にとっては辛い決断かもしれませんが』

 レインはまっすぐ彼を見据え、その言葉の続きを放つ。

『彼女を助けてあげてください。これは今、あなたにしか出来ないことです』

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