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二章・異変の兆候(1)

 懐中電灯が闇を照らす。一人の青年──いや、もう中年にさしかかった年齢の男が強い湿り気を帯びた岩肌に触れながら洞窟の中を慎重に進んで行く。

「ハッ……ハァッ……ハア……」

 狭くて寒くて曲がりくねった長い長い空間をひたすら奥へ進み、ようやく最深部に辿り着いた時にはへとへとになっていた。万年運動不足の身には辛い。

「帰ったら今度こそ鍛え直すぞ、チクショウ……」

『そう仰りながら毎回三日坊主ではありませんか、マスター』

 こんな場所には似つかわしくないメイド服でメガネの金髪美女が振り返り、辛辣な言葉を吐いた。こちらは泥やら動物の糞やらで酷い有様だというのに彼女の服には塵一つさえ付いていない。


 まあ、それは当たり前のことだ。彼女(レイン)は実体の無い虚像なのだから。


「るっせえな、オレはやりゃあできるんだよ。高校の時はバスケ部だぞ。バスケだけじゃなくスポーツはなんだって得意だったんだからな」

『存じております。お忘れかもしれませんが、私はマスターの脳に間借りしているのです。マスターが三年間で二度しか試合に出られなかったことも、どんな競技でもそこそこ活躍するのに、実のところ器用貧乏なだけで、そこそこ以上にはなれなかったことも委細承知済みです』

「クソッ、だったら励ましてくれてもいいだろ」

『私を学習型のAIとして開発なさったこともお忘れですか? マスターに対しては甘やかせば甘やかすほど逆効果だと、すでに学んでいるのです』

「チクショウ……なんでオレにだけ無条件に甘くなる設定にしなかったんだ、昔のオレ」

『そんなことより早く調べて下さい。何があるかわからないのが異世界ですよ』

「そんなことって……ああ、いや、たしかにその通りだ」

 今いるここは日本ではない。そもそも地球ですらない。よく似ているものの、どこかが必ず決定的に異なる別世界だ。

 異世界転生・転移のアニメや漫画がやたら流行っていたのは何年前だったか……自分の趣味には合わなかったので敬遠していたが、まさか現実にそれを体験することになるとは思わなかった。しかも、こうも頻繁に。


 ──目の前には祭壇がある。この世界では異端とされた宗教のものだ。しかし信徒達は自分達の信じる神こそが最も根源的で正しい存在だと主張していたらしい。そのため他の宗教と対立し、敗北して、苛烈に追い立てられた末にこんな場所へと逃げ込んだ。


 果たして真実はどうか……? 祭壇に彫られた異界の言語。完全に未知のはずのそれを、けれども彼は電灯で照らしながらいとも容易く解読する。瞳にはぼんやりと紫色の光。

「始まりの七人の神……六人と一人に分かれ……長い戦い……一応、当たりか。やっぱりこれを造った連中は始原七柱(しげんななちゅう)を信仰していたんだ」

『手がかりになりそうですか?』

「わからんな。前に見つけたものと書かれていることは大差無い。ん? 待てよ、ここに何か仕掛けが……」

 装飾の一部に偽装して隠されていたレバーを引くと、祭壇の中央がせり上がり、金色に輝く大きな円盤が現れた。

「うおっ、すげえ、なんとかジョーンズみたいだ」

 思わず父の好きな古い映画を思い出す。円盤の方はアメリカの某ヒーロー映画のキャプテンなにがしの盾のようだ。そのくらい大きい。

「でもってこりゃあ……ビンゴだな」

 金の円盤には七人の男女の顔が彫刻されていた。大当たり。これまで始原七柱なる神々の容姿については文字による記録しか見つかっていない。ようやく彼等の顔を知ることが出来た。

「まあ、本物そっくりかどうかはわからねえが、これまでに集めた情報と特徴は一致してるし、イメージはしやすくなるだろ」

『裏も見てみたいところですね』

「たしかに」

 とはいえ、こういうものには盗難防止用の罠が仕掛けられているのが定番。下手に触ると作動してしまうかもしれない。

(どこだ?)

 円盤の乗っている台座をざっと調べてみたものの、それらしき物は皆無。まあ、素人が簡単に看破できるような仕掛けでは何の役にも立たないし、当然と言えば当然。

「クソ、肝心な時に使えんな、この目は」

 毒づいた途端、瞳から紫の光が消えた。

『もう一つを使ってみるというのは?』

「あれ、まだ上手くコントロールできねえんだよな……」

 まあ、それしか手は無さそうだ。

 さて、力を使うにしてもどう使うべきか……しばし考え込んだ彼は数歩、さらに数歩と後退る。そして台座から五mほどの距離まで移動すると手前の地面をジッと見つめた。今度は瞳に黄色い輝きが宿る。

 靴裏から微かな震動が伝わり、地面の一部が盛り上がって土人形を形成した。ファンタジー風に言えばゴーレムといったところ。


 紫と黄。

 情報と創造。


 それが彼の扱える二種類の力。まあ、まだ使いこなせているとは言えないが、この程度のことならば出来る。

「その円盤を取って来い」

『……』

 口頭で命じるとゴーレムは台座に向かって歩き出した。そして例の円盤を掴み、緩慢な動作で持ち上げる。

 刃物が飛び出して来るのか、どこからか矢が放たれるのか、まったくわからないが人形なら切られようが刺されようがダメージにはならない。


 円盤がついに台座を離れ──直後、土人形は消えた。


「げっ!?」

 台座の手前から地面が崩れ落ち、地下の空洞へ吸い込まれて行く。長年かけて堆積した土により覆い隠されていたが、どうやらこのあたりは仕掛け床だったようだ。落下物の中にそれらしきタイルが混じっている。

「や、やべえ!!」

 どんどん崩壊が広がっていく。自分の足下にまで迫って来たそれに対し、彼は逃げるのではなく逆に向かって行った。地中に落下した土人形と、その手の中の円盤を追って飛び込んだのである。

「ああもう、今回は楽に帰れると思ったのによ!」

『本当に、いつもこうですね』

 レインも横並びで降下していた。ただし彼女の場合、正しく言えばこちらの視界の中に“表示”されているだけ。だから当然、落下中の風圧によりスカートがまくれあがったりもしない。

『マスター、見るべきは私ではありません』

「チクショウ!」

 本当にどうしてロングスカートになんかしちまったんだ! いや、そんなことを考えている場合じゃない。先行して落下中の土人形へ視線を戻す。再び力を切り替えると地面に到達するまで残り三秒、自分は六秒だとわかった。

「投げろ!」

 最後の命令に応え円盤を放り投げる人形。直後に彼は役割を全うして穴の底へと激突し、ただの土に戻った。

 残り三秒。その三秒の間に円盤が二回転した。目を逸らさず記憶に焼き付ける。

 直後、彼も顔から地面に激突した。頭蓋骨が砕け、首の骨が折れる。それが彼の感じた“この世界”での最後の感覚だった。




「──いってえ!!」

 ベッドの上で飛び起きる。いつもの部屋のいつものベッド。毎度のことだが無事に目を覚ませた時にはホッとする。

『アバターで幸いでしたね』

「ああ……でも」

 くぅっと彼は下唇を噛む。

「あんなデカい金の円盤……持ち帰ったら一生食うに困らなかったのにな……」

『今のマスターにはどのみち不可能です。異世界から記憶以外の何かを持ち帰りたいのであれば、まず“藍”に覚醒していただきませんと』

「わーってるよ!!」

 それに藍色=時間の力に覚醒して生身で現地に飛べるようになったとしても、同じ状況に陥ったらあっさり命を落としてしまうだろう。ネットワークの機能を借りて仮の肉体を構築する方式は、リターンこそ少ないがノーリスクなのが魅力的だ。

 少なくとも情報収集が目的の今は、ハイリターンのために不必要なリスクを冒すべきでない。

「まあ、とりあえず持ち帰った情報の解析だな」

 彼がそう言ってPCに歩み寄り無造作に右手で触れると、紫の光が一瞬だけ瞬いて筐体へ吸い込まれた。

 すると異世界で見聞きした情報の全てがファイル化されて出現する。映像、音声、テキストファイル。脳内で整理しておいた状態のままに。

 最新の物を選択して開くと動画が再生された。ちょうどいいタイミングで一時停止して、あの世界での死の間際に見た円盤の“裏側”を映し出す。

 次の瞬間、天を仰いだ。


「チクショウ!」


 円盤の裏側には何も無かった。彫刻が施されているのは表だけだったのだ。

『気を落とされぬよう。わずかながらも進展はありました』

「そう思うしかねえな、クソッ」

 まだカリカリしたまま円盤の表の映像を静止画にしてメールに添付し、数人の仲間達へ一斉送信する。

 送り先は全て異世界。彼以外にも≪情報≫の能力に覚醒した者達は数多くいて、そんな彼等と≪レインボウ・ネットワーク≫を通じ情報交換を行っているのである。


 なんとしても探し出さねばならない。複数の条件を満たせる稀な人材か、あるいは問題を一足飛びに解決できる“七人”のうちの誰かを。

 おそらく、残された時間は長くない。


「どこにいやがるんだ……」

 立ち上がって窓の外を見る。夜空に今夜も大きな満月が浮かんでいた。

 本来なら三日月のはずなのに、それは明らかに円形である。

 より大きな銀色の光が、本物の月を覆い隠していた。

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