6話.浪費癖が酷い奴と財布が一緒とかまじでありえないのだが。
「かんぱーい!」
そこそこ良いクラスの宿を二部屋予約した俺達はリズが料理も酒も美味いと絶賛していた酒場で祝勝会をしていた。
「んまー!このお肉いつかお腹いっぱい食べてみたかったんだよねー!」
幸せそうに肉料理を頬張るリズ、どうやら前に組んでいたパーティーと以前この酒場に来た事があったらしい。
「おー、確かにうめーな」
塩だけで味付けしているシンプルな料理ではあるが、肉の素材が良いのか、焼き加減が良いのか、まさに口の中で溶けるような食感で、めちゃくちゃ美味かった。
「ぷはー……あー、これでタバコ吸えたらまじで幸せだわ…」
異世界風の初ビールをグイグイと飲み干し、俺はおっさんみたいな事を呟く。
「えへへー、カトーさん良い飲みっぷりだねー?どう?異世界のお酒も悪くないでしょ?でしょ?」
「まーな。あ…おかわりもらってもいいか?」
俺はリズにビール追加の許可を尋ねる。
「もちのろんろん!おじちゃーん!ビールお代わりおねがいねー!あと、フルーツ酒もおねがーい!」
彼女は笑顔で頷き、店主にオーダーの追加をした。
「そう言えば…お前、酒飲めんだな…」
接しているうちに10代かそこらと錯覚してしまう事が多いのだが、いわれてみればコイツは21 歳なのだ、ファンタジー世界では何歳からが成人かしらないが、普通に大人なのだろう。
「んぱー、フルーツ酒は最高だねー」
良い飲みっぷりで本日何杯目かのフルーツ酒を飲み干すリズ。
コイツ、結構酒強いのかもしれない。
「ねーねー、カトーしゃんはさーあ?まだ異世界好きになれないにょ?」
完全に今の一杯で目がとろんとなり、ろれつが回らなくなった彼女を見て、さっき心の中で思った言葉を静かに訂正した。
「まーな」
「えーなんでー?こーんな可愛い美少女と一緒にゃのにー?」
黙ってビールを飲む俺の肩にコツンと頭を預けてくる彼女。
何だ?コイツ、前から思ってたがビッチ臭すげーな。
「俺はもっと静かな子がタイプなんだよ」
「静かにゃ子なんていないわよー!…みーんな男の前でだけ猫被っておとなしめな子を演じてるだーけ…ふふ、カトーしゃんって意外と騙されやすいタイプにゃねー?」
「…あっそ」
淡々と返事を返すが、内心は彼女の言葉に思い当たる節があり、少し心がざわつく。
「…んー…酔っ払っちったー…うへへ…」
「おい、寝るなよ?」
「らいじょーぶでーす」
俺の肩にもたれかかった状態でそのまま腕を絡めてくる彼女は、そのまま寝はじめようとしている。
「おい!寝るなっつーの!」
絡みついてきている腕を揺さぶりリズの意識を目覚めさせようとするが、完全におちかけだ。
「ん〜、クロード」
「クロード?誰か知らんが人違いだぞー」
俺の言葉など届かないくらい深い睡眠に入ったリズは再び寝言を漏らす。
「なんで…ボクを捨てたのぉ…寂しいよぉ……」
前の男か何かだろうか?
彼女の頬に滴がこぼれる。
元カノに振られた時の俺も、酒を浴びるように飲んでいたのを思い出した。
「ったく、しょうがねーな。すみません…お会計お願いします」
ここから予約している宿まで結構な距離があるのだが、仕方がないのでリズをおぶって帰る事にした。
◇
リズの部屋まで彼女を運びベッドに寝かせたタイミングで彼女は目を覚ました。
「んー、カトーさーん!もう一軒いこー!」
「アホか、もう寝ろ」
コップに水を入れてやり、ベッド付近にあるテーブルの上に置く。
「ほら、これ飲んでから寝ろ」
「あー、ありがとー」
ゴクゴクと一気に水を飲み、リズは嬉しそうな表情で呟いた。
「カトーさん、なんかお父さんみたい」
「は?俺はまだ29だ」
コイツとも8歳しか離れていない、どちらかというと親戚のおじさんくらいだ、断じて父親の年齢ではない。
「そういう事じゃなくってさー」
「まー、どうでもいいけど…じゃあ俺も寝るから」
「んー…寂しー」
「いい加減にしろ、俺は疲れた、寝る、じゃあな」
「ニコチン切れですかー?」
「……あぁ、明日頼むぞ」
「おいらにバッチリ任せてよねん!」
彼女はなんとも頼もしくもない力こぶを見せてきた。
「…じゃ、おやすみ」
「はーい、まったねーん」
ドアを閉めるまで、俺に向かい無邪気に手を振るリズ。
さっきまで前の男を思い出し泣いていたくせに。
本当に彼女はなんとも掴みどころのないキャラだ。
◇
翌日、彼女は俺の前にタバコらしき物を持って現れた、約束の品だ。
俺は早速タバコを吸う。
うん、ちょっと癖はあるが全然イケる。久しぶりのニコチン補充で俺の心は段々と穏やかになっていった、そう、穏やかになっていったのだが。
「何だよ、お前のその色々な奴は…」
俺はタバコの煙を吐きながら、淡々と彼女に尋ねる。
「えっへへー、コレが僕の真の姿なのですっ!」
そう言って無邪気に笑う彼女の肌はいつもより潤っており、まるで高級エステ帰りのような状態になっていた。それだけではなく、彼女からはフローラルな香りも放たれておりいつもより香水臭い感じもする。
しかし、それだけなら俺も対してツッコミを入れなかった、そうリズの周りには小さい光る猫のような変な生き物がふわふわと飛んでいるのだ。
「……へー、で?まずそのテカテカの肌どした?」
俺は一個ずつ指摘していく事にした。
「そー!この肌すっごく触り心地いいのー!ね?ちょっとほっぺた触ってみて?ほらほら!」
リズは無理矢理俺の手を取り自分の頬に当てる。
「ね?凄くにゃ…痛いぃぃ!?」
頬を摘み、ほっぺたの伸び具合を調べる。
「おー、確かによく伸びるなー、へー、すげー」
パッと手を離すと彼女はいじけた様子で呟く。
「そーいう意味じゃないのになー、すべすべになったーって話なのにー、むー」
「で?その香水みたいな匂いはなんだよ?お前、また無駄使いしたのか?」
「してない!してないよ!これは香水じゃなくて、さっきのもそうだけど、これ全部自動スキルなの!ボクってば美意識高いからさ?先にこのレアスキルを習得してたんだー、ずっと肌すべすべでー、ずっといい匂いなのー、ふふん」
「へー」
心底どうでもいいスキル覚えたな、おい。
「じゃあ、そのふわふわ飛んでる奴なんだ?」
「あ、これ?へっへーん、可愛いでしょ?にゃんにゃんライトって言って、まーただの光るアクセサリーのようなもんなんだけどねー」
「生きてねーのか?」
「へ?うん、ただのアクセサリーだよん。でも、すっごく可愛いでしょ?それにこの子飛ばしてたら、暗いところも平気だし、何か上級魔道士って感じするし!それにやっぱり可愛い!」
「へー」
心底どうでもいいスキル覚えたな、まじで。
「まー、でも…約束通りタバコ、サンキューな」
ふざけた奴だが、魔法使いとしての腕は確かなのだろう、俺は吸い終わったタバコを靴で踏み潰しながらそう思った。
「約束したからねー、それにタバコ作っただけでチート能力持ったカトーさん仲間になったんだもん、安いもんですよ」
両手を腰に置き、ふんぞりかえるリズ。
「…で、この後どーすんだ?」
「あー、そうだね、カトーさんのレベル上げや資金稼ぎも兼ねてもう少しクエスト攻略しとく?」
「まー、別にいいけど」
「因みにちなみにー」
パッと例の板を取り出し俺のステータスを表示する。
「昨日の巨大スライム倒した事で、カトーさんのレベル一気に19まで上がってるからねー」
Lv 19
名前 加藤 良平
年齢 29歳
性別 男
種族 ヒューマン
ジョブ 異世界転移者
スキル
神の腕
(相手に無条件で9999のダメージを与える)
(一日一回しか使用できない)
弱点
弟
異世界
異世界用語
異世界ヒロイン
ニコチン切れ
借金恐怖症
ボクっ子ヒロイン
リズの言った通り、俺のレベルは本当に上がっていた。
「因みに俺も他のスキルとか覚える事できるのか…?」
「もっちろーん、今カトーさんには18レベルアップ分の配分ポイントってのが溜まっててー」
配分ポイント?これは弟からも聞いた事がない情報だ。
「んで、そのポイントを好きなパラメーターに振り分ける事もできて、それだけじゃなく、スキル覚えるのもこのポイントが必要なの!」
なるほど、まるで昔やってたゲームみたいだ。
つまりスキルを何一つ覚えずひたすら攻撃力や、防御力にポイントを振り分ける事もできるし、逆にパラメーターに振らずに、色んなスキルを覚える事もできるって事か。
「因みにねー、個人差はあるんだけど、一応レベルアップした時にも自動で全てのパラメーターが少しずつ上昇してるからね?だからカトーさんも身体能力が上がってるはずだよ」
「なるほどな…スキルってどんなのが覚えられるんだ?」
「ちょっと待ってねー、よっこいしょっとー!」
リズは別の板を取り出す、俺の習得可能スキルを調べてくれるそうだ。
「おー、おー、ほー!?なんか凄いよ!?」
▶︎加藤 良平
所持ポイント 540ポイント
習得可能スキル一覧
【神の脚】必要ポイント 1000ポイント
(効果不明)
【神の眼】 必要ポイント 1000ポイント
(効果不明)
【神の心臓】必要ポイント 5000ポイント
(効果不明)
「覚えられるスキルって3個だけなのか?」
「いやー、普通はもっといっぱいあるはずなんだけど…まぁ、カトーさんは転移者だから普通の人達とは違うんだろーね、それに見た事ないスキルばっかりだし。…あ、因みにちなみにー、通常レベル1アップに対してポイントは10増えるんだけど、ボクのウルトラ凄いスキルで、な、な、なんと!パーティーメンバー全員スキルポイント3倍でもらえるんだー、えっへん!」
なるほど。
通りでリズは様々なスキル、錬成スキル等覚えている訳だ。
なら、このペースで行くとレベル35くらいで【神の脚】か【神の眼】を習得できそうだ。
「カトーさん、どうする?ポイント、パラメーターに振り分ける?」
「あー、いや…使わないでいい…」
取り敢えず今はためておく事にしよう。
「りょ〜かい」
あの【神の腕】の効果は凄まじいものだった。おそらく、残り3個のスキルもかなりチート的な効果のはずだ。
「それではっ!ちょっと装備を揃えてから、クエスト攻略に向かいましょー!出発しんこーう!」
テカテカに光る健康的な褐色の肌をした腕と足をブンブン元気よく振って歩き始めるリズ、俺は二本目のタバコに火を付けて彼女の後に続いた。
◇
結局俺の装備を一式揃えた後は、彼女のレア素材爆買いが始まりギルドに行くどころではなかった。
「おーい、ギルド行かないのか?」
「ちょ!ちょ!ちょっと待って?おっ!これも珍しい素材じゃん!おじさーん、これも下さーい!」
目をキラキラさせながら次々に何に使うのか分からないような素材を買い占める彼女。
「お金はまだあるから大丈夫なのよーん、ぐへへー」
既に荷馬車一台分くらいの買い物をしている。そして既にもう日が暮れ始めていた。
「もう、一日終わるぞ?」
「だいじょーぶだいじょーぶ!クエストは逃げたりしないから!明日でも問題なっしんぐ!」
もうダメだコイツは、物欲に飲まれた獣だ。
「てか、この荷物どうやって管理するんだよ?」
「え?それはこのマジカルアイテムが全て解決よん、うふん」
リズは無い胸を強調しセクシーポーズを取る。
あー、今日もすこぶる腹立つなコイツは。
「たらたらったら〜」
自ら効果音を発して、怪しい袋を取り出す。
「ドラえもんかよ」
そして四次元ポケットか何かかよ。
「ん?ドラえもん?…この袋に買った荷物を入れると〜」
どう見ても袋に入りきらない木箱を、スルッと袋の中に入れ込むリズ。しかも袋は全然膨らんでもいない。
「この袋はどんだけ物を入れても大丈夫で、自由に取り出しできるのよん」
「すげー」
素直にすげー、まじで四次元ポケットだった。
「だけどー、この袋にいちいち物を入れるのは重労働なのでー、カトーしゃん?おねがーい!」
リズは腹立つ表情でウインクをしてきた。
まぁ、一応コイツの仲間になった訳だし、タバコ分の働きはしようじゃないか。イラッとはするが。
「はいはい、じゃあこれ全部入れとくからそれまでには買い物終わらせろよ?もう夜になるぞ?」
「ほーい」
――結局、この凄い袋に荷馬車一台分の荷物を入れ込むのにかなり時間が掛かり、俺達が宿に向かう時には既に夜になっていた。
「では、お二人様、二部屋、シングルで600Gになります」
上品な格好をした紳士風の店員が金額を告げる。
「はいはーい、んーとねー……あれ?……あれれ?」
中々お金を出そうとしないリズは、みるみるうちに青ざめていく。
「おい…お前まさか…」
「……お金…足りにゃいみたい…」
「お前ふざけんなよ?どんだけ買い物したんだよ?」
「えー、だ…だってー…全部レアな素材だったから…」
笑顔が引きつってる店員さんに謝罪し、俺達は宿を後にした。
◇
「で……今、いくら残ってる?見せろ?」
「あーもーちょ、ちょっと!カトーさんのエッチ!」
「うっせー、クソガキ、ほら見せろ!」
無理矢理財布を広げて中を確認する。
所持金、102G。
昨日3000G入ったはずだよな?それを一日で?どんだけ浪費癖酷いんだよコイツは。
俺は痛む頭を抑えながら深い溜息を吐く。
一日で30 万ほぼ使い切るとか、今までの俺の生活で考えたら本当にゾッとする。
「まじでお前に金の管理を任せたのが間違いだった…」
「だって、そんなに使ってたなんて思ってなかったし…」
親に怒られて拗ねる子供のように言い訳を並べるリズ。
しかし今回の件に関して彼女の素材爆買いを差し引いたら、二人で豪遊して使った金がほとんどだ。
それにこの街に来る前に金を使い果たしたと言っていたまじそういう意味では信用ならないコイツに財布を任せてた俺にも責任がある。
「…今日から財布は俺が預る」
リズから無理矢理財布を取り上げ、そう宣言する。
「えー」
「えー、じゃねーわ。んで、明日からは真面目にクエスト攻略して金を少しでも貯めるぞ、いいな?」
「は〜〜い」
彼女からは何ともやる気のない返事を返ってきた。
「で、今日はどうするの?」
「あそこの100Gで泊まれる宿に行く。んで、飯は適当に買う、もちろん一人1Gまでだ」
「あそこかー。え、ってかそれだったら、果物どころか、野菜一個しか買えないよー」
「食えるだけましだと思え」
◇
ぶーぶー不満を漏らすリズを連れて、昨日ブチギレられた例の宿でチェックインを済ます。受付嬢から、コイツ等昨日の奴等じゃん的な雑な接客をされたがキチンと金を払う意思を見せたらそこそこの対応はしてくれた。
もちろん金が無い為、一部屋、シングルで今回は同部屋だ。
「この野菜美味しくなーい」
いじけながら野菜を頬張るリズをスルーし、黙々と野菜を平らげる。
異世界の野菜は意外と生でもイケた、それに俺はずっと貧乏生活を弟としてきていたんだ、食べられるだけでありがたい事なのだ。
「明日はまじで、起きたらすぐにギルドだからな?」
「ほ〜い」
相変わらずやる気のない返事にイラッとするが、もう今日はコイツとのやり取りにも疲れてしまった。
俺はソファーに寝転がり、ベッドで野菜を不味そうに頬張ってるリズに声をかける。
「じゃ、俺は寝るからな」
「えー、もう寝ちゃうの?遊ぼーよ?」
遊ぼうよーって、修学旅行かよ。トランプとか夜中やる奴かよ。
俺はその言葉もスルーし目を閉じた。
「枕投げとか、しちゃう?ねぇねぇ?」
その言葉もスルーする。
「えー、せっかく同じ部屋になったんだからさー」
うるせーな。いいから早く食べて寝ろよ。
「ねぇ!カトーさーん!寂しー!」
うるせーうるせー。つかうぜー。
いつの間にか近くにまで来ていたリズにゆさゆさと肩を揺らされる。
それでも今日のカトー商店はもう店じまいだ。俺はいっさい返事を返さずもう寝たぞアピールを崩さない。
「ねーってばー、もー!カトーさーん!」
リズはしつこくずっと肩をゆすってくる。
「お父さ〜ん!」
だから、いつ俺はお前の父親になった。
「ね〜ったら〜!寂し〜よ〜!!」
最近の疲れが取れてなかった為か、そんな鬱陶しい彼女のかまって攻撃の中、段々と俺の意識は遠のいていった。
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