55話.酒盛り
「さぁさぁ、兄ちゃん!ぐびっと、ぐびっといきなって!!」
「ちょ、押すな!押すなって!!」
見ず知らずのおっさんにビールを飲めと無理矢理口に押し当てられ、俺は訳が分からないまま、
「分かった、分かった飲むから!!」
木製の馬鹿でかいコップに注がれた大量のビールをぐいぐいと一気に飲み干す。
「っぷはぁ……これでいいだろ?」
ドンッと音を立て、空になったコップをテーブルの上に置き、
文句ないだろ?とおっさんに目で意思表示する。
「がっはっはっは、兄ちゃんマジで良い飲みっぷりだったぜ!!流石バーナードを倒した男だ!!」
俺の一気飲みに気を良くしたおっさんは豪快に笑う。
「カトー様ぁ!!」
「ちょ、今度は何だよ!?」
突如背後から、べろべろに酔っ払った見ず知らずの女性に抱き付かれ、
「ふふ、次はこのお酒もどぉぞ?」
その女性からも無理矢理お酒を手渡される。
「…ったく、飲めばいいんだろ?」
「きゃー!是非お願いしますぅ!!」
俺は半分ヤケクソで酒を一気に飲み干す。
「カトー様ぁ、素敵ですぅ!!」
「ひゅー!兄ちゃんやるじゃねーか!!」
バーナードとの試合が終わった後、
何故かここの連中達は酒盛りを始めたのだった。
どうやら、あのリングでの試合の後は、宴会をするのが定番らしい。
「ほっほっほ。楽しんでおるか?カトー殿」
この地域で一番のまとめ役と言われてても過言ではない、えらく風格のある老人に声を掛けられた。
「…あ、あぁ…まぁ…」
老人は嬉しそうに目を細め、
はしゃいでいる周りの人達を見つめている。
「ほっほっほ、ここの地区の連中にとっちゃこれが唯一の楽しみでもあるんじゃよ」
「いや…楽しみなのは全然良いんだけどよ。試合した後に酒盛りって…」
突然始まったどんちゃん騒ぎにまだ正直着いて行けていない俺は、苦笑しながら呟く。
するとその老人は、
「拳と拳で分かり合えた後は更に絆を深めるべきじゃろ?」
ニカッと口角を上げ、何本か欠けている歯を見せながら笑って見せた。
「拳と拳で分かり合うって…」
それこそ、一昔前の不良漫画じゃねーかよ。
半分呆れながら、老人の話を聞いていると、
「カトー殿も、バーナードとは分かり合えたんじゃろ?」
爺さんは俺の心を見透かしたような目で俺を見つめてきた。
「………………まぁ、そうかもな」
「ほっほっほ」
俺の返答に満足そうに笑い、何度も頷く老人。
「バーナードも含めて、ここの連中はみんな良い意味でも悪い意味でも真っ直ぐな連中ばっかりじゃ…少々真っ直ぐ過ぎるが故に頑固な所も確かにあるんじゃがな」
爺さんは愛おしそうにこの地区の人達を見つめながら言葉を続けた。
「昔、この街も色々あっての……ここの地区の連中は、過去に囚われたあまりに明日を迎えられなくなる事を余儀なくされた者達なんじゃよ。 しかしのぉ……ここの連中は、みんな強かった…色々迫害や、差別など…仕事だってもらえなくなったとしても、それでも、わし等はこうやって今日まで生きて来たんじゃよ…」
まるで、当時の事を思い出しているかのように、
爺さんは次第に遠い目をしだした。
向こうではカンナとリズも二人で楽しそうにはしゃいでいるのが見える。
「…だからの?ここの地区の連中は、あのダークハーフエルフのお嬢ちゃんの話を聞いて胸に響かんかった者などおらんのじゃよ。みんな、あのお嬢ちゃんに自分を重ねておる。だからこそ、あの時、あの場で全員が自分を否定する中で、自分の気持ちを曝け出したお嬢ちゃんに、それでも明るく生きて行こうとするお嬢ちゃんに惹かれてしまう者が多いんじゃろう…」
爺さんの話を聞いて、
ここの連中の事が少し分かったような気がした。
人は痛い思いをする事で、
似たような、他者の痛みを分かり合おうとする事が出来るのだ。
「それに、お前さん達がこの地区に来てから更に街が活気付いた気がするんじゃよ」
この爺さんはずっとこの地区の連中と共に生きてきて、ずっとこの場所を守ってきたのかも知れない。
今まで全然絡みがなかったが、本当に貴重な話を聞けた。
この爺さんの話を聞く前と聞く後じゃ、
ここの連中に対する気持ちも全然違ってきた。
「ほっほっほ。じゃあ、年寄りは早めに退散するとしますか…夜更かしは老体に悪いからの。ほっほっほ」
さっきの話を聞いて少し感傷的な気持ちのまま、
「あぁ。またな」
俺は爺さんの背中を見送った。
こちらに振り返らず片手を軽く上げながら去って行く老人の小さな背中が、とても重く大きなものにも見えた。
「兄ちゃん、だいぶ爺さんに絡まれてたなぁ?」
「本当よ。カトー様、何を話していたんですかぁ?」
そんな俺達のやり取りを見ていた先程の二人が、爺さんが去ったタイミングで俺の元にやって来た。
「いや…まぁ、ここの連中の事を色々聞かされてたんだよ…」
本当に、村長とか族長とか呼ばれてそうな老人だ。
二人があの爺さんを見つめる眼差しも、とても暖かいものだった、
と、思いたかった――、
「「え!?」」
俺の言葉に、二人は少し引きつったような顔になる。
そんな二人の表情を見て、少し焦った俺は、
「え、いや…あの爺さんこの地区で一番長いんだろ?」
改めて先程の爺さんの事を尋ねる。
「いや…全然知らねぇ爺さんだけど?」
するとおっさんが衝撃的な事実を告げる。
「は?」
まじで?まじで知らない人なのか?
「おぉ、少なくとも俺はあんな爺さん知らねーぜ?」
いやいやいや、
あんだけここの連中の事を熱く語っといて部外者とか、まじでこえーよ、何者だよ、あの爺さん!!
「ほ、本当に…誰も知らない爺さんなのか?」
再度尋ねてみるも、
おっさんは困ったような顔で首を横に振るだけだった。
「あー、えっとですね…あのお爺ちゃん最近この地区に流れ着いて来たらしいんだけど…もうボケてるのか……結構、虚言癖があって…困ってるんですよ」
もう一人の女性の方があの老人の事を少しは知っていたみたいで、何とか老人の事を説明してくれた。
しかしながら、あの爺さんが、
ここの連中とは全くの赤の他人だという事には変わりなかった。
「…えー」
まじかよ。
全く関係ない爺さんだったとか、
さっきの俺の感傷的な気持ちを返してくれ、まじで。
「…いや……だから、兄ちゃんが訳わかんねぇ爺さんにすげぇ絡まれてんなーって思って心配してたんだよ」
俺は再び、遠くを歩く爺さんの背中に視線を戻す。
「…またな、とか言っちゃったよ俺」
去って行く老人の小さな背中が、ただのしょうもない小さい背中に見えた。
◇
しかしながら、老人から聞いた話はだいたい間違っていない内容だったらしく、それはそれでおっさんが物凄く青ざめていた。
「ちょっと、オメー等先輩掴まえ過ぎっすよ!!」
その後も老人に付いて語り合っていた俺達の間にバーナードが巨漢ごと割り込んで来る。
「おぉ、すまんすまん。悪いバーナード、そーだったな」
「あ、そうだったわね…カトー様と絡めてつい嬉しくなっちゃって」
二人はバーナードに対し各々に謝罪の言葉を述べ、
事前に何か打ち合わせをしていたのか、
「ほれっ!!兄ちゃんは早くお嬢ちゃんの所に行ってやんなって!!」
特におっさんの方がニヤニヤしながら、
俺の背中を押してきた。
「ちょ、何だよ急に!?」
「がっはっはっは。早くリズちゃんの所に行ってやんなって言ってんだよ!!」
勝手に絡んできて、無理矢理酒を飲ませてきて、
今度は早くリズの所に行けとか、本当にめちゃくちゃだ。
「私、カトー様の事好きだったけど…本命がいるみたいだから身を引くわ」
「いや…アイツは別にそんなんじゃ…」
「いいのっ!!二人が愛し合ってるのは…みんな分かってた事だものっ!!」
さっきまで結構まともだった女性も、
最初の絡みの時みたいに、だいぶうざい感じに仕上がってきてしまった。
「…………」
もう、何処からツッコメばいいものか…。
「さぁ、先輩?もたもたしてる暇ねーっすよ」
バーナードに急かされるように背中を押され、
向こう側でカンナと盛り上がっていたリズの元まで俺は連れて行かれてしまったのだった。
【56話.何気ない会話】 明日、深夜00:00更新。




