50話.労働と教育
「…本当は、もうちょっと頻繁に来たいんですけどね…」
仕事がまだ慣れていないエイルは、
夜の営業終了後に、遅くまで店に残り、
仕事で使う食材や酒の棚割りを必死に覚えたり、
少しでも多くの数の皿を一気に持てるように練習しているのだ。
リズと比べると、本当にエイルは努力家で良く頑張ってる。
「まだ数日しか経ってないのに、もう雑草が…」
エイルは墓の手入れをしながら、
さっき買った花を墓に供える。
「…メルルさん、今日はカトーさんを連れて来ましたよ」
そこに彼女がいるかのように語り掛けるエイルは、
静かに瞳を閉じ両手を合わせた。
異世界で死者の供養がこれであっているのか分からないが、彼が彼女に対する気持ちは痛いくらいに伝わってきた。
「………貴族達に奴隷として買われて、無理矢理あんな身体にさせられたんですって…」
拝み終わった後、エイルが静かに語り出す。
「………唯一アルフォードさんだけが、自分を人として扱ってくれたって…彼女言ってました…」
貴族達――、
あの日のオークションに参加していた貴族達の姿が俺の脳裏に浮かんでくる。
メルルもまた、その内の犠牲者だったのだろう、
しかし、そんな自分が最後まで忠誠を誓った男もオークションを行い亜人や人を売り捌く側の人間だったなんて…彼女もそれは承知の上で忠誠を誓っていたんだろうが、本当に皮肉な話だった。
「……こんな事になっちゃって……もう過ぎた事なんですけど…でも、やっぱり僕…」
エイルはギュッと拳を強く握り締める。
「……許せないです………人や亜人を物としか見てない…そんな貴族の人達の事…許せないです」
「…………そうだな」
きっとこの世界は、
俺達がまだ知らない事が沢山あって、
その中には、今回のように残酷でエグイ出来事がもっと沢山あるのだろう。
「………俺達転移者にはチートなスキルがある…」
「…………はい」
別に正義の味方になりたい訳じゃない、
善を振り翳し、悪を裁きたいとも思っている訳じゃない、
だが、
俺達はせっかくこんな能力を持ってるんだ、
なら、せめてこの目にとまる範囲で、
同じようなクソみたいな出来事が起こっていたら、
その時は惜しみなく、このスキルを使おう。
「……きっと、俺達のこの力はその為にあんのかもな…」
「………はい!!」
言わずとも俺と全く同じ気持ちだったのか、
それとも、エイルはまた別な考えがあったのか、
どちらにせよ、彼の瞳からは涙と熱い決意が滲み出ていた。
◇
――翌日。
今日から店が再オープンする為、
俺は朝早くから気合を入れて一階に降りた。
しかし、そこには、
「あっ…カトーさん丁度良かった」
マルコと、見ず知らずのイカツイおっさんの姿があった。
「今日から、新しく入る新人の子よ」
「うっす!!先輩宜しくお願いしやっす!!」
マルコに紹介され、
そのイカツイおっさんは元気良く挨拶してきた。
「は?」
新しいバイトの子って、
新人の子って、コイツかよ!?
この新人、子って年齢でもねーだろ?
絶対マルコよりも年上だろ?
いや、おっさんなのは良いんだが、
それなら、新しいバイトの人とか、
新人の人とかのニュアンスにしててくれよ。
普通に、もっと若い子が入ってくんのかと思ってた。
いや、何度も言うがおっさんなのは良いんだが。
「未熟なところもあると思いますが、長い目で見てビシバシ鍛えてやって下さい!!」
「は?」
さっそくこの新人が放った言葉に、文字通り『は?』となってしまった。
――未熟なところもあると思いますが。
うん、ここまでは分かる、と言うか全然普通だ、問題は次の言葉だ。
――長い目で見てビシバシ鍛えてやって下さい!!
意味が分からない。
自分不器用なんで長い目で見て下さいと言いたくても普通は心の中でとどめておくものだし、その後にビシバシ鍛えてやって下さいって言葉も結局どっちだよってなるし、違和感半端ない、
それにお前が今からビシバシ鍛えられるハメになるんだけど、何でコイツの事鍛えてやって下さいね〜みたいな言い方になってるんだ?
馬鹿なのか?アホなのか?
「食堂で働くのは初めてらしいんですけど!!自分割と向いている方だとは思ってるっす!!」
だから…初めてらしいんですけどってお前の事だろ?
何で他人事みたいに言うんだ?
そんなくせに、何でそんなに自信あるんだよお前?
あれか?自信もあって、やる気もあるけど、全力でからぶるタイプの完全に仕事いつになったら一人前になるんだ?的なあれなのか?
「あ、そう…」
俺の本能が、俺のファミレス店長としての勘が、
コイツはやばいと告げている気がした。
「うっす!!!」
「ふふ、元気そうでしょ?」
ニコニコと笑うマルコの横に立っている新人、
改めてそいつを見ると、やはり容姿のインパクトも凄まじいものがあった。
ゴツイ、デカイ、イカツイ、スキンヘッドに、髭も濃い、
それに、こいつ誰かに似ている気がする。
「うっす!!」
間を繋ごうとしているのか、
誰も何も言葉を発してないのに、
うっすと気合を入れる新人。
「あ」
そうだ――、
誰かに似ていると思っていたが、それが誰か分かった。
この新人、WWEのAトレインってプロレスラーに似てる、
日本に移籍してからのリングネームはジャイアント・バーナードとも呼ばれていた、あのレスラーにめちゃくちゃ似ている。
そう思えば、何となく愛嬌ある顔にも見えなくはなかった。
ジャイアント・バーナードはイカツイ容姿をしているのだが、よく見ると意外と顔は赤ちゃんみたいな可愛いフェイスをしているのだ。
暫くの間、ジッと新人の顔を見つめていると、
ニマァ、と不気味な笑みを浮かべてきた。
いやいやいや、やっぱこえーよこのおっさん。
必死に愛嬌ある笑みを浮かべようとしているのは分かるんだが、まじでこえーよ、歯が何本かねーよ、二、三人くらいは人埋めてそうだよこの笑顔。
それでも必死に先輩に愛想を振り撒こうとしているのだろう、新人は頑張ってスマイルをキープしている、
「へ、へへぇ」
しかし、徐々に顔の筋肉がピクピクと痙攣し、ますます悪人面の度合いが増していっていた。
「どう?中々愛嬌ある子でしょ?」
ふふっと嬉しそうな顔でドヤるマルコ。
何故ドヤる?全然愛嬌感じられないんだが、
キッチンに籠らせるからいいんだろーけど、
コイツは百パー接客できそうにねーから。
「…は、はぁ…まぁ…」
まぁ、ジャイアント・バーナードだと思えば、
百歩譲って割と愛せそうなキャラではあるが。
「で、この子の名前なんだけどね? ホラ、自己紹介よっ!」
マルコが新人の背中をポンと叩き、挨拶するよう促す。
「う、うっす!!!」
バーナードだろ、バーナード臭しかしねーし、
もう本名は置いといて、あだ名はバーナードで、
それで決定で、
「自分、J・バーナードって言います!!」
「嘘だろ!?」
リアルバーナードさんかよ!?
まじかよ、やべーだろ、ガチでバーナードさんだったとは…
「自分の名前に…何か問題が?」
「いや…悪い、別に問題はないぞ…うん」
俺の反応を見て少し不安そうなバーナードを安心させるように言葉を投げ掛ける。
「…俺は加藤だ、今日から宜しくな?」
「うっす!!」
改めて、挨拶するとバーナードは元気の良い返事を返してきた。
「それと…さっき言ってた通り、ビシバシ鍛えさせてもらうからな?」
「う、うっす!!」
分かりやすく冷や汗をだらだらと垂らし、少し怯えるように笑うバーナード。
「あ…自分、食堂で働くのは初めてらしいんですけど…」
「それはもう分かった」
「う…うっす…」
食い気味で返事を返した俺に少し圧を感じたのか、
バーナードは『うっす』と言って黙り込んだ。
バーナードの冷や汗のかきかたは尋常じゃなく、
もう既に滝のように汗が頬を滑り床に滴り落ちている。
「…お前、大丈夫かよ?」
少し心配になり彼に尋ねてみるが、
「…だっ!!大丈夫っす!!!うっす!!!」
頑なに大丈夫との返事が返ってきた。
「ま、まぁ…そこまで緊張しなくても。 あ、水飲むか?」
汗の量も半端ないので、コップに水を入れてからバーナードに手渡す。
「うっす!!かたじけないっす!!!」
「……お、おう…」
かたじけないって、
お前どの世界の、どの時代の人だよ。
「ふふ、もうすっかり仲良しになったわね?」
両手で掌を重ねパンと音を鳴らし、
マルコは笑顔で、そろそろ仕事に入りましょうか?と切り出してきた。
◇
再オープン初日から凄い数のお客さんで賑わい、
現在昼の営業時でおそらく最大のピークタイムを迎えていた。
「エイル!!これと、その料理と、あとこの料理までいけるか!?」
「はい!!」
「助かる!!全部同じテーブルだ!!」
「分かりました!!」
いつも遅くまで皿の重ね持ちを練習していた成果が発揮して、エイルはテキパキとした動きで数個の料理を一気に運んで行った。
「カトーさん!!凄いわこのキッチン!!これならいくらでも料理を作れそうよ!!」
俺よりもはるかに凄まじい速度で複数の料理を並行して作り続けるマルコは、恍惚とした表情で声を弾ませている。
少し棚割りを変えたりしているのにも関わらず、あの動き、スピード、料理の仕上がり、流石である。
「あぁ!このままどんどん売り上げてやるぜ!!」
「ふふ、何だかあたし、凄くハイな気分だわ!!」
一気に押し寄せてきたオーダーを二人で一気に仕上げ、その料理をエイルとカンナが殆ど二人でテキパキとした動きで運んでいる。
そう…エイルとカンナが殆ど二人で、だ――、
リズの奴はと言うとちょこちょこ料理を取りに来る事は来るのだが、動きが全然のろく、更にリズ目当てで来た客とずっと立ち話などしているのだ。
「リズちゃ〜ん!!今日も可愛いよぉ!!」
「前菜にスマイル下さいぃ!!」
ファンと化した客達のラブコールに答え、
「えっへへ、しゃーないなー」
リズは完全にオーダーを取る事も、料理を運ぶ事も忘れファンサービスに夢中になっている。
「きゃぴ?」
リズは意味不明な擬音を発しながら、腹立つくらいのぶりっ子スマイルを浮かべる、
「ぐはぁあ!!?」
「生きてて良かったですぅうう!!!」
そんなリズの笑顔を見て、
ファンの客達は身体を震わせ悶えていた。
「…………あいつ」
完全にエイルとカンナに仕事の負担がいっているのに、あいつはそれに気付いてすらいない。
「せっ…先輩!!これ、どうしましょう!?」
しかし、問題児は客席側にいるあいつだけでは無かった。
洗い場担当のバーナードから洗い終わったフライパンを何処に片付ければいいかと、本日計23回目の同じ質問を受け、
「いや、だから…俺とマルコが立ってるこの上だっつってんだろ!?」
最初こそ優しく教えていたが、
流石に同じ質問を23回もしてくるとなると俺の口調もキツくなってしまっていた。
「う、うっす!!!」
彼は慌てた様子で俺の元まで駆け寄り、
調理中の俺を押し除けるように無理矢理身体を割り込ませ、洗い終わったフライパンを上の収納スペースに引っ掛け始めた。
「ちょ、お前っ!?」
ガタイの良いバーナードとは体格差で敵わず、
ドンッと肩をぶつけられただけで俺の身体は軽く吹き飛ばされてしまった。
「う、うっす……あ、すんません!!」
咄嗟にフライパンを掴んでいた手を離した為、
調理中の料理は無事だったが、
無人となり放置された料理は、強火の状態でバチバチと加熱し続けるフライパンの上で焦げそうになっていた。
完全に尻餅をついた状態から、起き上がり、
「あ…あ、あのっ…」
「大丈夫だから…ほら、持ち場に戻れ」
大量の冷や汗をかきだしたバーナードには出来るだけ優しい口調になるよう意識して語り掛け、ポンと背中を叩く。
「う、うっす!!!」
バーナードは、再び慌てた様子で持ち場である洗い場に戻り多量に溜まっている皿を洗い出した。
「ちょっと…カトーさん、大丈夫なの?」
横目でそれを見ていたマルコが心配そうに尋ねてくる。
「あぁ、大丈夫だ」
何とか料理も焦げる前に持ち直す事ができたが、
本当にバーナードの奴のポンコツ具合が半端なかった。
吹き飛ばされた時は正直イラッとしたが、
バーナードの青ざめた顔を見たら少し冷静になれた部分もあり、これ以上彼を注意してもただの八つ当たりにしかならないと咄嗟に判断したのだった。
実際に一緒にキッチンに入ってみて分かったが、
バーナードは典型的な仕事出来ない奴そのものだった。
言われた事しかやらない、
仕事そのものの意味をいつまで経っても理解できない、
同じ作業を繰り返し行なっても、効率の事など考えたりもしない、
普通に初日だから、仕方ないと思う人もいると思うが何人、何十人と採用し教育し続けてきた俺のファミレス店長としての勘が、アイツはそのタイプだと告げていたのだ。
バーナードみたいなタイプには怒る事は逆効果だ、
余計にパニックになり、元々のポテンシャルを更に下回る作業能力しか発揮出来なくなる。
このタイプには、いちいち一つ一つ細かい作業まで教えていかないとダメなのだ。
イライラして注意したとしても、ただの八つ当たりにしかならない。
さっきのアクシデントで遅れた作業を必死に巻き返すようにがむしゃらに動き、横目でリズとバーナードをチラッと見る。
「えっへへ〜、もしかして遂にオイラの黄金時代が来ちゃったかな?来ちゃったのかな?」
客席でいつまでも客と絡んでばっかりのリズ、
その間、エイルとカンナが必死に動き回っている。
「せっ、先輩!!…これどうしましょう!!?」
洗い場からは再び洗い終わったフライパンを掴んで、
片付ける場所を教えて下さいと必死に尋ねてくるバーナード。
「はぁ…」
ため息を一つ吐いた後、
「………マルコ、今日仕事終わったらちょっといいか?」
俺は今日の仕事終了後に緊急ミーティングを開く決意をしたのだった。




