43話.明日
「……エイルちゃん…凄く辛い事があったみたいでね……それこそ、カトーさんの隣の部屋で引き篭もっているわ」
――あぁ、よかった。
おじちゃんの言葉を聞いて最初に思ったのは、
エイルが無事だった事の安心感だった。
さっきのおじちゃんの表情を見て、
もしかしたらって、良くない想像をしちゃったから尚更だ。
「………ありがと」
一体エイルに何があったか分からない。
でも、カトーさんさえ起きてくれたらきっと大丈夫、
カトーさんがいれば全部きっとうまくいく、
エイルだって絶対すぐに元気になる。
そしたら、早くこの宿を出よう、
そしてこの街にクロード達がいないんなら、
この街からも早く出よう、
そしてまた三人で、今までみたいな旅を続けるんだ。
そう思えば、
何故か凄く心は晴れやかな気持ちになり、
まだ来ない明日が楽しみになってくる自分がいた。
「……言い訳にしか聞こえないと思うけれど」
再び階段を上ろうとするボクに、
突然おじちゃんが話し掛けてきた。
「………これだけは、リズちゃんに聞いてほしくて…」
そしておじちゃんは少し暗い顔をしながら、
ポツリとポツリと本題を語り出す。
「……カンナの事なんだけど…」
また、カンナか。
正直今一番聞きたくない名前なのに、
「……あの子、まだ小さい頃に両親を亡くしていてね…事故みたいなもんだったんだけど」
だから?
だから何?
そんな事ボクには関係ないし、
お父さんお母さん死んでたから、
突然ボクの気持ち分かるとか言い出したの?
そんな事を言う為だけに、
この人ボクを呼び止めたのかな?
だとしたら凄く迷惑なんだけど。
「……今は廃墟みたいになってる街あるでしょ?前はあの街の部分が凄く栄えてて大都市アトンの中心部分だったの」
だから?
「……前にそこでね?…突然ダークエルフ達に乗り込まれ、凄い争いが起きたの…街の中で」
だから何?
ボクには関係ないじゃん、
「……カンナもその両親も、当時その街で暮らしていてね」
何だよ、何だよ、何だよ、
だから何だよ、
うざい、うざい、凄くうざい、
「……人とダークエルフの戦いに巻き込まれて、あの子の両親はそこで亡くなったの…」
もういいよ、
聞きたくないよそんな話、
「…最初はあなたがダークハーフエルフだって知った時はカンナも戸惑ったと思うの…」
心が、凄くざわざわする。
「……でもね、あなたのあの時の泣き叫んでた言葉を聞いて……カンナはやっぱり、あなたと仲良くしたいって…謝りたいって……泣きながらあたしの所に来たわ」
頭ではこの人の言葉が理解できているのに、
心がそれを受け止めたくないって言っている。
「……あたしの事は、ずっと嫌いのままでいい。……でも、もしまだチャンスがあるなら…カンナの事、あの子の事だけでも許してあげてほしい」
そんな事言われたって、
そんな事言われたってさ、
「……あの時カンナと出会って仲良くなって…ボクだって嬉しかったんだよ…?」
だって、ボクはこんなんだし、
今まで同性の子達からは凄く嫌われてたし、
「初めて女の子の友達ができたって思ったのに……嬉しかったのに……なのにさ、あの時カンナに拒絶されてさ…… ボクがどれだけショックだったか分かる?」
それを今更無かった事になんか出来ない、
そんな大人になんかなれないよ、
だって、もし無かった事にしたら、
このやりきれないもやもやはどうしたらいいの?
どこにぶつけたらいいの?
「……ごめん……本当にごめんね…リズちゃん」
突然背後からカンナが現れた。
「……でも、リズちゃんの言う通りだよね……今更悪かったって……後悔してるって言ったって……それで済む話じゃないよね…」
さっきのボクの言葉を聞いていた彼女は、
ポロポロと大粒の涙を溢しながら、申し訳なさそうに呟く。
でもそんなカンナの涙を見たら、
凄く胸が痛くなって、
凄く心が騒ついた。
「…………なら、もう話は終わり…」
ボクは無理矢理話を終わらせて、
階段を登ろうと一歩足を踏み出す。
「……リズちゃんがダークハーフエルフだって分かって……頭の中真っ白になって……」
それでもカンナは泣きながらボクに必死に語り掛けてくる、
「……最初は凄く戸惑ったけど……リズちゃんの言葉を聞いて……本当に色々考えて……やっぱり、リズちゃんはリズちゃんだって……それに気付くのが遅くて…」
ボクはそんなカンナの言葉を無視したまま、
ゆっくりと階段を上っていく、
「……本当にごめんっ……でも、でもねっ?……やっぱり私はリズちゃんが好きだよ!!……また、仲良くしたいよっ!!」
カンナの声は次第に大きくなり、
そんな彼女の言葉を聞くたびに、
心と頭がぐちゃぐちゃになって、
もう、どうしたらいいのか分からずに、
「……リズちゃん!!!」
ボクまでつられて涙が溢れてきてしまった。
「……分かんないよ………もう、分かんない……」
階段の途中でしゃがみ込み、
溢れてくる涙を必死に拭う。
「……ボクだって……ボクだって本当は…まだカンナの事好きだよ……でも、やっぱり許せないって気持ちもあって……どうしたらいいか分かんないんだよ……」
カンナの事許したい気持ちと、
カンナの事許したくない気持ちがぐちゃぐちゃになってて、
本当に自分がどうしたいのか分からなくなっていた。
「……リズちゃん」
カンナが階段を上ってくる足音が聞こえる。
「……本当にごめん…」
そしてカンナは階段の途中でしゃがみ込んでいるボクの横に座り、
「…あの時、リズちゃんの味方でいれなくて…」
泣きながら、泣いているボクをギュッと抱き締めてくる。
「…あの時、助けてあげられなくて…本当にごめんね……」
そんなカンナの言葉で、
心にひかかっていた、モヤモヤした何かが取れた気がした。
「……だから……今更…何だよぉ……もぉ……」
でも、ボクはこんなんだから、
ボクに拒絶されながらも、
それでも真っ直ぐにボクに向き合ってきてくれるカンナに、
中々素直になれないでいたんだ。
◇
一頻り泣いた後、
例の気持ち悪いおじちゃんが笑いながら、
「今晩はみんなで、御馳走を食べましょう」
いつの間にそんな料理を作ったの?と思うくらいの大皿の料理を持って見せてきた。
朝早くにカンナが運んできてくれたご飯は食べてたんだけど、それを見たら急にお腹が空いてきて、
「マルコの料理、本当に美味しいんだよ」
そんなボクを見越していたのか、
カンナは鼻をすすりながらも笑顔でそう呟いた。
「カトーさんもきっともう起きてくるはずよ。リズちゃん、先にエイルちゃんを呼んで来てもらってもいいかしら?」
ボクの頭の中で、カトーさんやエイルも一緒にみんなでこの美味しそうな料理を食べる場面が浮かんだ。
なんか凄く楽しそうで、
料理も凄く美味しそうで、
いつの間にか、意地を張る事も忘れている自分がいた。
「……カンナ、一緒に行こう…?」
ボクはその場で立ち上がり、カンナに手を伸ばす。
そんなボクの手を見つめ、
カンナは凄く嬉しそうな笑顔で、
「うんっ!!」
ボクの手を握るのだった。




