41話.約束
俺は直ぐにリズの足からアルフォードの手を引き剥がし、
――ゴン!!!
奴の顔面に、神の脚を発動させた容赦ない蹴りを入れる。
鬼の形相のまま、アルフォードは水の底に沈んでいった。
奴にはもう意識何てなかった、
ほぼ本能でリズの足にしがみ付いていたんだろう、
そう考えるとアルフォードのリズに対する執着心に異常なほどの狂気を感じた。
「ぷはっ……もう、大丈夫だ」
水面に顔を出し、
壁にしがみ付いたまま怯えているリズに語り掛ける。
「……な、何だった…?」
彼女が足にしがみ付いていた正体について尋ねてくるが、
「いや……何か流れてきた物が足に引っ掛かって重りになってただけだ」
青ざめた様子の彼女をこれ以上怖がらせないように、
さっきの正体は伏せておく事にした。
「……そ、そっか……」
「…それより、マジでここを脱出するぞ」
「……脱出するって…でも、どうやっ……わっ!?」
俺は壁にしがみ付いているリズの背中にそのまま背後から自分の身体を重ね、左腕でしっかりとリズの身体を支え、固定する。
神の脚を発動させてからは脚だけで余裕で立ち泳ぎができる状態になり、おかげで両手を好きなように使えていた。
「……な、な、何っ!?」
突然の俺の行動に、慌てた様子で悲鳴にも近い声をあげるリズ、
「こっち側向け」
「…なっ……何で…?」
「いいから」
しかし、至って真剣な俺の口調に根負けしてしまい、
彼女は大人しく、俺の指示に従った。
「…こ、これで……いいの…?」
完全に俺と顔が向き合う状態になったリズが、
気まずそうな顔で、チラチラとコチラを見てくる。
「あぁ、今からここを突破する。絶対に離れるなよ?」
真剣な俺の雰囲気に何かを察した彼女は、力一杯に頷き、
「……わ、分かった…」
ギュッと、必死に俺にしがみ付いてくる。
「……よし」
――やるぞ。
今からこの神の腕を使い、壁をぶち壊していき、
そのまま外まで脱出する。
俺は右腕にもう一度力を込めて、
神の腕を発動させる。
そしてそのまま右拳を使い、
「うおおおおおおお!!!」
おもいっきり壁を殴り付ける。
――ドォオオオオオオオオオン!!!
地鳴りにも似た激しい音が響き、
壁がバラバラに砕け目の前に数十メートルくらいのスペースができる。
いける、この調子でいけば、
その内どこか通路や出口に繋がる筈だ。
「…す、凄い……」
横目で後方をチラッと確認したリズが驚いている。
「まだまだ行くぞ!!!」
「…う、うんっ!!」
必死にしがみ付いてくるリズを抱えながら、
俺は再び同じ壁目掛けて、右拳を叩き付けた。
◇
短くも長くも感じた時間が過ぎた。
必死にリズを抱え、無我夢中で壁をぶち壊し続け、
気が付いたら俺達は外に出て来ていた。
「……はぁ……はぁ……」
息が上がり、頭に酸素が回っておらず意識がボーッとしている。
「……外だっ……ボク達、外に出てこれたよ!!」
そんなリズの言葉が、俺の耳元で響く。
「…あぁ………そうだな……」
周りを見渡せば、何処かで見た廃墟の街が広がっており、
俺達はその街が噴出する滝のような噴水と繋がっている川の中に辿り着いていた。
「……はぁ……はぁ……」
夜風がひんやりと気持ちいい、
いつの間にか、すっかりと夜になっており、
上空は満天の星空だった。
「……星……すげーな……」
「え?」
俺の言葉にリズも空を見上げる、
「……本当だ…」
そして、再び俺の耳元でボソリと呟いた。
「……つか、そろそろ離れろよ」
抱き付いたままのリズを離そうとすると、
「…やっ……やだ…」
更に俺に抱き付く両手にギュッと力を入れて、必死にしがみ付いてくる、
「……この川……深いんだって……まだ、一人で泳げるか…分かんないから……怖い…」
そして、最もらしい言い訳を並べてきた。
「……なら、もう少しだけな…」
「……うん…」
とは言ったものの、あまりにも密着した状況が続くとコチラも気まずくなるのは事実で、
さっきは状況が状況だったので、今とは全然違う訳で、
しかも、リズはそれっきり何も喋らなくなってしまった。
この話題を振るタイミングかどうか分からなかったが、
どっちにしろ、ちゃんと言葉にしておこうと思っていた事を、この際俺はリズに伝える事にした。
「…リズ、ちょっといいか?」
突然話を切り出そうとする俺に、
リズはキョトンとした顔で、下から見上げてくる。
「……何?」
「…昨夜は、悪かった」
「……え?」
俺の言葉にもの凄く驚いた顔をしたリズは、
「…もう、二度とあんな事しない。俺が間違ってた」
「…………………」
暫く黙り込んだ後に、
「…何で………何でっ……そんな事言うのっ…」
突然声を震わせて泣き出してしまった。
「いや、何でって……俺なりに考えて、やっぱり昨夜のは余計なお節介だったなって思って」
「そうじゃなくてっ………もう……そっ……そうじゃなくてっ……」
そうじゃないって、何がだよ。
正直何で突然泣き出したのか理解が追い付かない俺は、彼女の言葉を待った。
「……カトーさんは……ボクの事…嫌いになったんでしょ?……なのにさっ……何で助けになんか来てくれたの?……何でそんな、俺が悪いなんて言うの?」
彼女はポロポロと大粒の涙を流しながら、
必死に、真剣に訴え掛けてくる。
「嫌いに何てなってねーよ」
「…うっ…嘘だよぉ……絶対嘘だぁ!!」
「は?お前何言って…」
「どーせ、明日にでもっ……ボクの元から居なくなろうって思ってるんでしょ!?」
感情剥き出しに、リズが声を荒げる。
「…絶対そうだよっ……絶対そう……」
そして涙で顔をくしゃくしゃにさせた彼女は、
「……みんな……ボクに嫌気がさして……居なくなるんだ…カトーさんだって…カトーさんだってぇ……一緒なんだぁ……うぅ……うぅぅ……」
駄々をこねる子供みたいに、
本当にみっともなく泣き喚いた。
そんなリズを見て、彼女の言葉を聞いて、
今コイツが何を思って、何を恐れて、何が悲しくて、
こうやってガキみたいに泣いているのか、
なんとなく分かってしまった。
「…ったく、お前は本当に面倒くせー奴だな」
昨夜、俺と言い合いして、
喧嘩別れみたいになって、
コンテストでも、会場中から罵られて、
地下オークションで酷い目にあって、
もう完全に自分の中で全てネガティブに考えてしまっていたんだろう。
「…ほらぁ……ほらっ…やっぱそうじゃんかぁああ…」
「あのな…?」
俺がクロードのように、
他の奴等みたいに、
あのままリズの元を去ると思っていたんだ、コイツは。
「…ボクの事が嫌いならっ……もう、優しくしないでよっ……もう嫌だよっ……もう嫌だぁああ」
ジャバジャバと音を立て、暴れるリズ、
「おい、危ねぇだろっ!!」
俺はそんな彼女を強く抱き締め、動きを制する。
「…も、もう離してよっ……」
「まだ一人で泳げるか、不安なんだろ?」
「……そ……そうだけどぉ……もう…いいんだよ…もう…」
力無くも、それでもいじけた事を散々言い続けるリズ、
「ほんっとお前はガキだよな」
「…そうだよっ……ボクはガキだよっ……だから、嫌いならカトーさんもっ」
「嫌いじゃねーよ」
俺はリズに、彼女に伝わるように言葉を述べる。
「いつも言ってんだろ?コッチはお前がそんな奴だって分かった上で一緒に旅してるんだろうが?…それを今更、面倒臭いからって、喧嘩したからって、いちいち嫌いになるかよ」
「……うぅ……ひっく……うぅ……」
そんな俺の言葉が伝わったか、伝わってないのか、
リズは相変わらず泣いてばっかりで、
そんな彼女を見てると、
本当に今日一日が彼女にとって辛く長いものだったんだと、
柄にもなく、リズに感情移入している自分がいた。
肩を震わせて泣きじゃくる彼女の頭にポンと手を置き、
「……でも、そうだよな。怖かったよな」
俺はそのまま、
泣きじゃくる子供をあやすみたいに、
「…不安だったよな」
彼女の頭を優しく撫でる。
「……ひっく……うぅ……うわぁあああああん」
「…でも、本当によく頑張ったよお前は」
コンテストの時も、本当にコイツは一人で頑張った。
全員から否定される環境で、
無駄だと分かってても、
それでも自分の意見を言う事は、
なかなか簡単にできる事ではない。
――ユラっと、突如緑色の淡い光が俺の視界を横切る。
周りを見渡すと、
さっき見た緑色の淡い光が、凄い量で、辺りを浮遊していた。
「……すげーな」
幻想的な光景に見入ってしまい、
思わずボソリと呟く。
「…うぅぅ……ひっく……うぅぅ…」
それに全く気付かずに、
俺にしがみ付くように泣きじゃくる彼女。
「ほら、リズ…見てみろって」
軽くポンポンと彼女の頭を叩き、
周りを見ろと呼び掛ける。
「……ひっく……な、何がだよぉ……うぅ….」
リズは肩をひくつかせながら、
ゆっくりと辺りを見渡す。
「……あっ……」
彼女は、浮遊する緑色の淡い光を見て、
「……幻光虫……」
ボソリとその光の正体の名を呟いた。
幻光虫。
異世界に生息する蛍のようなものかも知れない、
「……カンナの言ってた事……本当…だったんだ…」
それに蛍にしても、
現代ではもうこんな量を見る事は出来ないだろう、
異世界だからこその、幻想的な空間に違いなかった。
「な、すげーだろ?」
「……うん……凄く……綺麗だ……あっ」
涙を必死に拭うリズの腕に、
スッと一匹の幻光虫が止まる。
その緑色の淡い光に薄らと照らされるリズの顔を見つめ、
「これから先も、お前が何処に連れ去られようと俺は何度でもお前を助けにいく」
俺はもう一度、今度はもっとハッキリと言葉にして自分の気持ちを伝える。
「だからもう…そんなに泣くなよ」
幻光虫が止まった事でそのまま腕を動かせないでいるリズの代わりに、俺は彼女の涙を拭う、
「お前との旅が終わるまでは、俺は絶対に何処にも行かねぇよ」
そして出来るだけ優しく笑って見せる。
「俺はお前の仲間だからな」
しかし、泣き止ませようと思って言ったつもりの言葉は、
「……うぅ……うぅぅ……」
逆効果で、
リズは何故か再び泣き出してしまった。
「お、おいっ……だから泣くなって」
「だってぇ……ひっく……うぅぅ…だってぇええ」
リズが肩をひくつかせ泣く事で、
ビックリした幻光虫が、彼女の腕からパッと飛び立っていった。
まさか、更に泣くとは思っていなかったので、
正直あたふたとしてしまい、
物で機嫌取りをする訳ではないのだが、
俺は例のオモチャのティアラを取り出す。
「あの約束覚えてるか?」
「…うぅ…ひっく…なっ…何の約束だよぉ…?」
「コンテストでお前が一位を取ったら、土下座するって約束」
「……うん……覚えてる……けどぉ……ひっく……」
リズは正体がバレて一位を剥奪されてしまったが、
公平な審査だったら、正直コイツが一位だった。
「コンテストで一位はダメになっちまったけど。俺はお前が一位だったって思ってる」
リズの頭の上にポンと、オモチャのティアラをかぶせる。
「土下座の代わりに、これで許してくれねぇか?」
「……うぅ……な、何がっ…?」
リズは頭の上に乗せられたティアラを手に取り、
「……あっ……」
それをまじまじと見つめる。
「……こ、これっ……」
リズはそのオモチャのティアラを握ったまま、
「……いいの…?」
震える声で呟き、
「…ボクが…貰っても……い、いいのっ…?」
ポロポロと溢れる大粒の涙を必死に拭いながら、
再度俺に尋ねてくる。
「あぁ、あんま良い代物でもないみたいだけど…そこは勘弁してくれ」
「…これでいい」
リズはそのティアラを頭にかぶり、
「…これがいい」
泣きながらもニッコリと微笑んだ。
――あぁ。
やっぱ、ティアラ似合ってるじゃねーか、
思った通りだった。
「……あのねっ……ボクも…あれから色々考えてね……」
リズが下から俺の顔を見上げてくる、
「……まだ……本当は心の準備…出来てない…けど…」
泣き腫らした目で、潤んだ瞳で、
真っ直ぐに俺を見つめる。
「……でも………カトーさんだったら……いいよ…?」
そして彼女は瞳を閉じ、
恥ずかしそうに顎を少し上げる。
――ユラっと淡い緑の光達が、そんな彼女の周りを浮遊する。
凄く幻想的な光景だとは思うのだが、
その中に居るリズがどうしても違和感しかない、
そもそも彼女は何をしているんだ?
まさかとは、思うが、
これは、あれか?
キス待ちしてんのか?
このタイミングで?
俺に?
「お前…何してんの…?」
その状態でずっと止まっている彼女に、
俺は耐えきれず尋ねてみる。
「……何って……キス……だけど……」
彼女は同じ状態を保ったまま、
俺の質問に答える。
「……いいよ………カトーさん……キスしたかったんでしょ…?」
完全にキス顔のまま、
ふざけた事を言うリズに、
「アホかっ!!」
俺は軽いデコピンで攻撃する。
「あうっ!?」
短い悲鳴を上げ、
リズはデコピンされたおでこをさする、
「…も、もう……何すんだよっ……」
そして、いじけた様子で口を開いてきた。
「誰がお前と、キスしたいって言ったんだよ」
「……え、だってぇ……カトーさん…違うの?」
俺の言葉に彼女は心底驚いたような表情をする。
「違うに決まってんだろ…」
まじで勘弁してくれ、
何処をどう解釈したら、
俺がリズとキスしたがってたって見解になるんだよ。
「……うーん……本当に…?」
少し納得いかないと言わんばかりの表情で、
彼女は再度尋ねてくる。
「ふざけんな、もうそれ返せ」
イラッとした俺は、
彼女からティアラを取り上げようと手を伸ばす。
「…あっ……や、やだっ……」
水中で、バシャバシャと暴れ抵抗するリズ、
「やだじゃねーよ!!いいから返せ!!」
「わっ……分かったから!!……違うって分かったからっ!!」
本気でプレゼント没収しようとする俺の気迫に負け、
「……そ、そのっ……別にボクと、キスしたかった訳じゃ…なかったんでしょ…?」
やっとそこでリズは俺の言葉を受け入れたようだった。
「当たり前だっつーの、まじ…怖いから」
安堵のため息と、軽くツッコミを入れた俺の言葉に彼女は少しムッとする。
「……怖いって何だよ……もう……」
ボソリと小さい声でリズが呟く、
しかし身体が密着しているおかげで、
彼女のその独り言のような声もハッキリと聞こえる訳で、
「…怖いって、そのまんまの意味だけど?」
俺は彼女の言葉に、
苦笑いを浮かべながら答える。
「……それはそれで、酷いよ……」
女性としてのプライドを傷付けられたのか、
彼女は一丁前に悲しそうな顔をする。
まぁ、それでも俺からしたら、
悔しかったらもっと大人になれって話なんだが。
「まぁ…でも、アレだ」
俺は、彼女の頭を軽くポンと叩き、
「そんな…クソガキなお前だからこその良さってのも、確かにあるけどな…」
出来るだけ優しい笑みを浮かべて見せた。
嘘ではなかった、
コンテストでのリズのステージを観て、
あの時、気付けた事でもあった。
コイツのガキっぽい所がなくなって、
もっと大人になったら魅力的になるだろう、
しかし、今のコイツだって、
今のコイツだからこその魅力だって確かにあるんだ。
――ジャバン!!
急に水しぶきを立て、
リズが思いっきり抱き付いてくる。
「…おっ……おい?」
突然の彼女の行動に、驚いてしまい、
「…おい、リズ?」
俺は彼女に呼び掛ける。
しかしリズは俺の身体に回す腕に一段と力を込め、必死に抱き付いてくるだけで全く反応がない。
「……なぁ、どうした?…おい、リズ助?」
頭を軽くペシペシと叩きながら、彼女に呼び掛ける。
「………もう少し……このままじゃ…ダメ…?」
やっと俺の問いに答えた彼女は、
また泣いているのかどうか分からなかったが、
その声は震えていた。
「…駄目じゃねーけど、どうした?」
泣き出した子供をなだめる親みたいに、
俺は彼女の背中をポンポンと優しく叩く。
すると、彼女は力無い声で、
まるで言い訳するみたいに、
「……くっついてないと……溺れたら…怖いもん…」
そんな言葉を呟いた。
それ以上俺は彼女に追及する事をやめ、
「あぁ…そうだったな」
暫くの間、幻光虫が飛び回るこの幻想的な空間の中、
子供みたいに甘えてくる彼女をあやし続けた。




