40話.再会
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
視界の赤が、更に濃くなり、
眼球の奥から尋常じゃないくらいの激痛が走る、
そろそろ神の眼のスキルが限界なのかも知れない。
「……うっ……くぅ……はぁはぁ……」
左手で眼を押さえながら、
俺はアルフォードを殺そうと、
この右手を伸ばす。
「…はぁ……はぁ…はぁ……」
殺す、殺す、コイツを殺してやる、
俺には出来る、俺なら出来る、
ここは異世界、別に法で殺人を裁かれる訳でもない、
それにコイツはそれだけの事をした奴なんだ。
やれ、やれ、今すぐやれ。
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
しかし、あと一歩の所で俺の右手はまるで自分の腕じゃなくなったかのように言う事を聞かなくなり、
「……くっ……」
そこから先に右手を伸ばせずにいた。
早くしないと、もう神の眼のスキルが解けてしまう、
ここで勝負を決めないと、
土壇場でチキンになってる暇はねぇ、
早く、一思いにやれ。
頭ではそう思っているのに、
心でもそう思っている筈なのに、
「……くっ……クソッ……」
身体がどうしても言う事を聞かない。
それでもなんとか、
右腕を震わせながら無理矢理動かす、
あと少し、あと数センチの距離で、
この神の腕でアルフォードに触れる事ができる。
「うぉおおおおおおお!!!」
歯を食いしばり、全身に力を入れ、
アルフォードにトドメを刺す為に、
言う事を聞かなくなった右腕を必死に動かす。
「…駄目よっ……やめなさいカトーさん!!!」
突然後方から、マルコの叫び声が響く、
「殺さなくていいわっ!!……あなたはこっち側に来なくていいっ!!!」
そしてビックリするくらいの絶叫で、
マルコはトドメを刺すなと必死に俺に呼び掛ける。
「……くっ……くそぉ…」
結局、俺はマルコに言われるまでもなく、
アルフォードを殺す事が出来なかった。
全身から力が脱力していき、
次第に俺の視界が赤色から通常の色合いに戻る。
「…う、動くっ……動くぞ!!?」
「…おいっ……今の内に逃げないとやばいですよぉおお!!?」
神の眼の効果が切れ、会場中の人達全ての身体の自由が戻る、
そして、会場内は貴族達が一斉に逃げ惑う事により再び大パニックとなった。
◇
生まれて初めてこんなにも誰かを憎いと思った、
殺してやろうとも思った、
でも、結局、
俺は奴を殺せなかった。
最強な力を手に入れてても、
結局俺は平和な日本から来た一般人で、
直接人の命を奪う覚悟なんて、度胸なんて、
最初から無かったんだ。
現にマルコにやめろと止められた時に、
心のどっかでホッとしている自分に気付いてしまった。
怒りがおさまった訳じゃない、
奴に対しての憎悪がなくなった訳じゃない、
それらの感情は完全に不完全燃焼のままだ。
「カトーさん!!!この部屋やばいわよっ!!?」
突如マルコが、慌てた声で叫ぶ。
「さっき落ちてきた天井の隙間から、水が侵入してくるの!!?」
そのマルコの声に重なるように、
逃げ惑う貴族達の悲鳴や怒声が聞こえる、
「嫌だっ!!……こんな所で死にたくないいいい!!」
「アルフォードはっ!!アルフォードは何を考えているんだっ!!?私達まで殺す気かっ!!?」
そして貴族達は我先と出口に向かい、
「どけっ!!邪魔なんだよっ!!」
「貴様っ!?順番を守れ!!」
完全に出入り口は、人と人でもみくちゃになり、
貴族達はずっと醜い争いを繰り広げている。
「カトーさん!!!」
マルコの声に俺はゆっくりと起き上がる、
「エイルを頼む」
そして、マルコの力量を見込んだ上で俺はエイルの事を彼に託した。
「…分かったわ」
彼は頷き、
直ぐにステータス向上魔法を自身に使う、
「 …でも、あんた達も死ぬんじゃないわよ?」
そしてこの場を立ち去る前に一言呟き、マルコは姿を消した。
「…あぁ」
そんなマルコの背中を見送り、俺はボソリと時間差で答える。
気絶し、ピクリとも動かなくなったアルフォードを最後に冷たく見下ろし、
俺はすぐにリズの元に駆け寄る。
「……なっ………何でっ…?」
リズに付いている鎖を右手で触り、黙々と鎖を溶かし千切る俺にリズが声を掛けてくる。
「……ど……どうして……カトーさん……居るの…?」
彼女の声は震え、途切れ途切れになっており、
まださっきの軽い呼吸困難が完全に治ってないようだった。
――ジャリン。
全ての鎖を外し、自由の身となったリズに、
俺は一言、
「逃げるぞ」
なるべくいつも通りに、平然とした口調で呟く。
それでもリズは、もうだいぶ浸水が進んでいるこの状況にも関わらずキョトンとして、
「…もしかして……夢かな……これ…?」
意味不明な事をボソリと呟く。
「アホかっ」
俺はそんな彼女の頭に軽くチョップを落とす、
「うっ……い、痛ぃ……」
頭を両手で抑えながら、上目遣いで見つめ返してくるリズは、
「……でもっ……夢じゃない……痛い…もん………うぅ……ほっ…本当の…カトーさんだぁ…」
これが現実だと分かった途端に、
「……うぅ……うぅ……うぅぅぅ……うぅ」
唇を震わせ、大粒の涙を流した。
「こわっ……かったよぉ……恐かったよぉ…」
――突然リズが抱き付いてきた。
そして俺の胸元に顔をうずめ、
「…うぅ……恐かったぁ……恐かったんだよぉおおお」
子供みたいにわんわん泣き喚くのだった。
「…もうっ……誰も……助けになんか…きてくれないって……うぅ……おっ……思っててぇ…」
結局コイツには恐い思いさせちまったけど、
「…コンテストでも……みんなに悪く言われてっ……カンナもっ……い、一緒でさっ……うぅ…」
でも、本当に無事で良かった、
間に合って良かった。
「……カトーさんもっ……もうっ……絶対に助けに来てくれないって……うぅ……思ってたからぁ……」
リズとこうして顔を合わせて話をするのは、
昨日ぶりな筈なのに、
もの凄く、久しぶりな気がする。
「……んな訳ねーだろ」
「…だっ……だってぇ……」
俺は左手を使い、リズの頭を優しく撫でる、
「…うっ……カ、カトー…さん?」
彼女は泣き腫らした目で、
下から俺を真っ直ぐに見上げてくる。
俺も、そんな彼女を見つめ、
「…いいから、早くここから出るぞ?」
出来るだけ優しく微笑んで見せた。
◇
会場内を色々探しては見たものの、
もう何処にも逃げれそうな場所は無かった。
「……ここも、無理っぽいな…」
貴族達やマルコが先に出て行った出入り口でさえも、もう完全に水に浸かり切ってしまっている。
もう、そこからの脱出も厳しそうだ。
「……ごっ……ごめん……ボクのせいで…逃げるの遅くなっちゃって…」
「気にすんな」
だいぶ体調が戻ってきた様子のリズだが、
やはり色々あった精神的ショックが後を引き、今も暗い表情をしている。
「これくらいどうって事ねーよ」
とは言ったものの、
ステージ上に戻ってきた俺達の足も水に浸かっている状態で、
このままでは本当に良くない状態だった。
「……何か……方法とか、あるの…?」
ビリビリに破られ超ミニスカート状態になったリズがいちいちスカートを抑えながら、びちゃびちゃと水を蹴るように歩く、
「……あー、まぁな…」
俺はその様子を見つめながら、思考を巡らせる。
まず、神の腕だが。
ステータスでは、一日一回しか使用できないとしか記載されていなかった。
だが、実際は違った。
結局、神の腕は一日一回以上使えて、
更にさっきは実験的に試してみたが、
リズを縛っていた鎖にも、その効果は発動していた。
つまり、神の腕は物や壁にも活用する事ができるって事だ。
つまり出口がないなら作ればいい。
「…あまり……じろじろ見ないでよ……」
気が付くとリズが必死にスカートを抑え、
眼を逸らし、恥ずかしそうに訴え掛けてきた。
「あっ……悪い…」
一言、謝罪したにも関わらず、
リズはまだ何か言いたそうにしている。
「……何だよ?」
「……それとも、さ?……カトーさんも…みんなみたいに…そのっ…」
リズは心底恥ずかしそうに、一瞬躊躇った後に、
「…ここ、見たいの?」
ボソリとアホみたいな事を呟く。
「んな訳あるかよっ」
俺はリズ目掛けて、足で蹴るように水を掛ける、
――バチャッ!
「うわっ!?ちょ、ちょっと!?」
おもいっきり水が掛かったリズは、
「も、もう!!何すんだよ!!」
いつもの調子を取り戻したように、怒ってきた。
「アホな事言うからだろ」
「だっ…だって……昨日の夜、カトーさんがっ……そ、そのっ……」
ムキになった勢いで昨日の夜の話題を振ってしまい、
「……そ、そのっ……何か……そんな感じだった…じゃんか……え、えっと……」
何故か、自分の方が気まずくなってしまっている彼女。
気まずい話題なら、自分から振るなよ、
相変わらず脳内ガキンチョのリズ助だ。
だが、そんなリズを見てたら、
やっと心から安心出来た気がした。
「…ねぇ……聞いてる…?」
――そうだ。
下手したらもう少しで、
あの変態貴族達に、奴隷として売られる所だったんだ。
「…あぁ」
そうなったら、
もうこんな風に、コイツと語り合えるどころか、
昨日の事も、二度と謝る事も出来なかったんだ。
「リズ、昨夜は…その」
悪かった。
そう言おうとした瞬間、
突然浸水の量が、
――ゴオオオオオオオオオオ!!!
轟音と共に多くなった。
「うわっ…うわぁああ!?カトーさん!!?」
大波が彼女をさらい、
「おいっ!リズ!!!」
水の中に飲み込まれていった。
「クソがっ」
既に胸元まできている水の中に潜り、
――ジャプン!
水中でリズを探す。
そんなに遠くまで流されていないはず、
それなのに、リズの姿が全然見当たらなかった。
「ぷはっ……クソッ…」
一旦水面に顔を出し、酸素を肺に入れてから再び水の中に潜る。
最悪だ、もたもたしてる場合じゃなかった、
もっと早く脱出しているべきだった。
神の腕がまだ使えるからと、
どっかで余裕ぶって、
その力に驕っていた証拠だ。
これじゃ、自分が嫌ってた腹立つ異世界転移者となにも変わらないじゃないか。
すかした顔して、心のどっかでは絶対自分の望み通りに物事が進むと思っているクソムカつく奴等と。
今回の件で痛感したじゃないか、
どんなに最強なスキルを持っていようと、
結局俺はただの一般人で、
そのスキルを防がれたら、
スキルがあろうとどうしようも無くなった状況に追い込まれた時は、
何も出来ない、ただ無力な存在だと。
「ぷはっ……リズッ!!」
再び水面に顔を出し彼女の名を呼び掛ける、
「カ、カトーさぁぁぁん!!」
すると少し離れ底が深くなっている位置で、リズは溺れそうになりながらもジタバタと暴れ、必死に水面に顔を出していた。
「…たっ……助けてっ……」
「待ってろ!!!」
直ぐにリズの元まで泳ぎ、辿り着く。
「…なっ……何かがっ……あ、足をっ……引っ張るんだよっ…」
青ざめた表情でリズが足を掴まれると必死に訴え掛けてくる。
――ジャプン!
俺は返事を返す前に、
直ぐに水中に潜り、
リズの足を掴む何かの正体を確認する。
しかし、一瞬目を疑ってしまった、
そこには、鬼の形相で彼女の足を必死に掴むアルフォードの姿があったからだ。




