38話.あの日
カンナに男はそういう事したい生き物なんだって言われて気付いてしまった事がある。
――あの日。
ボクがまだウロボロスのメンバーだった頃、
宿の部屋で休んでいたら、クロードが部屋に入って来て突然キスを迫られた事があった。
ボクはクロードの事が好きだったけど、
その時の彼が、なんていうか凄く恐く感じてしまってボクはキスを拒んだ。
でもボクが嫌だって言うと、彼はすぐにいつもの優しい彼に戻って、
ボクにごめんねって言ってくれたし、
頭も優しく撫でてくれた。
でも、本当に今思うとその次の日からクロードの様子は少しずつおかしくなっていってたんだ。
カンナに言われて気付いてしまった事がある。
それは、ボクがクロードからのキスを拒んだから、
クロードはボクの事が嫌いになっちゃったって事、
だから、突然掌を返すように、
あの日、ダンジョンの奥底でボクを突然パーティーから追放したんだ。
その真実を知った時、ボクはすぐにカトーさんの事を考えてしまった。
何故なら昨日の夜、
ボクはカトーさんからのキスも拒んでしまったんだ。
カンナが言ってた事が本当なら、
カトーさんが本当はボクとキスをしたかったんだったら、
また、あの日のように、
カトーさんもボクの事が嫌いになって、
きっと、ボクの元から居なくなってしまう、
その事が頭からずっと離れなくて、
ステージの上から、カトーさんの姿を見つけてしまった時に、
今までずっとカトーさんがボクの味方で居てくれてた事を思い出して、
そんなカトーさんに、ボクはずっと甘えていたなって気付いてしまった。
ケルヌトの街のダンジョンでボクの正体がバレて、
セバスチャンっておじちゃんに悪く言われた時、
『リズ助は、アホだけど悪い奴じゃない』ってカトーさんが庇ってくれた時凄く嬉しかった。
その日の夜の宿でボクが不安になっちゃってカトーさんに色々言った時も、
『気にするな』って言ってくれて、でもその後に、
『それに、お前の仲間になってねーと。タバコ吸えねーだろうが?』って笑い飛ばしてくれたのも本当は嬉しかったし、凄くその言葉で安心できた。
この街に着いてからも、
宿屋で気持ち悪いおじちゃんに『ハーフだろうがダークエルフなのに変わりない』って悪く言われた時も、
カトーさんはボクを庇ってくれて、
ボクのせいで宿も泊まれなくなったのに、
それでもカトーさんは『お前は悪くねーよ』って言ってくれた。
カトーさんはいつも、本当にいつもボクの味方で居てくれてたんだ。
お父さん死んでから、
ウロボロスを追放されてから、
それから、
それから、ボクはずっと寂しくて、
でも、カトーさんと出会って、
いっぱい口喧嘩もするけど、
そんなカトーさんと一緒に居る時間は本当に落ち着けて、
凄く居心地が良くて、
心がホッとするっていうか、
本当にお父さんと一緒に暮らしてた日々が戻ってきたみたいで、
ボクはカトーさんと一緒に過ごす時間が大好きだったんだって気付いちゃった。
でも、それももう終わりなんだって、
そんな事考えちゃったら、
今までカトーさんと過ごした思い出が頭の中でぐるぐるしてきて、
ステージの上なのにも関わらずボクは子供みたいに泣いてしまった。
それから、
それから、ボクがダークハーフエルフだってバレて、
一位もダメになっちゃって、
カンナも結局他のみんなみたいにボクを拒絶して、
誰もボクの味方をしてくれる人なんか居なくて、
クロードにあの日言われた、
『ダークハーフエルフのお前を対等な仲間にしてやっていたのに』って言われた言葉も思い出して、
会場からもいっぱいボクに対しての悪口が聞こえてきて、
なんかもう凄くイライラしちゃって、
ずっと我慢してた事、
気付いたらステージの上でぶちまけちゃってた。
◇
突然、乱暴に頭を叩かれる痛みで目が覚める、
意識が覚醒したと同時に、
大勢の男の人達の声が聞こえ、
その中で、とても聞き慣れた声も聞こえた。
「やっとお目覚めですね、リズさん」
目を開くと、そこは見た事ない場所で、
ボクはいつの間にかステージの上に居て、
そして横にはボクを冷たい眼差しで見下ろすアルフォードの姿があった。
「…あ…えっと…え!?」
――ジャリ。
身体を動かそうすると、鉄が擦れる音が響いた。
「…ア、アルフォード?……これ、何?」
いつの間にか自分の手足に繋がっている鎖を見つめながらアルフォードに尋ねる。
だけどアルフォードはボクにではなく、
「それでは皆様っ!!最後の目玉商品のお時間がやって参りましたぁあああああ!!」
観客に向かって大声で語り掛ける。
「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
そのアルフォードの声に答えるように、会場の男の人達は凄く嬉しそうな顔で歓声をあげる。
あまりのその迫力に一瞬ビクッとしてしまい、
観客の後ろの方に、凄くデカい気持ち悪い物体があるのにも気付いてしまった。
「大都市アトン、美少女コンテストで一位を取ったと言っても過言ではないダークハーフエルフの彼女をっ!!」
会場も、あの男の人達も、アルフォードも、あまりにも異様な雰囲気が漂っていて、
「今宵!!我がものにしたいと言う方はいらっしゃいますかぁああああ!?」
「「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
一気に心は不安でいっぱいになる。
そしてアルフォードは再びボクの方に振り向き、
別人にしかおもえないような恐い笑顔を浮かべる。
「ひっ!?」
アルフォードの顔を見た途端に背筋がゾクリと寒くなり、おもわず悲鳴を漏らしてしまう。
そしてアルフォードはニタニタ笑いながら、
腰を屈め、ボクのスカートに手を伸ばす。
「…や……やだっ!?」
「このっ……健康的で褐色な肌をっ!!!」
アルフォードは嫌がるボクのスカートを掴み、一気に引き千切る、
「是非、堪能下さいませっ!!!」
そして彼は会場に向け手を広げ見せ、
「それではっ!!最後のオークションを始めましょう!!!」
まるで再びコンテストを始めるかのような口調で叫ぶ。
――パチパチパチパチパチパチパチパチ!!!
スカートが破け、ほぼ下着が見えてしまいそうな丈になった状態のボクをニタニタ笑いながら見つめる男の人達は、薄気味悪い笑顔を浮かべたまま盛大に拍手をしている。
恐い、
凄く恐い。
なんなのこの人達?アルフォードは一体どうしちゃったの?
状況が読み込めず、頭が真っ白なボクに追い討ちをするかのように、アルフォードはボクにだけに聞こえるようなトーンでボソボソと呟く。
「あぁ〜、因みに今からリズさんをあそこのおじさん達に売りますからね〜?喜んで下さい?これからは新しいパパにいっっっっぱい可愛がってもらえますからねぇ?」
それを語る時の彼は、本当に悪魔としか表現できないような不気味で恐ろしい笑顔をしていた。
「…え、え?…それって…どういう意味…?」
彼が言う、ボクを売るっていう言葉の意味が一瞬分からなかった、
ううん、
正直に言うと意味が分からなかった訳じゃない、
彼の言葉が本当に恐ろし過ぎて、心がわざと頭の回転を鈍くし、理解しないように、必死に抵抗していたんだ。
「あそこの亜人の少女をご覧なさい」
どういう意味と尋ねるボクに対し、アルフォードは客席のある位置を指差す。
ボクは恐る恐る彼が指差す方を目を凝らして見る、
「…なっ……に…してる…の?」
そこには、亜人の少女に無理矢理キスをし続けている気持ち悪い中年の男の姿がある、
少女は既に死んだ魚のような瞳をしていて、
抵抗などもせずに、
ニタニタ笑う気持ち悪い中年の男に口内を犯され続けている。
「ん?あれはですねぇ…」
心臓がバクバクと鳴り苦しくなる、
本能がやばい、ここはやばいと叫んでいる。
「これから先のリズさんの姿ですよ」
その言葉に一瞬で血の気が引くのがわかった。
「ほらぁ、見えますかぁ?観客席からリズさんをいやらしい目で見つめる興奮しきった貴族達の姿が?今からリズさんはあの中の誰かに買われてあそこの亜人の少女みたいにたっっっっくさん可愛がられるんですからねぇ?」
アルフォードは更にとどめを刺すかのように、
手を添えて、耳元でヒソヒソと悪魔のような言葉を嬉しそうに囁く。
観客席を見ると、アルフォードの言うように、
ボクの身体を舐め回すように見つめる気持ちの悪い男達と目が合った。
「…いっ」
その男の人達はまるで獣みたいな目付きで、
まるで人間じゃないみたいな表情をしていて、
あまりの恐怖に、
あまりの気持ちの悪さに、
「…いっ…嫌だぁああ……」
身体の震えは止まらなくなり、
「…いっ…嫌だっ…よぉぉ……」
言葉が途切れ途切れになってしまい、
まともに喋れず、息も上手くできなくなってしまった。
「…うぅ…嫌だっ……たっ……助け…てっ……」
涙が止めどなく溢れてくる、
息が苦しい。
「ふふ…もう、誰も助けになんて来ませんよぉ」
アルフォードはそんなボクの耳元で楽しさを押し殺したような声で囁く、
そして、スッと立ち上がり、
再び観客席側に向き直り司会進行するかのような口調で貴族達に語りかける、
「それではっ!!まずは、1000000Gからのスタートですっ!!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
アルフォードの一声で、
会場の興奮は凄い事になって、
ボクを売るオークションが始まってしまった。
そんな中、ねっちょりとした気持ちの悪いキスを永遠とし続けている中年の男と亜人の少女を見て、
これからボクは、この中の誰かに買われて、
あんな風な事をされるんだって思って、
「…う、うぅ……おえっ…」
そんな事を考えたら、
胃液が逆流してくるような吐き気に襲われた。
気分が悪い、
息が苦しい、
心臓がバクバクして痛い、
怖い、恐い、怖い、恐い、凄く恐いよ。
何でボクがこんな目に、
どうしてボクがこんな目に。
お父さん助けて、
お父さん、お父さん、お父さん、お父さん、
「ひっ…く……うぅ……ひっ…く……おとぉ…さん……うぅ……おとぉ……さん……」
何度も心の中でお父さんに助けを求めても、
お父さんは助けになんか来てくれなくて、
アルフォードも、あそこの気持ち悪い貴族達も、
ボクをいくらで買うと、必死に声を張り合って楽しそうにしているこの状況は変わらなくて、
ボクはこのまま、
本当にこのまま、
あの亜人の少女みたいに、
あんな運命を辿るんだなって、
そんな風に諦めて事実を受け入れてしまったら、
ある事に気付いた。
――あぁ、そうか。
何でボクがこんな目に合うのか?
それは、
きっと、ボクがバカだから、
きっと、ボクが自分勝手だったから、
きっと、ボクがダークハーフエルフだから、
きっと、ボクは生まれてきちゃいけない子だったから、
きっと、そうだ。
カトーさんにも嫌われちゃって、
カンナにも嫌われちゃって、
コンテストもダメになって、
みんなに否定されて、
そんなボクの最後は、きっとこんな感じなんだ。




