3話.金がないとかまじでありえないのだが。
リズの言った通りケルヌトの街は凄く大都市って感じでめちゃくちゃ人で賑わっている。
道中あれから何故かモンスターに出会す事はなかったが、やはり慣れない山道を5時間も歩くとMPだけではなく体力も尽きてしまい、俺達はへとへとの状態で宿屋に辿り着いた。
「…しゅ、しゅみません……一部屋、シングルで、お願いしましゅ…」
よぼよぼな婆さんのような喋り方でリズは宿屋の受付嬢にチェックインを申し込んだ。
「か、かしこまりました。お二人様で、一部屋、シングルですね?」
「…は、はい」
「ちょっと待て!」
why?って感じで俺を見つめてくるリズ。
この馬鹿、二人同じ部屋にしようとしてやがる。
「馬鹿かよお前は?普通にシングル、二部屋だろーが?」
「あっ…ですよね?では、お二人様で、二部屋、シングルですね?」
先程は怪訝そうな態度だった受付嬢が、今度はニッコリと営業スマイルで対応してきた。
「あぁ」
受付嬢の言葉に相槌をうった瞬間、血走った目で叫ぶリズ。
「ちょっと待ってーーー!?」
「何だよっ!?」
「カトーさんこそ馬鹿なのっ!?お馬鹿さんなのっ!?…ボク達そんなにお金ないんだよ!?」
「ま、まじで…?」
受付嬢のお姉さんは俺達のグダグダなやり取りにイライラしだしている、中々注文が決まらないお客様相手に接客するストレスは俺も分かる為申し訳ない気持ちになる。
俺達はお姉さんに聞こえないくらいな声のボリュームで作戦会議を行った。
「…お前って…そんな金ないの?」
「…いえしゅ!」
「……なら、まぁ…俺がソファか椅子で寝ればいいのか。…じゃあ、しょうがねーよな……」
「…へ、変な気は起こさないでよね?一応言っとくけどさ…?」
「アホかっ」
「あ痛っ」
リズの頭にチョップを落とす。
「俺がお前みたいなクソガキに欲情なんかするかよ」
「…ふ、ふーん……そーですかい…そーですかい…」
変な気を起こすなと言っておきながら不貞腐れた態度をとる彼女、ガキ扱いされるのもそれはそれで癪なのだろう。
意見が合致した俺達は、あからさまに感じ悪くなってる受付嬢に告げる。
「一部屋、シングルでもいいですかね?」
「あ、はーい、かしこまりましたー、お二人様で、一部屋、シングルですねー?では、100Gになりまーす」
「え、えぇぇぇ!?」
再び絶叫をあげて取り乱すリズ。
「今度は何だよ?」
ため息まじりに青ざめた表情の彼女に尋ねる。すると彼女は、信じられない事実を告げた。
「……お金、足りないっす……」
「はぁ!?」
「あ、はーい。では先程の一部屋、シングル、キャンセルですねー?全然大丈夫でーす、じゃあさっさと出てって下さーい」
淡々と話を進め俺達を追い出そうとする受付嬢はガチギレしていた。
「あ、あのっ…最後に!……この街で、ここより安い宿屋ってあります?」
わらにもすがる思いで、リズはガチギレしている受付嬢に質問する。
中々勇気のある質問だったが、またその質問が受付嬢の逆鱗に触れ、怒りのあまりに彼女は接客モードを完全にやめた、そしてびっくりするくらいの低い声で罵倒してきた。
「……看板読めねーのか?クソガキ!あぁ?ケルヌトで一番安い宿屋って書いてんだろーが!?他にうちより安い宿屋なんてねーわ!クソガキがっ!!二度と来るなっ!!」
「ひぃぃ!?」
リズは半泣きで宿屋を飛び出す。
「ちょ!おいっ!!」
そんなリズに続き俺も外に出た。
◇
結局あの受付嬢の言った通り、この街であそこより安い宿屋はなかった。
早朝から出発したって事もあり幸いまだ昼過ぎくらいではあるのだが、何せ今晩宿屋に泊まる金がない、俺達は今後の方針について話し合う事にした。
「で、どーするよ?これから?」
「まさか…ケルヌトの街の物価が全体的に高いなんて…計算外だったよ…恐るべし…ケルヌト…」
都会に行けばそりゃ物価だって家賃だって宿屋の宿泊料だって上がるだろ。
そんな分かりきっていた事にいつまでもショックを受けているリズに少しイラッとするが、一応大人なのでたまにはグッと堪える事にした。
「…で、どーするよ?これから?」
「えー、どーするって…どうしよ…」
「MPって他に回復する方法ねーのか?」
「あー、一応MP回復用のポーション売ってるけど…」
ポーション?確か飲み薬的な青色のビンみたいな奴だよな?確か?
「じゃあそれ買うか?」
「えー、あれ苦いから絶対に嫌ー」
渋い顔をして舌をべーっと出すリズ。
「…じゃあ今晩はどこか野宿でもするか?ファンタジー世界っぽく」
イライラするのをグッと耐えて、再び提案する。
「えー、野宿は肌に悪いから、冒険中以外は極力したくなーい」
今の発言で何かプツンとキレたような気がしたが俺はその感情を必死に堪える。
「……じゃあ…どうすんだよ?」
自分でもビックリするような低い声でリズに尋ねる。
「んー、どっかにお金落ちてないかなー?なんちってー?あはは」
地面に四つん這いになり、キョロキョロ見渡すリズ、彼女は終始ヘラヘラしている。
「はぁ……つかお前、何でそんな金ねーの?」
「へ?んーとね?……この街に来る前に、珍しい素材を売ってる行商人にあっちゃってさー?またその日が安売りキャンペーン中でさ?行商人曰く、ほんっとにたまたまボクの時だけ、安売りキャンペーン中だったらしくてさ?」
それ毎日安売りキャンペーン中の奴じゃないのか?色々思う事はあったが、最後まで彼女の言葉を聞く。
「で、そこで爆買いしちゃってー、あはは」
なるほど、行商人の話が出た時点で大凡予想は付いていたが、ようは無駄遣いし過ぎたのだ。
「で、今金はいくら残ってんだ?」
「…さ、30Gでしゅ」
さっき街をある程度見て回った時に物価も意識して見てたが、大体野菜一個1Gか2G、現代の日本でいうと『1G』が『100円』程度だろう、なので『30G』という事は所持金『3000円』くらいって事だ。
「MP回復用のポーションいくらだ?」
「へ!?…だ、だいたい…5Gから10Gはするけど…」
「よし、ポーションを買いに行くぞ」
「ひぇー!?それだけは勘弁をっ!!」
涙目でワナワナと震えるリズ。
「んで、今夜は野宿な?」
「やだやだ無理無理!!絶対に嫌だ!!」
彼女は子供のように地団駄を踏み駄々をこねる。
「うっせ、ほらポーション買い行くぞ」
リズの首根っこを掴み、歩き出す。
「もー!ちょっとちょっと!フード脱げるから!もー!!」
◇
MPポーションを買いに向かった俺達だったが、アイテム屋のおばちゃんが申し訳なさそうに告げる。
「申し訳ございません、先程丁度全部在庫が切れてしまいまして……」
「まじか……」
「ふー、セーフ」
タバコがますます遠のき肩を落とす俺とは対照的に満面の笑みで額の汗をふくフリをするリズ。
コイツもコイツでどんだけポーション飲みたくねーんだ?つーか、MPポーション飲みたくない魔法使いってそもそも致命的なんじゃねーのか?ますますリズに対するイラつきが増していくが、それでも何とか貧乏揺すりをして抑える。
「もー、カトーさん?そんなイライラしないのー?生きてりゃ何とかなるなる!ね?」
あー、うぜー、めちゃくちゃうぜー。その笑顔と喋り方がうぜー。
「……はぁ」
俺は店を出た直後、地面に腰をおろし壁に寄り掛かる。
まじで疲れた、そもそもこの街に来るまででヘトヘトになってたのに、そこから更に色々動き回りその全てが無駄足に終わってる、しかもこのリズの相手もかなりのストレスがたまる、もう本当に疲れた、タバコが吸いたい。
「ニコチン切れですか?」
両膝に手をつき、中腰で俺の顔色を伺う彼女。
俺はこめかみを押さえながらテンション低めに呟く。
「あー、そうだな…」
なんか頭も痛くなってきた。
昨日の過重労働の疲れが抜けてないのと、異世界に転移してしまった事のストレスと、その他諸々で俺は完全に疲れ果てていた。
「本当ごめんね?…明日には必ずタバコ作るからさ?」
珍しくリズはしおらしい態度で謝ってきた。
「…まー、俺も金持ってねーからな…しょうがねーよな」
「うん…貧乏って…わびしいね…」
暗い笑顔を浮かべる彼女はどこか遠い目をしている。
異世界に来ても俺は変わらず貧乏だった。
脳裏に、もやしばっかり頬張る弟とのわびしい食事や、給料日に借金の返済で殆ど残っていない通帳残高が過ぎる。
本当にクソみたいな親のせいで俺の人生最悪だったが、それでも、そのおかげとは言いたくないが、俺は逆境に強くなっていた。
「借金ないだけ、ましだけどなっ」
よっこいしょと重い体を起こし立ち上がる。
「カトーさん?」
「しゃーねーな、働くか」
「でも…疲れてるんじゃ…?」
上目遣いで申し訳なさそうに見つめてくるリズ。
「大丈夫だ、ブラック企業の雇われ店長の労働力舐めんなよ」
フンと鼻で笑い、俺はドヤ顔で彼女に言い切った。