36話.一途な想い 後編
「……は、はぁ!?」
僕の突然の告白により、彼女は目を丸くして驚いている。
それもそのはず、
さっきまで僕達は本気で戦い合っていたのだから。
でも、僕はカトーさん達を先に行かせたあの時から、彼女に気持ちを伝えようと決めていたんだ。
「エ、エイル様は馬鹿なんですかぁ!?それか目が悪いんですかぁ!?」
完全に全身の力が抜けた様子の彼女は、
一気に戦闘モードから、いきなり馬鹿な事を言い出す僕を咎める方のモードに移行していた。
「馬鹿じゃないですし、目も悪くありません」
「……じゃ、じゃあ何でそんな事をっ」
理解出来ないといった様子の彼女が僕に尋ね返そうとした時、
彼女はふと、自分の黒く歪で巨大化した左腕に視線を向けた。
「……これが」
そして彼女はゆっくりとその左手を動かし、
「……怖くないんですか?」
僕の頬に触れた。
「最初ビックリはしました、でも怖くないです」
彼女のモンスター化した左手は凄く冷んやりしていて、
「……き、気持ち悪くないんですか?……私の…この身体が?」
「最初ビックリはしました、でも気持ち悪いなんて思わないです」
その冷たさが、そのまま彼女が今まで生きてきた苦しさとか辛さとかで凍ってしまった心の温度なんじゃないかって馬鹿みたいなそんな事を考えてしまって、
「………う、嘘を付かないで下さいっ!!」
「嘘じゃありません!僕は本気で、メルルさんの事が好きなんです!!」
一度口にしたこの想いは、もう止める事ができなかった。
「……い、意味がわからないです……」
彼女は恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、
僕から視線を逸らす、
そして、何度目かになる同じ質問をしてくる。
「………ほ、本当に…ですか?」
「本当です」
「こんな、醜い私の身体見ても…まだ、好きなままでいてくれてるって…事ですか?」
彼女は少し唇を震わせながらボソボソと呟く、
「はい、大好きなままです」
僕はそんな彼女に、笑顔で答える。
「………なんですかっ……なんですかそれ……」
彼女は右腕で顔を隠し、肩をひくつかせる。
「…ほんっとに…馬鹿なんじゃ…ないんですか?」
震える声で、力無い声で、彼女は僕を罵倒する。
「……そうかもしれません」
そう言えばよくカトーさん達にも、馬鹿馬鹿言われていたんだった。
僕はもしかしたら、馬鹿なのかもしれない。
でも、それでも、僕は彼女の事が好きだ、
彼女が人とモンスターとのキメラだとしても、
それでも大好きだ。
「……でも、例え馬鹿だとしても…この気持ちは嘘じゃありません…」
彼女の黒く歪で巨大な左手に、自分の手を添える、
「……エイル様は馬鹿ですっ……本当に頭おかしいですっ」
ドクンドクンと脈をうつ左手は、
まるで彼女のもう一つの心臓のようにも思えた。
◇
彼女は一頻り涙を流した後、
「……奴隷として貴族に売られて、その人に無理矢理こんな身体にされちゃって……」
とても悲しげな瞳で、
当時を思い出すかのように、ボソボソと語り出す。
「…知ってますか?貴族達は趣味で自分達のペットを使って殺し合いをさせる遊びがあるんです。私はそんな地下闘技場で沢山の人や亜人やモンスター達を殺してきました、自分が生き抜く為に…」
貴族、僕の頭の中にさっきの水晶玉に映っていた、
オークション会場に集まる人達が浮かんでくる、
リズさんを愛玩具として落札しようと張り切り大歓声をあげる彼等、
そんな貴族に、彼女も酷い目合わされていた。
僕の中で、貴族達に対する怒りが沸々と沸いてくる。
「……ある日、それが耐えられなくなって…逃げて来たんです。でも、こんな醜い姿になった私は、周囲から化け物と呼ばれ……途中、好きな人も出来たんですけど……その人にもこの姿見られちゃったら、化け物って拒絶されて…」
卑屈に笑う彼女。
「……でもある日、そんな時に…アルフォード様と出会ったんです…」
彼女はアルフォードさんの事を本気で慕っているんだろう、
「…こんな私の姿を見ても、アルフォード様だけは…私を一人の人として扱ってくれたんです…」
彼女が彼の事を語る時の表情で、そうなのだろうと分かった。
「……だから…」
彼女はゆっくりと身体を起こし、
「エイル様が、さっき言ってくれた事…」
泣き腫らした瞼のままで、
ニッコリと僕に微笑みかける。
「嘘でも凄く嬉しかったですよ」
「……え?」
嘘でも嬉しかったと言った彼女の言葉を聞いた瞬間に、嫌な予感がした。
彼女は再び真面目な表情に切り替え、
「私はあの日、アルフォード様に尽くすと誓いました。だから、エイル様には申し訳ないんですけど…」
迷いのない瞳で真っ直ぐに僕を見つめ呟く。
「……やっぱり、ここで死んでもらいます」
彼女は今、ハッキリと僕に向かい、
死んでもらうと言った。
「ほっ……他に何かっ…方法はないんですかっ!?」
無駄だと分かっていた、
「…僕達が戦わないといけない理由なんてないじゃないですかっ!?」
彼女の迷いのない瞳を見た時に、
彼女の一途な想いは、
僕ではなくアルフォードさんに向かっていると痛感してしまったからだ。
「他に方法なんてありませんよ…それに理由もあります」
決意を決めた彼女の口調は先程とは全然違く、
「アルフォード様に、貴方達を始末するように命令されたからです」
低く淡々としたものだった。
「……そ、そんなのって……」
告白すれば全部うまく行くと思っていた訳じゃなかった、
でもさっきのあの瞬間彼女と少しでも分かり合えたような気がしたから、
尚更こうなる展開に頭が真っ白になってしまっていた。
「……覚悟決めて下さいよ、エイル様」
不敵に笑う彼女は、
再び僕に襲い掛かろうと体勢を構える。
「じゃなきゃ直ぐに…」
彼女は地面を蹴り、尋常じゃないスピードで距離を詰めてくる、
「死んじゃいますよぉおおおおおお!?」
そして左腕を大きく振りかぶり、
「……くっ!?」
僕目掛けて殴り掛かってきた。
――ドンッ!!!
両手で盾を持ち構え、彼女の拳を盾で防ぐ。
「あはっ……流石エイル様ぁ、凄くカッコイイですぅ!!!」
彼女は子供みたいにはしゃぎ、
再び左腕を大きく振りかぶる、
「でも、さっきみたいな威勢がなきゃほんっっっっとに死んじゃいますからねぇえええええ!?」
そして、何度も何度も何度も同じモーションで拳を打ち付けてくる。
――ドンッ!!!ドンッ!!!ドンッ!!!
鈍い音が響き、だいぶ擦り凹んだ盾からは何度目かになる煙が出てきている。
「……う、うぅ……くっ!!」
彼女の左拳は回数を重ねるたびに重みをまし、
正直このまま受け止め続ける事が困難に思えてくる程だった。
「……くっそ…」
盾を持つ手が痺れてくる、
彼女の言う通り、このまま踏ん張ってこの攻撃を耐えているだけじゃ絶対にダメだ。
「…だっ……だからぁああ!!」
僕は叫びながら、前方に一歩を踏み出す、
「そうそうそうそうっ!!それですよぉおおおお!!!」
そして彼女の左拳と盾を構えた状態の僕のタックルがぶつかり合う。
――ドンッ!!!!
一段と鈍い音が鳴り響き、
「あははっ」
今の衝撃で体勢を崩した彼女が何故か嬉しそうに笑う、
「…僕はっ!!」
その隙を逃さないと、僕は再び彼女目掛けて突進する。
「メルルさんとは戦いたくありませんってぇえええええええ!!」
「だからぁ〜」
彼女は僕が突進してくるのを待っていたかのように、
「そろそろ覚悟を決めて下さいよエイル様ぁあああああ!!」
直ぐに体勢を立て直し、
そのままカウンターの左ストレートで迎え撃ってくる。
盾を構えたタックルと彼女の左ストレートがぶつかり合った直後、
――バキッ!!?
凄く大きな嫌な音が鳴り響き、
僕の盾は粉々に粉砕してしまった。
「……くっ!?」
「あははっ…勝負あっちゃいましたね?」
勝利を確信した彼女はニヤリと笑い、
「これで、さよならですっ!!」
丸腰の僕に向かい全力で殴り掛かってくる。
遠慮なんて無い、完全に容赦ない彼女の攻撃に対して、
「うおおおおおお!!!」
全身に力を入れながら、
モロに攻撃をくらいに、自ら一歩踏み出す。
――ガンッ!!!
僕の頬に打ち込まれた彼女の左ストレートは、
完全にクリティカルヒットなみの威力だった。
「あははっ……は?」
しかし、僕はそのまま彼女の左腕を掴み、
「…僕はっ!!」
更に前方に向けて一歩前進する、
「…えっ…う、嘘!?」
そして、もう片腕を大きく振りかぶり、
「…し、しまっ!?」
「僕はっ…絶対にっ!!」
反撃をもらうと、両眼をギュッと閉じ身体に力を入れ構える彼女を、力一杯に抱きしめる。
「メルルさんとは戦いませんっ!!!」
「…え、え?」
突然抱き締められた彼女は状況を読み込めずにキョトンと立ち尽くしている。
「…絶対にですよっ!!!」
彼女の気持ちが僕にではなく、
アルフォードさんに向いてたとしても、
「…ちょ、ちょっと…」
それでも、やっぱりこの気持ちは、
彼女に対する気持ちは変わらなかった。
「だ、だからっ……エイル様に戦う気がなくても…私にはあるんですっ!!」
「それでもですっ!!僕は絶対にメルルさんと戦いません!!!」
「は、離して下さい!!」
離れようと暴れる彼女に、
「嫌ですっ!!!」
僕は必死にしがみ付く。
「も、もぉ!!離せっ!!」
彼女は左腕を振りかぶり、
「離せぇえええ!!」
僕の脇腹を殴り付ける。
――ガンッ!!
「絶対にっ!!」
その攻撃に一瞬たりとも怯む事なく、
僕は彼女を抱き締める腕に、更に力を込める。
「離しませんよっ!!!」
「離せっ!!離せってぇええ!!」
――ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!
彼女はそんな僕に何度も何度も何度も攻撃を繰り返す、
「嫌ですっ!!絶対に嫌ですっ!!」
その度に僕は更に強く、力一杯に彼女を抱き締め続ける、
「離せよぉおおおおおおお!!!」
――ガンッ!!!
彼女の放つ渾身の一撃が、
何度も何度も打ち付けてきた僕の脇腹に直撃する。
「絶対に離しません!!!」
しかしスキル、絶対防御を使う今の僕には、
そんな彼女の攻撃は一切通用しなかった。
「…もう、何なんですかぁああああ!?」
彼女は軽くヒステリックに叫びながら、
――ガンッ!!
もう一度僕を殴り付ける。
「…意味分かんないですって…」
――ガンッ!!
次第に彼女は、まるで駄々をこねる子供みたいに、
「…本当に…エイル様は何をしたいんですか…」
――ガンッ!!
半分泣きそうになりながらも、
嫌だ、嫌だと訴えてくる。
「…もぉぉ…離して下さいってぇ…」
――ガンッ!
何度も何度も拳を叩き付けても無駄だと理解した彼女は、
今の一撃を最後に、抵抗するのをやめる。
「……もぉぉ…意味が分かんないですよぉ…」
耳元で聞こえる彼女の声が、少し震えているのが分かった。
「意味が分かんなくたっていいです」
僕はギュッと彼女を抱き締める。
「…嫌だって…言ってるのに……ほんっとキモいです…」
僕の肩に、彼女の頬を伝い流れる滴が落ちてくる。
「キモくたっていいです」
「………」
彼女の罵倒を平然と返す僕に、
とうとう彼女は黙り込んでしまった。
「メルルさんが別に好きな人がいる事は分かってます。でも…やっぱりそれでも、僕はあなたが好きなんです」
勝手に好きになった痛い奴が、
勝手に一人で盛り上がってるだけなのかも知れない、
「だから…メルルさんが僕を殺そうとしようと、何度殴り付けて来ようと、僕は何度だってこうやって同じ事をします」
もしかしたら、彼女は今本当に僕の事を気持ち悪がっているのかも知れない、
「だから…気に入らなければ、まだどうぞ?もっと殴ってもいいですよ?」
カトーさんには童貞の勘違いだなって、鼻で笑われるような事を今しているのかも知れない、
「それでも、僕は絶対に離しませんから!!」
そもそも、僕は彼女を抱き締めて、しがみ付いて、
その先はどうするつもりだったのだろう?
もう、頭の中がぐちゃぐちゃで、
彼女と戦いたくない一心で、
彼女が好きな一心で、
無我夢中だった。
「……もう、いいですっ……もう、殴っても無駄な事は分かりました…」
肩を震わせながら、泣きながら、
でも彼女は少し呆れたように笑う。
「…エイル様…どんだけ頑丈なんですかっ…」
彼女の表情こそ見えないが、
なんとなく彼女が今どんな表情をしているか想像できた。
「防御力は男のロマン、ですからね」
そんなどうでもいいやり取りでさえ、
彼女と今できている事が凄く嬉しく思う。
「……やっぱり、エイル様は頭おかしいですよ…」
「…そうかも知れないですね」
彼女にとってアルフォードさんが一番大事な事は分かってる、
アルフォードさんに敵わない事は分かってる、
「メルルさん?」
でも、それでも、
「………なんですか…?」
僕のこのメルルさんに対する気持ちを、
彼女に知ってて欲しかった、
「大好きです」
ただ、それだけだった。
◇
再び告げた僕の告白により暫くの間沈黙が続いた。
突然彼女が僕の胸を軽く押し、
「…ねぇ…エイル様……」
お互い顔が見える距離感になる、
「…もう一度…言って下さい…」
そして彼女は涙ぐんだ瞳で、僕を真っ直ぐに見つめてくる。
そんな彼女を見た途端、
僕の心臓は鼓動が早くなり、
「好きです」
彼女に対する愛おしさで胸が一杯になる。
「大好きです」
彼女はその言葉に、顔をくしゃくしゃにさせる、
「……でも、やっぱり……エイル様のその言葉……私にはもったいないです……」
そして衣服から鈴のようなものを取り出し、
左手で、取り出したそれをブチっと握り潰した。
突然周囲が激しい光に包まれ、
耳をつんざく程の爆発音が部屋に響き渡った。
◇
「…ケホッ……ケホッ…」
大量の煙の中、爆発が巻き起こった後の部屋を僕は一人で彷徨っていた、
さっきの爆発が起こった後、彼女の姿が見当たらないのだ。
「……ケホッ……メルル…さんっ!!」
服の袖で口を押さえながら、彼女を呼び掛ける、
しかし全く返事が返ってこなかった。
もしかしたら、今の爆発で?
もしかしたら、彼女はもう。
「メ、メルルさんっ!!!」
そんな不安が頭の中で一杯になり、
僕は必死に彼女の名を呼び掛ける。
「メルルさん!!メルルさんっ!!!」
嫌だ、嫌だ、あんな終わり方、
あんな別れ方絶対に嫌だ、
だって、さっきの彼女の言葉に、
僕はまだ返事を返していなかったんだ。
「……ぅ……うぅ………」
「メルルさんっ!?」
微かに聞こえた彼女の声に、
その声がした方に全速力で駆け寄る。
そこには、左腕が完全に吹っ飛び大量の出血を流した彼女の姿があった。
「メルルさんっ!!」
地面に膝をつき、横たわる彼女に寄り添う。
「……あぁ…やっぱり最後の切り札を…使っても……エイル様には…効きませんでしたね…」
力無く笑う彼女、
だいぶ血を流してしまったのか、顔が青白くなっている。
そんな彼女を見た途端、悲しみとやり切れない思いで胸が押し潰されそうになった。
「……何でっ……何で、こんな事っ……」
「……なんでって……だから、言ったじゃないですか……エイル様を殺さないといけないんだって…」
涙を堪えようとすればする程、
僕の意思に逆らうように涙が溢れてくる。
「……馬鹿ですよっ……こんな事してまで…命令に従うなんてっ」
最後までアルフォードさんの命令に従う事を選んだ彼女にじゃない、
平気で死を選んだ彼女に、やり切れない苛立ちを感じる。
「……あはは……怒ってるんです…か?」
彼女はふらふらさせた右手で僕の頬を触る、
「怒ってます……めっちゃ怒ってますよ」
そんな彼女の右手に、僕は自分の手を添える。
「…さっき、その言葉は私にはもったいないって言ってましたよね?」
彼女は返事の代わりにコクリと頷く、
「全然もったいなくなんかないですよ!!アレですか?逆に馬鹿にしてるんですか!?」
「……馬鹿になんか……してないですよ…」
そして力無い笑顔で微笑む。
「じゃあもう一回言いますね?」
僕は彼女の返答を待たずに言葉を続ける。
「僕は本気で、メルルさんが好きです。大好きなんです!!人と、モンスターのキメラだとか、アルフォードさんの事が好きだとか、そんなの関係なく!!僕は本当にメルルさんが大好きなんですっ!!!」
「……嬉しい…」
彼女は目を細め、幸せそうに微笑んだ、
「でも…アルフォード様の事は兄のように慕っているだけ……好きな人って訳じゃ…ないんですよ…」
「…え」
「ふふ…本当に馬鹿ですよね…エイル様って……私だってエイル様の事、本当にいいなって…思ってたんですよ?」
そして彼女はその手を、僕の頬から唇まで滑らせる、
「…最後のわがまま……聞いて下さい……」
瞳を閉じて、軽く唇を突き出す彼女。
「……え、あ…あのっ…」
突然の展開に頭が再び真っ白になる。
「……エイル様…やっぱり……私とじゃ…嫌でしょうか…?」
彼女は目蓋を開き、切なげな瞳で見つめてくる、
「…そ、そういう訳じゃ…」
彼女に見つめられるだけで、
心臓が飛び跳ねそうになり、
僕は恥ずかしさのあまり目を逸らす。
「…やっぱり…こんな化け物となんか…嫌ですよね…」
途切れとぎれの彼女の言葉は、
とても悲しげな声で、
とても儚げで、
「…いやっ…だからっ………その、実は僕…」
だから、正直恥ずかしさしかなかったけど、
僕は胸の内を正直に晒す。
「…キスした事ないから…そのっ……上手に出来るかどうか…」
彼女はそんな僕を笑うでも、馬鹿にするでもなく、
「……エイル…様…最後に思い出…下さい…」
荒い呼吸で、
苦しそうな笑顔のまま、
静かに瞳を閉じる。
「…本当にいいんですよね?」
「……はい……」
彼女は瞳を閉じたまま、
優しく微笑んだ。
「……で、では…」
ドキドキと心臓がうるさいくらい高鳴り、
僕はぎこちない動きで、
彼女の唇に、
「……んっ…」
自分の唇を押し当てた。
「………」
数秒間、彼女の唇に自分の唇を当てていたけど、
この後どうすればいいのか分からなくなり、
再びぎこちない動きで彼女の唇から離れる。
「……んっ………エイル…様……」
彼女は目蓋を開き、
儚げで、幸せそうな笑みを浮かべる。
「…初めての…キス…どう、でした…か?」
キスの感想を聞いてくる彼女に、
僕は上手にリアクションを取れず、
「……うっ……あ、あのっ……そ、そのっ………よ、よ」
テンパリ、言葉も噛みまくってしまう。
いつか見たように、彼女は首を傾げながら、
「……よ?」
唇をよの字にしたまま、僕の言葉を待っている。
しかし、彼女は僕を見つめようとしているのだろうが、
もう全然目の焦点が合ってなかった。
「……よ、良かった……良かった、です…」
止めどなくあふれ溢れる涙を拭いながら、
僕は笑顔で呟く。
「あぁ…エイル…様…」
そんな僕の言葉が聞こえていたのか、いなかったのか、
突然彼女は天井に向かいふらふらと手を伸ばす。
「…何ですか?」
そんな彼女の手を握り、返事を返す。
「……もっと……早く……エイル様に……会いたかったなぁ……」
切なげな声で彼女が呟く、
「…何言ってんですか…?遅くなんてないですって…メルルさんさえよければ、僕はずっと…メルルさんと」
その言葉を最後に、
彼女の手から力が抜けていくのが分かった、
「一緒にっ……一緒にぃ……ずっと一緒にいたかったですよぉ……」
僕の言葉にうんともすんとも言わなくなった彼女は、
「…ねぇ…聞いてるんですか?…」
まるで眠っているかのようで、
「…嫌です………こんなの嫌ですよぉ……起きてくださいよぉ……メルルさん……」
でも、どんなに身体をゆすっても、
彼女が再び目を覚ます事は二度となかった。




