30話.告げ口
リズが何者かに連れ去られたと呟く彼女。
詳しく話を聞こうとする俺達に、
「ここではちょっと…」
彼女はそう呟き、場所を変える事を提案してきた。
◇
適当に人気のない場所に移動した俺達は再度彼女にリズの事を尋ねる。
「で、詳しく聞かせて貰ってもいいか?」
「は、はい…」
しかし彼女は変に挙動不審というか、
さっきからやたらと周囲を気にしている。
「…あ、あのっ……多分ですけど……リズちゃん、奴隷商の人達に誘拐されたんじゃないかって…」
そして彼女は衝撃的な言葉告げる、
恐らく俺の中で一番聞きたくなかった内容だった。
「………何でそう言い切れる?」
彼女に真剣な眼差しを向ける、
極力平然を装っているつもりだが、
『奴隷商に誘拐された』と聞いた時から心は完全に取り乱しそうになっていた。
「…もしかしたらって…噂はあったんです…あの人…でも、やっぱり…本当に…」
何かに怯えるように、今にも泣き出しそうな声で彼女が断片的に喋る、
しかし彼女の言葉はあまりに抽象的で、肝心な部分が欠けている。
「あの人?誰の事言ってんだ!?」
「そ…それはっ……」
再び辺りをキョロキョロと見渡し、
完全に挙動不審の彼女、
「…そ、そのっ…」
「早く言えって!!」
「ひっ!?」
ハッキリと答えない彼女に痺れを切らせ、俺は思わず大声で怒鳴る。
「………つか、お前…」
何処かで彼女を見た気がしていたのだが、
「確か…リズと一緒にコンテストに出てた…二位の?」
リズが最後、彼女の事をカンナと呼び語り掛けていたあの女性だった。
「…ごっ……ごめんなさいっ…ごめんなさいっ…」
それから彼女はひたすら謝罪の言葉を続けるだけで、それがまた俺を余計にイラつかせた。
「いや…だからっ…ごめんじゃなくて、あの人っつーのは誰だって聞いてんだよ!?」
「あの人って誰か…それを教えて欲しいのよね?」
突然、足音と共に何者かの声が聞こえてくる。
俺とエイルはその声の人物に視線を向ける、
「それは、あなた達が一番良く知ってる人物よ?」
「お前はっ……」
その人物が現れた途端に彼女はバッと彼に抱き付く、
「よしよし…あんたも怖かったわよね?もう大丈夫よ、カンナ」
その人物は優しい眼差しで彼女を見つめながら、髪を撫でる。
「久しぶりね、カトーさん」
不適に笑うその人物は、
褐色の肌に、
ツーブロックに刈り上げたサッパリとした短髪、
海外のバンド『クイーン』のフレディーを放出させるようなダンディーな鼻髭を生やした例の宿屋の主人、
あのマルコだった。
「俺達が一番良く知ってる人物って…」
「えぇ、そうね?」
毅然とした態度で頷くマルコ。
そんな彼を見ていると、
『あのマルコと言う男…奴隷商の可能性があります』
アルフォードの例の言葉が頭に過った。
「まさか…お前がっ!?」
まさかこの女性は俺達を人気のない場所に誘い出して、実行犯であるマルコに引き合わせるつもりだったのか?
「………」
完全に黙りを決め込むマルコ。
「おい、何か言えよ?」
だとしたらマルコは何をしにここに来た?
金か?取引きか?
どっちでもいい、とにかくリズが無事ならそれで。
「……カトーさん、あんたちょっと残念だわ」
マルコはため息を吐き、
「結構見る目あるなってあんたの事評価してたのよ?」
少し残念そうに呟く。
だったら何だよ?って話だった。
意味分かんない事をべらべら呟き、なかなか本題に入らないマルコにイラつき、俺は本題を振る。
「あ?知らねーよ…そんな事よりリズは何処にっ」
しかし、マルコは俺が喋り終わる前に、
「本当に馬鹿ね?まだ、あたしが犯人だと思ってるの?」
冷笑し、口を挟む。
「は?…お前じゃないんだったら他に誰が…」
そこまで言って、俺はある事に気付いてしまった、
「ま、まさかっ……」
心臓を鷲掴みされたようにゾクリとた寒気が全身を襲う。
おかしいとは思っていた、
エイルがリズを見失う事はあっても、
アルフォードやスタッフ達がリズを見失う確率はもの凄く少ない筈だ、
もし会場の観客とリズの間にトラブルがあったとしても、
会場からリズが一人で出て行ったとしても、
あの彼女が言うように、何者かにリズが誘拐されたとしても、
あれだけスタッフの数が多い現場なんだ、
少なくともその中の誰かに目撃者が居てもおかしくない筈だ。
人は見たくないものに、
信じたくないものにフタをするものだ、
それは俺も同じだった。
「…アルフォードか?」
その名前を呟く時に自分の声が震えているのが分かった。
「御名答」
マルコは俺の言葉に、ニヤリと笑い頷く。
全身の血の気が引くのが分かった。
まさか、あいつは違うと思っていた、
信じていた。
今までのアルフォードとのやり取りが脳裏に過る。
世の中の差別に対してあんなにも怒っていたあいつが、
人身売買を無くしたいと語っていたあいつが、
数日ではあったが、あんなに一緒に笑い合った仲のあいつが犯人だなんて思いたくなかった。
「嘘ですっ!?」
突如エイルが叫ぶ、
「そ、そんな…まさかっ…アルフォードさんに限ってそんな事っ」
アルフォードを庇うエイル。
正直俺もエイルの言う事に同意したい気持ちではある、
しかし、一度アルフォードを疑い出した俺の頭は冷静に記憶を辿り、彼が、彼こそが犯人だと告げていた。
マルコは淡々と語り出す、
「おそらく…あのダークハーフエルフのお嬢ちゃんオークションにかけられるわよ?ダークハーフエルフは確かにダークエルフと同じような扱いだけど、そもそもダークハーフエルフは希少なのよ」
そして完全に取り乱している俺達に、
トドメを刺すように厳しい現実を突きつける。
「あのコンテストだけどね?おそらくだけど…あのお嬢ちゃんをオークションで売る前の箔付けのようなものね?実質コンテストで一位を取った可愛い可愛いダークハーフエルフなら、普通の奴隷に飽きた変態貴族達が変わり種の愛玩具目的として欲しがるのも目に見えているわ」
オークションにかける?愛玩具目的として?
凄く嫌な単語が並び、頭がクラクラする。
「そのオークションで貴族達に売られたらどうなるんだ…?」
そんな事聞かなくても頭で分かっている筈なのに、
俺は馬鹿みたいに、そんな分かり切った事をマルコに尋ねる。
「き、貴族達の…愛玩具目的って言うのは…?」
口の中がカラカラに乾いている。
マルコから返答があるまでの間、もの凄い気分の悪さに襲われる。
「そんなの決まってるじゃない?愛玩具、性奴隷よ?」
彼からの返答を聞いた途端に、
身の毛がよだつ程の胸クソ悪さが全身を駆け巡る。
「………まじ、かよ」
俺のせいだ、俺のせいだ、完全に俺のせいだ。
何であの時リズを残して外に出てしまったんだ、
こんな、オモチャなんていつでも買えたじゃーかよ。
「くそっ……」
早くあの場所に戻らなければ。
再び会場まで歩みを進めようとする俺をエイルが呼び止める、
「……カトーさん!?どこに行くんですか!?」
「決まってんだろ…アルフォードに会いに行く」
エイルの問いに答え歩き出す俺を、今度はマルコが呼び止める。
「馬鹿ね、あの場所に戻ってももう間抜けの殻よ」
間抜けの殻って。
「じゃあ…どうすりゃいいんだよ!?」
完全に取り乱し余裕を無くしている俺に対して、
「…あたしに任せて頂戴?」
彼はニッコリと笑顔で答えた。
◇
アルフォードが開くオークション会場は、大都市アトン地下の、ある場所で行われているとマルコは語る。
そして、彼がそこまで続く通路を案内してくれる事になった。
大量の噴水を狂ったように噴き出し続けている廃墟の街まで着いた所で、マルコはカンナと呼ぶ彼女の頭を撫でる。
「カンナ、あんたはここまでよ」
「でも…マルコ」
不安そうな瞳でマルコに何かを訴え掛けるカンナ、
「大丈夫よ、あたしを誰だと思ってんのよ?」
優しい口調で、まるで自分の娘に語り掛けるように呟くマルコ。
「…分かった……あのっ……リズちゃんの事、お願いね…?」
少し気まずそうにリズの名を口にするカンナ、
マルコはそんな彼女に笑顔で答える。
「必ず無事に連れ戻すわ。そしたら一緒にあのお嬢ちゃんと仲直りしましょう?」
「う、うん!」
マルコの言葉に彼女は力強く頷くのだった。
◇
「よっこいしょ!」
マルコが地面の一部分を持ち上げ、横にずらす。
すると、そこには地下に続く通路のようなものがあった。
「この地下の通路は、アトンのどの場所までも続いてる便利な通路なのよ」
地下の通路に入り、先頭を進むマルコがこの場所の説明をする、
「あの男の地下オークション会場までバレずに近付くにはこの通路を使うのが一番ね」
マルコはこの通路を完全に熟知しているようで、迷路のようなぐちゃぐちゃな別れ道を一切迷う事なく早足で進んでいる。
「なぁ、一ついいか?」
マルコが同行してからずっと気になっていた事を尋ねてみる、
「何よ?」
「お前、ダークハーフエルフのリズの事をあんなに嫌ってたじゃねーかよ?何で俺達に協力するんだ?」
そう、あの日の夜、確かにマルコは完全にリズを忌み嫌っていた、
それがどうして?何の心変わりだろうと思っていたのだ。
「その事ね…」
マルコは苦笑いを浮かべ、
少し言いづらそうに答える。
「…コンテストで、あのお嬢ちゃんが泣きながら訴えてた言葉を聞いてね…ちょっと、考えを改めたの…今でもダークエルフは嫌いよ?みんな滅びればいいと思ってるわ?……でも」
「…でも?」
「…あたしオネェでしょ?よく偏見で悪く言われるのよ。オネェってだけで、その人の人間性まで勝手に決め付けられて…そんな世の中にうんざりしてたんだけど、あたしもそれと同じ事してたって気付いちゃって……」
マルコは一瞬自傷気味に笑い、
「あたしも本当にまだまだよ…」
そして、再び真剣な表情に切り替える。
「だから、あの子に酷い事言った罪滅ぼしって訳じゃないけど…今回はあんた達の力になる、ただそれだけよ」
「……そうか」
リズのあの主張は、誰にも届いていなかった訳じゃなかった、
少なくともマルコに、そして、おそらくさっきのカンナって子には確かに届いていたんだ。
「……でも、まじで助かる」
再び先頭を進み出すマルコの背中に向かい、俺は感謝の意を示す。
すると、彼は後ろを振り向かずに、
「あのね、カトーさん?オネェってのは基本みんな情に厚いもんなのよ」
明らかにドヤってる口調で答えるのだった。




