2話.元仲間にざまぁしようと目論むクソ魔法使いがまじでありえないのだが。
「ねーねー、お願いだってー!ボクの仲間になってよー!」
「だから嫌だっつーの!!」
あれからずっとこのやり取りを繰り返してる。
俺は貧乏揺すりをしながら、胸ポケットに入れてたタバコを取り出す。
「…あっ……くそっ……さっきので最後だった……」
最悪だ、ここは異世界、そしてさっきのタバコが最後、つまりもう二度と俺はタバコを吸う事ができない。
つんだ、俺の人生完全につんだ。あの会社に新入社員として勤め始めたあの頃だって、厳しい先輩にパワハラ気味にしごかれたあの頃だって、貴方とずっと一緒に居たいと言ってくれたはずの彼女に浮気され、フラれたあの頃だって、借金返済として給料ほとんど持って行かれて、もやしばっか食ってたあの頃だって、タバコがあったから乗り越えてこれたんだ。
俺は地面に膝を突き、タバコの空箱を握り締めながらガックリと項垂れる。
「あー…何かもう…全部どうでもいいわー…」
「ちょ、ちょっとカトー?どしたの?」
ボクっ子が心配そうに声を掛けてくれるが、正直返事を返す事すら面倒くさい。
「もしもーし?カトーさーん?聞こえてますかー?」
ボクっ子は俺の肩をバンバンと叩きながら耳元で喋る。
「もしもーーーし!カトーさーーーん!おーーい!カトーさーーーーーーん!!」
そしてその声は段々叫び声に近くなっていった。
「ちょ、うるせーなっ!?」
「あー!なんだー?聞こえてるじゃーん!早く返事返してよね?もーー!」
あー、まじで疲れるこいつ。
何でこんなにテンション高いんだ?馬鹿なのか?アホなのか?
「あっ……もしかして、タバコってこれ?」
ボクっ子は最後の一本だったタバコの吸殻を拾い、俺に尋ねる。
「…あぁ」
さっき吸い尽くしたタバコの吸殻を見ると、まじで切なくなってくる、どうしよ?その吸殻記念に取っておくべきか?
あまりのショックに冷静な判断が出来なくなっていた頃、彼女はポツリと信じられない言葉を呟いた。
「…解析完了。んーとね?タバコ?それっぽいのならオイラ、作れるよ?」
「…え!?ま、まじで!?」
タバコを作れる?タバコを作ってもらえる!?ムカつくガキだなとしか思ってなかった彼女が急に天使に見えた。
「うん、まじまじ!」
何故か突然自分の事をオイラと呼び一人称設定がグダグダな天使様はニッコリ微笑む。
「解析してみて分かったけどさー、カトーの弱点にもあったニコチン切れのニコチンって何かなって思ってたんだけど、タバコに含まれる成分の事だったんだねー、にゃるほどねー」
す、すげー!あの一瞬でもうそこまで理解できたのか?まぁ、作れるって言い切れる程だからそうなのだろうけど、俺は改めて天使様の評価を改める事にした。
「え、なら作ってく…」
「但し交換条件だよ?」
急にシリアスな表情で、取引を始める天使様。
「…何だよ?」
何だ?金か?高額請求してくるのか?それならそれで、この世界でがむしゃらに働き金を稼ぐだけだ、タバコがもう一度吸えるなら、俺はどんな無茶だってする覚悟だ。
「ボクの仲間になってくれたら…毎日タバコを作ってあげるけど?どうする?」
「あ、じゃあ仲間になるわ」
「え、え?そんなにあっさり!?」
リアクション芸人ばりに二度見をして驚く彼女。
「いや、だってタバコくれるんだろ?」
「あ、あんなに嫌だって言ってたじゃんかっ」
「いやー、タバコには勝てねぇよな…」
「……ステータスを疑うつもりはなかったけど、あの弱点めっちゃガチだったんだね……」
そんなこんなで、俺はボクっ子の仲間になった。
◇
「そういえば自己紹介がまだだったね?」
フードをしっかりと被り直してから彼女は嬉しそうにくるりと回り、人差し指を空に向かい突き上げる。
「ボクの名前はリズ!見ての通りの天才魔法使いさ!」
「へー、すげーじゃん」
どうやらボクっ子は天才魔法使いなようだ。
「そう!ボクすげーんですよ」
まぁ、錬成?とかでタバコを作れるくらいだから本当に彼女は凄い魔法使いなのだろう、そこは疑う事なく素直に信じられる。
「で、お前の仲間になるのはいいんだが何かやる事とかあんのか?」
「よくぞ聞いてくれましたっ!!」
リズはドヤ顔でビシッと俺に指を刺す。
「実はボク仲間から急にパーティーを追放されちってさー酷い目にあわされたんだよねー」
「ほお」
「だから、その元仲間達にざまぁしたくて最強の仲間を探してたのさ」
「ん、悪い…その、ざまぁって何だ?」
リズの言葉は専門用語ばかりでザックリとしか理解できなかったが、ようは仲間に裏切られたって事なのだろう。しかしどうしてもその『ざまぁ』の意味だけが分からなかった。
「あ、ざまぁの意味?だから、その元仲間達に復讐して、ぷークスクス、ざまぁみやがれ!的な意味でのざまぁだけど?」
「あー、なるほどな」
要は復讐が目的な訳か。それにしてもややこしい言い方をする。
「何だよ?その、ざまぁって言葉流行ってんのか?」
「ひぇー!?逆にひぇーだよ!?異世界転移者でも結構この言葉使ってる人も多いくらいメジャーな言葉だよ?カトーも覚えといて損はなし!なし!」
まー、これから異世界で生きていく上でそういった用語を覚えるのは必要な事かも知れない。
出来る事なら今すぐにでも現代に帰りたいが、どうせそれは無理っぽいだろうし。
「あー、あとさっきから他の異世界転移者ってワードが出てるけど、やっぱ俺以外にもこの世界にはそういった奴等がいるのか?」
「いっぱい居るよ?異世界転移者は選ばれた特別な存在!まさに物語の主人公といわれても過言ではないって感じなんだよ?異世界転移者の中には勇者候補として勇者を目指す人もいるし、勇者なんて公式な肩書は要らないけど魔王をサラッと倒そうと目論む人もいるし、はたまた特別な能力を使って王族になる人だって、貴族になる人だって、商売に手を出して世界最高級ランクの店を持つ人だっている、皆んな様々なんだよ、だからカトーだってどんな夢でも叶えられる力を持ってるんだよ?」
「あー…俺そーいうのいいわ」
目をキラキラ輝かせて語るリズの言葉をローテンションで返す。勇者?魔王討伐?王族?貴族?商売人?どれもこれも本当に俺には興味なかった。
「別に生きていけるぐらい最低限の金を稼いで、人並みに生活できたらそれでいいわ」
リズは俺の事を『信じられない』って顔で見る。
「うっそーん……何その無気力感……ま、まぁ…でもボクにとっちゃ、やりたい事がないって方が逆に助かるんだけどさ……でも、流石俺っちはアンチ異世界代表だぜヒャッハー君だね……う、うん…なんていうか、やっぱブレないなーというか……うん……」
彼女は『やっぱ引くわ』といわんばかりの態度を全面的に出してくる。
「別に俺みたいな奴が一人や二人居てもいーだろ、まーお前の仲間になった以上やる事はやるからよ」
「おー!!凄く頼もしい発言!!!」
リズはコロコロと表情を変え今度はパッと笑顔になる。
「それじゃー早速ボク達の拠点になる街に向かに出発進行!!」
両腕両足をブンブンと元気よく振って道を歩くリズ、俺はそいつの首根っこを掴み動きを止めた。
「ちょっと待てーい」
「あっ…ちょ!?」
勢い余って彼女のフードがスッと脱げる。
赤と緑のツートンカラーでおかっぱヘアーという凄く奇抜な髪型が全面的に露わになった。
「も、もうっ!…フードは取らないでよね!」
リズは焦った様子で急いでフードを被り直す。
「え、何だよ?その髪型気にしてんのか?」
「別にっ!そーいうのじゃないし!むしろめっちゃ気に入ってるし!!」
じゃあ何であんなにフード脱げた事を嫌がるんだよ。
「もー別にどうでもいいでしょ?…で、何?ボクに何か用?」
さっきの首根っこを掴んだ件について強気でリズが尋ねてきた、どうやら今ので機嫌を損ねたらしい。
「まずタバコを作ってくれ!街に行くのはそれからだ」
「………」
さっきまでの強気はどこに行ったんだ?といわんばかりに突然黙りを決め込む彼女。
「あ?何だよ?…お前、まさか嘘だったんじゃねーよな?」
「嘘じゃないっす!!断じて嘘じゃないっす!!……あの、ただ今はちょっと…MPが切れてて……」
「MPが切れてる?」
「は、はい…そーなんです…実は、さっきのタバコ解析で…MP使い果たしちゃって…てへっ…」
申し訳なさそうに喋る彼女は最後の最後でお茶目っぽく舌をぺろっと出して笑った。
MPの意味なら俺でも分かった、マジックポイントの略称で、スキルや魔法を使う時にはこのMPを消費するのだ。
MPを使い果たしたのなら、タバコを錬成するスキルも今は使えないという事なのだろう、それは分かる、分かるのだが、さっきコイツがやったテヘペロって仕草が凄く腹立った。
「宿で一休みすればMPも回復すると思いますので…それまで少々お待ち頂けないかと…」
文字通りごまをするように手をすりすりさせながら顔色を伺ってくるリズ、本当にさっきの勢いはどこに行ったのだろう。
「…まー、しょーがねーな」
「でわでわ!気を取り直しまして、街までレッツラゴー!さぁさぁ、行きましょー!」
さっきのテヘペロでイラッとした件とタバコをおあずけされた件ですっかりテンションが低くなった俺の背中を、リズはうざいぐらい元気いっぱいに押して歩き出す。
俺達の目指す街は『ケルヌトの街』領主ケルヌトが治る街で、とにかく栄えていて何をするにしてもこの街が一番やり易いと好評の街らしい。
冒険者、行商人様々な職種が初心者層から上級者層まで集う、とても賑やかな街で、毎年ケルヌトの街に永住する人達も増えているそうだ。
こうして、リズと俺とで彼女が元仲間に『ざまぁ』する為の旅が始まったのだった。