11話.久しぶりの休日が結局潰れてしまうなんてまじでありえないのだが。
「えー!?やだやだやだやだやだ!!絶対にやだっ!!」
「は?わがまま言うな!お前にほいほい金を渡してたら、うちは破産すんだろーが!! だから絶対にダメです!お小遣いは5Gまでです!!」
「でもー!!それでもおこずかいが一日5Gなんてあんまりだよー!!大した物買えないじゃんかー!!」
「それが一番の目的なんだよ!!お前に大した物買わせないように一日5Gなんだっ!!それでも欲しかったらコツコツお小遣いを貯めて買えばいいだろ?」
「カトーさんはボクのお母さんか何かなのっ!?ボクはもう成人しているんだから子供扱いしないでよ!?一日5Gなんか足りないって言ってるの!?増やせ増やせ増やしてよっ!!」
手足をバタバタと暴れさせ駄々を捏ねるリズに対して俺は一歩も引かず、毅然とした態度で諦めろと言い放った。
「どんだけわめこうが絶対にこれだけは譲らないからな。ほら、さっさと出てけ。今日俺は一日中部屋でゆっくりするんだよ!!」
「カトーさんのケチ!鬼!悪魔!死神!べろべろべーっだ!!バーカ!!」
リズ助は思い付くだけの暴言を吐き、お小遣いの5Gを握り締め俺の部屋を飛び出して行った。
そして暴言のチョイスもビックリするぐらいガキだった。
「さてと…」
連日の疲れを癒す為に今日は休日にしようと二人で意見が合致した為、今日一日俺は宿でゆっくりだらだらする事にした。
さっきリズと揉めていたのは、俺が彼女に『これからはお小遣い制にすると』言い出してからだった。5Gは少ないと意見する彼女の言葉に耳を貸さない俺に対し、彼女はぎゃーぎゃー喚き散らしていたのである。
しかし、彼女にほいほいとお金を渡していたら先日の一件のような事になってしまう。それに俺は元々貧乏だった為、金のやりくりはそれなりに自信があった。
現在俺達の所持金は7350G。そして先程リズにお小遣いとして5G渡したのでそれを差し引くと、残り7345G。
「……ふぅ」
俺は部屋の窓を開け、活気あるケルヌトの街を見下ろしながらタバコを吸う。
因みにお小遣い5Gの基準は、俺のタバコを錬成するのに必要な素材を買うのに必要なお金が丁度5Gだったのでそこを基準に合わせた設定だった。俺は正直タバコを一箱吸えれば、昼飯も他の娯楽的な事もまったく必要ないのだ。
それに彼女の目的を果たす為にも、絶対に金は必要だ。復讐する前に2人揃って野垂れ死んでしまったら何の意味もない。金は異世界でも大切なのだ。
◇
コンコン、コンコンとドアを強くノックされる音で目が覚めた。少しベットでゆっくりしていたらいつの間にか数分眠ってしまっていたみたいだ。
寝起きでまだダルさが残る身体を起こし、俺はドアを開けた。
「…はい」
――廊下にはいつのも受付のお姉さんが立っていた。『え?、俺に何か用なのか?』と困惑する俺に彼女は淡々と要件を述べる。
「すみません。単刀直入に言います。人手が足りません、時給はキッチリとお渡ししますので、少しバイトしませんか?」
「…はい?」
バイト?俺が?何の?
言葉の意味が理解出来ていない俺に彼女は言葉を続ける。
「うちの宿は一階でレストランも経営しているんです。今日は団体様の予約もあって私1人だけじゃ手が足りないのですが、バイトに入っていたはずの子が体調不良でこれなくて、結構やばいんです。私と一緒に注文を取って料理を運ぶだけの簡単な仕事です。お泊まりのお客様にこうやってお願いする事自体おかしな事なのは百も承知です、ですがもう他に方法も考えつかなくて…あの、ダメでしょうか?」
最初俺達に塩対応な接客をしてきたとは思えないくらい誠意のこもった瞳で丁寧に頭を下げられる。
せっかくの休日でひたすらぐーたら過ごすつもりだったのだが、ここまで頼まれたらしょうがない。
人手の足りない状態でのピークタイムの悲惨さは身をもって経験している為正直ほっとけなかった。
「…分かった。その代わり金は払えよ?」
◇
2名掛けと4名掛けのテーブルがざっと20席。ぎゅうぎゅうな状態で満席になると52名の客が入れるくらいのホールで大衆レストランって感じの雰囲気だ。
「お父さん、助っ人見つけてきたよ」
ウエイトレスの衣装に着替えた受付嬢が厨房の大男に声を掛ける。
「おお!でかしたぞ!カレン!!」
口の端を上げ豪快に笑うその大男が彼女のお父さんのようだ、そして彼の衣装を見る限り彼がこのレストランのシェフなのだろう。
「もうすぐオープンすっから、ほれ!これに着替えててくれ」
シェフにウエイトレス用の衣装を渡される。
まさか異世界にまで来てもレストランで働く事になるとは思いもしなかった。
「ほんと無理言っちゃってわりーな?バイト代はきっちり払うからよ!」
「いえ。こんな時はお互い様ですよ」
「く〜!あんたまだ若いのに嬉しい事言ってくれんね〜!」
俺の言葉に気を良くしたシェフはオーバーなリアクションで喜ぶ。
「オーダー取るときは必ずメニューを復唱して繰り返してね?オーダーミスが一番困るから、それから料理は待ちきれるだけ持つ事、無理していっぱい持ってお客様にぶっかけちゃったら本当に大変な事になるから…それと」
父親にカレンと呼ばれていた受付嬢は捲し立てるようにウエイトレスの注意事項を親切に教えてくれている。しかし、どれもこれも元飲食店店長をしていた俺にとっては分かりきった内容ばかりだった。
「分かった、多分大丈夫だ」
「…ほ、本当に?では、何か分からない事があればその都度聞いて下さい」
◇
オープン時間になり数分後で、もうホールは満席状態になっていた。
通常営業と予約が重なり料理を作るのにかなりの時間が掛かってしまい、お客様からポツポツと『まだなの?』『早くしてよね!?』などといった催促がきている。
シェフは必死に料理を作り、慌てた様子で俺を呼び止める。
「すまん!兄ちゃん!お待たせだっ!4番テーブルのサラダと6番テーブルの定食と7番テーブルの…ってそんなに持てねぇよな…悪い、やっぱり最初の2つだけの料理でっ」
「4番サラダと6番定食と7番何っすか?」
まだ持てますよ?と言わんばかりの態度でシェフに簡潔に告げる。
「お、おお!まじか?なら、7番テーブルのランチも一緒に行けるか?」
俺はトレーを使い、ランチとサラダを乗せる。そのままトレーを左手で持ちその上に半分重ねるように定食も一つ左手で持つ。
「その定食は…何番テーブルですか?」
俺は空いている右手でもう一つの定食を持ち、シェフに尋ねる。
「おぉ!?す、すまん9番テーブルだ!まじで助かるっ!!」
「分かりました」
軽くシェフに微笑み、俺はテキパキとテーブルに料理を運ぶ。
「やっときたわ。私の料理忘れられてるのかと思った」
料理がお待たせした事でイライラがおさまらないおばさんが皮肉を言う。
「大変お待たせ致しました。只今厨房が混雑しておりまして皆様順番に料理を作らせて頂いております、ご理解下さいませ」
「ふ、ふん!さっきも聞いたわよ!…ま、まー料理もきた事だし?頂きましょうかね?」
「はい、ごゆっくりどうぞ」
おばさんに営業スマイルでニッコリと微笑む。
こういうおばさんは一言何か言わないと気が済まない人種なのだ、しかし言ってしまえばそれでスッキリし意外と後腐れなかったりもする。このお客さんはまだましだ。
問題は、あっちが接客している客だ。
「ねぇ?私が注文したサラダ二個だったんだけど?あなたキチンと注文も取れないの?」
テーブルをタンタンタンと指で叩きながら女性客はカレンに声を荒げている。
「…申し訳ございません。ただちにお待ち致しますので」
「まーあ?サラダならすぐに作れるわよね?でもそーいう問題かしら?気分悪いわ〜この店」
「も、申し訳ございません…」
カレンは青ざめた表情で再び謝罪の言葉を述べる。
さっき彼女が女性客を接客しているのを丁度聞いていたが、そもそもあの女性客は注文する時にサラダとしか言わなかった。その時に彼女は『1つで宜しいでしょうか?』と確かに確認を取っていて女性客も『そう』と返事を返していたはずだ。
彼女は悪くない。
しかし飲食店ではよくある事だ、立場上こちらが悪くなくても頭を下げなければいけない事もあるのだ。
「た、ただちにお待ち致しますので!」
カレンは押し切るように頭を下げた後、急いでキッチンまで戻っていった。
「ふんっ!あ〜気分悪いわ」
女性客はイライラした様子で永遠とテーブルをタンタンタンと指で叩いている。
――カレンは急いでサラダをもう一つ持ってきて女性客に謝罪した。女性客は皮肉を言いながらもサラダを食べ始め事はなんとか収まるかと思った。
しかし数分後、再び女性客はカレンを呼び出した。
「は、はい。いかがされましたでしょうか?」
さっきの件もありカレンは確実に引き腰な態度だ、そしてその態度を見た女性客は一瞬不敵な笑みを浮かべた。
「どうしたもこうもないわよ!?ねぇ?この店はサラダに髪の毛まで盛り付けるの!?」
女性客は周りのお客さんに聞こえるようにわざとでかい声で叫ぶ。そして今さっきカレンが持ってきたサラダを指差す。
「ほら!これ!ねぇこれよ!?分かる?本当にあり得ないんだけど!」
サラダを見たカレンは更に青ざめてしまい足をガクガクと震わせながら再び謝罪の言葉を述べた。
「ま、まことに申し訳ございません…」
「あなたでは話にならないわっ!?この店の責任者を出してもらえる?」
ぎゃーぎゃー騒ぐ女性客の言葉が聞こえていたのか、迅速な対応でシェフが現れ女性客に謝罪する。
「私がこの店の責任者です。このたびは誠に申し訳ございませんでした…」
「ふんっ!なんなのよこの店の!本当にあり得ないんだけど!もう気分悪くて食べれないわよ!」
「あの…お代は頂きませんので…」
「当たり前でしょ!?」
テーブルをバンバンと叩く女性客は顔を真っ赤にして怒っている。
「失礼致します」
俺はスッとその間に割り込み、女性客が指摘する髪の毛入りのサラダを確認する。
サラダの上には確かに髪の毛が入っている。しかし、金髪の髪の毛だ。
俺とカレンとシェフ含め、このレストランで働く他のキッチンの従業員も全員金髪ではない。
「何なのよ!あなたはお呼びじゃないんだけどっ!!」
怒り狂う女性客の髪色は確かに金髪だった。
俺はそれだけ確認すると女性客の『つめの甘さ』に思わず笑いそうになってしまった。
「大変失礼ですがお客様。先程のサラダの数の件ですが、お客様はサラダとしか仰ってませんでしたよ?彼女はその際1つで宜しいですかと確認してましたし、お客様もそうと仰っておりましたよ?」
「は、はぁ!?突然何なのよ!?私が悪いって言うの!?」
その言葉で更に激怒する女性客に対し、俺は毅然とした態度で呟く。
「ええ、そうですね」
「な、な、な、なんなの!?なんなのよっ!?もし、そうだったとして!これはどうなのっ!?」
女性客はサラダを指差し声を荒げる。この期に及んでまだそのカードで戦おうとする女性客のバカさ加減に本当に呆れてしまう。
「失礼ですがお客様。そちらの髪の毛はコチラの不手際で混入したものではないと思われます」
「は、はぁ!?意味がわからないんだけど!?」
俺はシェフに耳打ちをして、キッチンの従業員も全員表に呼び出させた。そしてコック帽を脱がせて全員の髪色を女性客に見せたうえで俺は再び言葉を続けた。
「お客様のサラダに混入していたこの金髪の髪の毛、どう見てもお客様の頭から落ちたものですよね?それとも、あれでしょうか?まさかとは思いますが、わざと御自分の髪の毛をサラダに入れた訳じゃありませんよね?」
「な、な、な、なっ!?」
何かにつけて怒鳴り付けようとしたいのだろうが、もう完全につめられた女性客は口をパクパクさせ言葉を失っていた。
「これ以上は営業妨害とみなし、コチラもそれ相応の対応をさせて頂きますからね?」
「むき、き、きぃ…」
猿みたいに歯軋りを立て怒りを露わにする女性客。
「それと、お代もキッチリと頂きますので、宜しくお願いしますね?」
最後に女性客に向け皮肉の意味も込めた営業スマイルでニッコリと微笑む。
――バンッと乱暴にテーブルの上にお金を置き、顔を真っ赤にした女性客は走り去って行ってしまった。
その瞬間周囲の客達から歓声が上がった。
「ひゅー!兄ちゃんカッコ良かったぜー!」
「俺らのアイドルのカレンちゃんをいじめてたからどうしてやろうかと思ってたが、俺達の出る幕もなかったようだな!」
「凄く感じの悪いお客様だったから、とてもスカッとしたわ!私この店大好きだから許せなかったの!」
どれもこれもこのレストランを愛してるお客さんの暖かい言葉だった。
「…兄ちゃん、ホントありがとな。なんてお礼を言ったらいいか…」
シェフは顔をくしゃくしゃにして頭を下げてきた。
「いや…俺は別に。それにこっちは悪くなかったんですから」
「…私からも、本当に助かりました…」
親子揃って頭を下げられると逆に居心地が悪かった。
◇
「カ、カトー!?冒険者のカトーさんつったら転移者の最近色々と有名なあのカトーさんじゃねーか!?」
昼の営業が終わり一旦店を閉めた後。片付けをしながらシェフが驚きの声をあげた。
「あー、はい。それで俺前いた世界ではこんな感じのレストランで店長してたんですよ」
「…なるほど、それであの大量の料理提供を平然と成し遂げていたんですね」
声のトーンこそは普通だがカレンも静かに驚いている様子だった。
「だから、あーいうクレーム言ってくるクソババァの相手は嫌って程してきたんで、あれくらい全然大丈夫です」
「がはは!クソババァか?ちげーねーや!」
「ふふ…確かにあれはクソババァでしたね」
バイト代プラスクレーマー退治代として通常のバイト代の2倍の金額の60Gを貰った。
「カトーさん。あんたの事すげー気に入ったよ!どうだい?うちのカレン嫁にもらってくれねーかな?」
シェフは娘の事を親指でクイクイっと差しながら言った。
「は?」
「ちょ!ちょっとお父さん!カトーさんには彼女がいるんだから!変な事言って困らせないで下さい!!」
顔を真っ赤にしたカレンは意味不明な事を言い出した父親に噛み付く。そんな彼女の発言も意味不明だった。
「は?彼女?…俺、彼女なんかいねーけど」
「ほーら見てみろ?カトーさんは彼女なんかいねーって言ってんだろ?」
「え!?いつも一緒にいるあの女の子は彼女なんじゃないんですか!?」
「あー、リズの事か…まったく全然、かすりもしねーよ」
食い気味で質問してくるカレンに苦笑いを浮かべながら返事をする。
リズ助が俺の彼女?笑えないジョークだ。
「え、え!?でもよく酔い潰れた彼女を背負ってそのまま2人で同じ部屋によく入って行かれていたので…てっきり…」
あー、なるほど。そりゃ勘違いされても仕方ない。
「あん?今の話まじなのか?カトーさん?」
「あー、あはは。あれはただ酔い潰れた仲間を部屋まで運んでただけですよ。それだけで本当にただの仲間です」
「そうか。それならやっぱり問題ないだろ?カトーさんが娘と結婚してくれたら、この店を任せてもいいくらいだぜ」
「…も、もう!お父さん!それでも急にそんな話持ち込むとか、やっぱカトーさんに失礼よ!!」
恥ずかしそうに俺の方をチラッと見ながら彼女は父親に意見する。
え、何なんだ?カレンのこの満更でもない態度は?まさか、俺は異世界に来てまたモテ期到来してしまったのか?ちょっと仕事手伝って、ちょっとクレーマー退治しただけで彼女のフラグ立っちまったのか?一見サバサバした芯の強そうな受付嬢だと思っていたのだが、彼女も結局は転移者にころっと惚れてしまうようなちょろいヒロインだったのか?チョロインだったのか?
「で、どうかな?カトーさん?」
「も、もうお父さんっ!!」
顔を真っ赤にしながら父を睨むカレン。しかし先程からチラチラッとコチラの様子も伺ってきている。それがまたあざとく感じてしまい、せっかく少しずつ芽生えてきていた彼女に対する親しみ感も萎えてきてしまった。
「あー、あはは。すみません、気持ちは凄く嬉しいのですが今は旅をしている身なので…結婚は」
悪い人達ではないし、お世話になってる宿の経営者でもある2人に対して険悪な態度も取れるはずもなく、やんわりと申し出を断る。
「そうか…それは残念だ…」
「…ほ、ほらね?お父さんの馬鹿…」
しゅんと落ち込んだように見えた娘を見て、父親はもう一度熱意ある説得を試みてきた。
「…うちの娘は器用良くて、中々の美人だとも思うんだが…今は結婚が無理でも、せめてお付き合いだけでもどうだろうか?最悪遠距離恋愛になってもこの子は我慢できる子だと思うだが?」
「あー、あはは…やっぱりお付き合いするのも…ちょっと…旅に集中したいので」
旅に集中したいとかすげー嘘だ。しかし、彼女と付き合う事も絶対にありえないので俺はあの手この手を言い訳にしてシェフの申し出を断る。
「……ですよね」
「……そうか」
ガックリと肩を落としあからさまに落ち込む親子。
「あ、じゃあ…俺、そろそろ部屋に戻りますね?…もう少し連泊する予定なんで、すみませんが宜しくお願いします」
半端押し切るように一礼してその場を後にする。
――まさか、まさかの展開だ。異世界に来て、その途端何故かモテ始めて、これは中々のストレスだ。
確かに久しぶりの休暇が殆ど潰れてしまいショックな部分もあるのだが、それでも久しぶりに飲食店で働くあの感じは正直楽しかった。しかし、結局こんなオチとは。
自室に戻ると俺はすぐに窓を開け、タバコを吸う。
「あ〜」
いつだってニコチンが俺の心を鎮めてくれる。タバコこそ人生の片割れと言うに相応しいかもしれない。
――コンコンとドアをノックされた後にガチャっとドアが開き、その隙間からちょこんと顔を出すカレン。
「…どうかしましたか?」
俺はタバコを吸いながら淡々と呟く。
「あ、や、あ、あのっ!?あ、あぅぅ…」
彼女は少し取り乱したように手をバタバタさせ、まるでアニメのドジっ子ヒロインのような反応をしている。それだけでなく『あぅぅ』と擬音まで使い、初めて会ったあの時のような強気なサバサバ系お姉さんは見る影もなく、彼女は量産型異世界ヒロインに成り下がってしまった。
俺の事ロリコンってディスってきたくせに。
むしろ、あの時の塩対応なカレンの方が全然ましだった。
彼女の突然の豹変ぶりに正直イライラを隠せない俺は、さっきよりも低い声で尋ねる。
「で、何ですか?」
「さささ、さっきはごめんなさい!おちのお父さんが
変な事を言っちゃって!そそ、それを謝りたくて、はぅぅぅ」
カレンは涙目ではうはう言いながら先程の謝罪をしてきた。
「…それはさっき聞いたから、別に大丈夫です。全然気にしてません」
俺はタバコを吸いながら淡々と冷たく答える。側から見れば凄く感じ悪い男に見えるだろう。
「…で、ですよね。…すみません…本当に…うぅぅ……しゅみましぇぇぇん…うわぁぁぁん」
俺の態度のせいなのか、完全にキャラが崩壊したカレンは子供みたいに泣いてしまった。
「……はぁ」
だるい、だるい、まじでだるい。
彼女はこっちの性格が元々の素なのかも知れないが、デレた途端に赤ちゃん言葉女子に豹変する感じもまさに展開的な異世界ヒロインって感じで本気でドン引きしてしまう俺がいる。
それでもこの状況はこの状況で、なんとかしなければならない。
「怒ってないですから。泣かないで下さい」
タバコを吸うのを止め、泣きじゃくるカレンの背中をポンポンと優しく叩く。
「うぇぇぇん、ごめんなしゃぁぁい」
面倒くせぇと思いながらも暫くの間彼女をなだめていたら突然ドアがガチャっと開き、その隙間から元気よくリズが飛び出してきた。
「見て見てー!カトーさん!おにゅーのフード!新しいの買っちゃった!ほらほら、猫耳が付いてんのこのフード!可愛くなーい?」
リズは部屋に入ってきた瞬間、くるりと回り、新しく買った猫耳フードを見せ付ける。しかし、次第にこの違和感はんぱない状況に気付き、彼女は可愛くなーい?と言ったままの状態でフリーズしてしまっている。
「おぉリズ助、似合ってんじゃん」
カレンの背中をポンポンと叩きながら、リズに返事を返す。
「…え、何この状況?説明してカトーさん…」
リズ助は一気にテンションが下がり、いつもより低い声で訪ねてきた。
◇
状況説明中にカレンは気まずくなったのか『仕事に戻らないと』と呟き部屋を去っていった。
「もー、なんだよー。てっきり俺は異世界ヒロインなんて嫌いだーとか言いながら受付のお姉さんに手を出してやらかしちゃってたのかと思ったよー」
最後まで俺の話を聞き終えた後、リズは安堵の表情を浮かべびっくりしたーと彼女の見解が杞憂で終わった事を述べてきた。
「んな訳ねーだろ」
検討違いな彼女の言葉をため息まじりに否定する。
「でもほんっとカトーさんってブレないよねー」
少し嬉しそうにリズが呟く。
「尽く好意を寄せてくる女子をふりまくるなんてさー」
「別に俺がモテてる訳じゃねーんだよ。俺の異世界転移者っつー肩書きが勝手にモテまくってるだけだ」
「ふーん、よくわかんないやー」
リズ助にはこう言った話はまだ難しいのだろう。なんたって精神年齢ガキだからな、コイツは。
しかし朝はキレて出て行ったのに、なんだかんだお気に入りの買い物ができただけで機嫌が戻って帰ってくるコイツが子供みたいな分かりやすい性格で良かったと少し救われている自分もいる。今みたいな疲れる出来事があった後だと尚更だ。
「おい、リズ助。今日飲み行くか?」
「おー!もちのろんろん!」
パァっと一気に表情が明るくなる彼女は力強く頷くのだった。
◇
憂さ晴らしをする為に酒場に来たのだが、今では何故かリズの方にスイッチが入ってしまっている。
「てかてか!よくよく考えてみたら、あのカレンってお姉さんまじウザいんですけどー」
――ドン!と乱暴にフルーツ酒のグラスをテーブルに置き、リズは声を荒げる。
「私、強気なサバサバ系お姉さんですって顔しておきながらさ〜? 結局狙ってる男の前では、そんな風にデレデレしてくるなんてっ! うえっ!キモッ!!」
「お前の言いたい事は分かるぞー」
俺はタバコを吸いながら、リズに相槌をうつ。
こっちの方はニコチンとアルコールという最強の組み合わせで、かなりストレスは軽減されていた。
「それにさ?前から言いたかったんだけど、あ〜いう系統の女達ってボクみたいなぶりっ子女子を馬鹿にしてくるんだけど、結局お前等も男の前ではブリブリしてんじゃねーかよって話ですよ!! ねぇ!分かります!? カトーさん!!」
リズ助は、自分がぶりっ子な事は認めていたらしい。
「お前の言いたい事は分かるぞー」
「それだったらさ〜あ?まだ、最初からぶりっ子しててあざと可愛いボクみたな女子の方が良くないですか〜?ね〜え?良くないですかー!?」
「お前の言いたい事は分かるぞー」
「ちょ!お前ボクの話聞けよっ!!」
「いてっ!?」
――ギュウっと頬を強くつねられる。
不意打でもらうと地味に痛い奴だ。
「あっぶねーな!タバコ吸ってる時は止めろよな!」
「話聞いてない方が悪いんじゃん!!さっきの質問だけど、ちゃんと答えてよね? はい!で、どう?」
俺は少し考えた後に、答える。
「まー、お前みたいな奴の方がマシだな。確かに」
「ちゃんと聞いてたじゃんかよ…って、え!?」
「だから、お前の方がマシだなって事だよ」
「カ、カトーさんが……カトーさんが……」
いつもみたいに俺に否定されるか、両成敗されるかと思っていたのか彼女はさっきの回答に目を丸くして驚いている。
「カトーさんがデレたっ!!」
「アホか!! デレてねーわっ!?」
――ドン!とテーブルを叩き反論する。
「照れるなよ〜! よっ!このツンデレ男子」
頬をツンツンと突いてくる彼女。
まじで、鬱陶しい。
「あー、さっきの言葉訂正するわ。やっぱカレンの方がどっちかって言うとムカつかねーかも」
「え〜!?うそうそ!今のうそ!冗談! もうやらないから〜!!」
必死になって場を取り直そうと慌てるリズ助。
「……冗談だよ」
静かに笑いながら、俺はビールを飲む。
「……む〜」
リズ助はジト目で睨んできた。
「何だよ?」
「カトーさんのドS野郎」
◇
結局今晩もリズ助は酔い潰れてしまい、俺が背負って宿に帰る羽目になった。
「あっ……カトーさん…」
カレンは俺が背負うリズの方に視線をやっているが、俺と目が合うと気まずそうにスッと俯いてしまった。
「ロリコン野郎、戻ってきました」
「へ!? ロ、ロリコン? あ、あー…あの時は、ごめんなさい…私、結構カトーさん達に酷い事言ってましたよね…」
目は合わせないまま、彼女は卑屈に笑い謝罪の言葉を述べる。
「いやいや、元はと言えば最初俺達がめんどくせー客だったのも事実だし。 まー、それでも正直ロリコン扱いされたのは根に持ってますけどね?」
少しでも雰囲気が悪くならないように冗談っぽく笑いながらカレンに答える。
酒場でだいぶ気分転換できた俺は、カレンに対し先程とは比べ物にならないくらい心に余裕を持った対応ができていた。
「あぅ…ご、ごめんなさい!! 本当にごめんなさい!!」
「まー、側から見たら確かに今の状況はロリコンにしか見えないですよね。 でも、コイツこれでも21なんですよ?あー、中身もクソガキなんですけどね?」
「そ、そうなんですね。でも、本当に…可愛い方ですよね…こんな可愛らしい方が仲間だったら、私みたいなブス…そりゃフラれますよね…」
「…すみません。俺、この世界に来る前に結婚を約束していた彼女がいたんです」
「え?」
「…色々あって、この世界に来るちょっと前に別れたんですけど。それもあって、今は正直誰とも付き合いたいとか思えないんです」
「………」
「カレンさんのお父さんが言ってくれた事気持ちとしては凄い嬉しかったですし、レストランで久しぶりに働いたのも楽しかったですし、二人とも凄く良い人なんだろうなって思いましたよ。でも、やっぱり個人的な理由になるんですが、暫く独り身で誰にも縛られずに、自分の時間を好きなだけ過ごして、ゆっくりしたいなって思ってます。だから、本当にごめんなさい」
「……そう、だったんですか」
カレンはなんとも言えないような表情で、俺の話を最後まで聞いていた。
「…だから、別にお父さんが言ってくれた言葉も迷惑だなんて全然思ってないです。 本当にもう、気にしないで下さいね?」
そう言い、階段を登ろうとしたタイミングでカレンが一言尋ねてきた。
「あ、あのっ!カトーさんは…カトーさんは…その彼女さんの事…まだ、好きなんじゃないんですか?」
「あー、うん。……どーですかね?」
少し困ったように笑い、敢えてどちらとも取れるような含みを持たせる返答をした。
「じゃあ、おやすみなさい」
正直、本当の回答だと『全く、これっぽっちも好きじゃないです』が正解だ。
しかし、変に希望を持たせるよりも異世界に来てしまったばっかりに好きな人と会えなくなってしまった悲しい男だと思われた方が都合が良いと思ったからだ。
カレンの豹変ぶりにイライラしてしまったとはいえ、やはりお世話になっている宿の人達にあの態度はなかったかもしれないと思っての行動だった。
◇
リズ助を部屋に運び、俺も自室に戻る。
今日は本当に色々疲れた、結局休日というものはあっという間に終わってしまうものだ。
「あー、クソ…タバコもうなかったんだった…」
先程の酒場で今日の分を全部吸い切ってしまってた事を思い出す。
明日、朝一でリズ助に錬成してもらう事にしよう。
アイツが朝起きれたらの、話だが。
明日の午前中までにはタバコを吸いたいな、などと想いを馳せながら目蓋を閉じる。
やはり、タバコこそが人生の伴侶と呼ぶに相応しいのかも知れないと、俺はそっと心に思うのだった。
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