0話.俺の人生が既に終わってたとかまじでありえないのだが。
あー、まず何から話そう。
俺の名は加藤 良平とんずらキメて借金だけを残した両親の代わりに、ブラック企業の飲食店で店長として働き、借金をコツコツと返済している平凡な29 歳だ。
家には仕事もせず毎日ゴロゴロしている歳の離れた弟が一人いる。『僕はそのうち異世界に行くから仕事はしたくない』これが弟の口癖だった。
弟は某無料ネット小説の『異世界転移、転生モノ』というジャンルの大ファンというかもうマニアで、毎日更新されているネット小説を読みあさり、いつか自分も小説の主人公のように異世界に行くもんだと本気で信じていた。
思えば両親が姿を消した件とその少し前に大学で虐めにあっていた件が重なり、その頃くらいから弟の『現実逃避』は酷くなっていた。
いいから働けと思うが、なんだかんだ二人っきりの兄弟という事もあり、弟が虐めにあっていた時に気が付けなかったという自責の念もあり、強く言えない自分もいた。
それになんだかんだ俺達兄弟は仲が悪い訳でもなかった。
◇
「店長の人生ってまじで終わってますよねー」
根暗でメガネでいかにもオタク女子っぽい従業員の一人山田 茜が、仕込み作業をしながらぼそりと呟く。
「あ?」
上司であるエリアマネジャーが隣店した際に、あれやこれを先に片付けろと的外れな作業指示を出された為、俺は嫌々ながらどうでもいい作業に追われ、すこぶる機嫌が悪かった。
「親の借金背負わされて、それが原因で彼女さんにもフラれて、超ブラックな企業の社畜としてこき使われて…なんだが泣けてきます…」
そんな俺の態度に怖がる様子もなく彼女は同情の言葉を投げ掛けてくる。
正直彼女は最初の頃、殆どコミュニケーションが取れず他の従業員達からも軽くはぶられていた存在だった。しかし誰よりもシフト貢献をしてくれ、誰もが入りたがらない忙しい週末出勤もしてくれるので段々と作業能力があがり、いつの間にか俺の右腕的な存在で、周りの従業員なんかよりよっぽど優秀な従業員に育っていった。そんなこんなで俺もなんだかんだ山田の事を可愛がっていたのである。
それが原因か、山田は最初の頃じゃ考えられないようなさっきみたいな軽口も俺限定で平気に投げ掛けてくるようになっていた。
「……まだ、平凡な人生のうちに入るだろ…」
「いやっ!…店長!現実を見て下さい!終わってます!店長の人生既に終わってます!…だいたい借金って後どれくらい残ってるんですか?」
「……40歳過ぎには返し終わればいいなーくらいだが…」
ザックリと金額を口にしたくない為曖昧な返事を返す。
「あーやだやだ。…そんな男と今後結婚したいなんて女性いませんよ?超絶イケメンでもない三十路の男なんて」
「…俺はまだ29だ!」
「はいはい、もう一緒ですから。意地張らないで下さい見苦しいですよ?」
「………………」
あまり表には出さないようにしているが、正直他人に面と向かって『貴方の人生終わってる』と言われると本当にそうなのかも知れないと思い始めてくる。
「…まぁ、そんな肩を落とさないで下さいよ?…私の小説がアニメ化したら店長と結婚して借金も全部返してあげますから」
山田はドヤ顔で、ポンポンと俺の肩を叩く。
「うっせーな、お前みたいなブスが書いた小説なんてヒットする訳ねーだろ」
その手を軽く振り払い彼女にも現実を見てもらおうときつめの言葉を投げる。
「あ!言いましたね!?言っちゃいけない事を言いましたね!?」
そう、彼女は弟が読んでいる某無料小説サイト『なろう小説』でプロ作家を目指し小説を書き投稿している側の人間だ。
読んだ事はないが彼女の書いてる作品も所謂『異世界転移、転生モノ』みたいで、いつも聞いてもいないのに異世界ファンタジーあるあるを目を輝かせて話しかけてくる、それが凄くうざい。
正直弟にも『異世界ファンタジーってこうなんだよ?』的な事を日夜聞かされていた時期もあり、俺はその頃から異世界ファンタジーの話が嫌いだった。
異世界モノの作品は殆どが圧倒的な力を持った主人公が、誰も傷付けず、どんな困難も爽快に解決し、みんなが幸せになり、人間関係も上手くいき、みんなから慕われ、みんなから愛され、まるでこの世の『嫌な部分』だけを取り除いて『良い部分』だけを、それだけひたすら味わいたいという現実逃避的な主旨を感じるからなのだ。まるで作者が書き放った公開妄想オナニーとしか思えない。
そして、弟や山田が目を輝かせながら語る異世界ヒロイン達も本当に中身が無い台詞ばかりをはき、永遠に主人公といちゃいちゃする事しか考えていないメルヘン脳で。本当に地に足が付いていないというかまるで紙芝居や人形劇でも見ているかのような違和感を俺は覚えてしまい、異世界ヒロイン達の事も本当に好きになれなかった。
要約すると、俺はそうな感じの小説を読んで。作者から感じる現実逃避的な公開妄想オナニーに凄く腹が立ち嫌悪感を覚えているのだ。
嫌な思いはしたくない。
でもみんなからはチヤホヤされたい。
正直舐めんなって思う。
人生そんなに甘くねーよって首根っこ捕まえて叫んでやりたくなる。
しかし、そういった作品に依存する事で救われている人種もいる事も理解していた。だから俺は本当に異世界転移モノの小説を愛しプロの小説家を目指して頑張っている山田にこの俺の考えを話した事はなかった。
――突然鳴った電話にすぐ対応した山田が青ざめた表情で一旦保留ボタンを押し、俺に声をかけてきた。
「店長…今晩の22時から明日の9時までのシフトに入っている深夜勤務の方が出勤できないそうで、今電話が…」
「……またかよ……くそ、分かった……俺が出るから今日は休めって言っとけ」
「で、でも…今日朝からずっと働いてるし、明日の店長のシフトも調整しないと…」
「あー、無理無理…一応全従業員に連絡入れるけど絶対誰も出ねーよ。今夜も明日の分も俺が全部出る」
もちろん、労務管理に引っかかるのでタイムカードは現在の勤務か、深夜勤務どっちかしか反映する事しかできない、反映できなかった方は店舗責任者としての『ただ働き』になる。
「…店長…身体だけは壊さないで下さいね…」
山田は電話を切った後、自分の事じゃないのにすこぶるテンションが下がった様子で喋る。
「…まぁ、いつもの事だからな…」
山田に苦笑いを浮かべ、俺はタバコ休憩に向かった。
◇
あー、まぁこんな感じで、どんなに働いても残業代を払わせないように仕向けるブラック企業の社畜としてこき使われ。
安月給の給料から更に借金返済として金を引かれ。
『貴方とは未来が見えないけど、あの人とだったら』という理由で彼女に浮気されフラれ。
殆ど毎日弟ともやし豆腐生活を過ごしている俺は、自分の人生まだ平凡だと思っていたが、思っていたのだが、違ったようだ。
俺は山田に言われたあの言葉を改めて受け止めたうえで今声を大にして言いたい事がある!
俺の人生が既に終わってたとかまじでありえないのだが!!