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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

冷たい海の夢「小夜子と美紅」

掲載日:2020/06/13

海へと向かう四両編成の電車の四両目に乗りながら、まるで世界に二人しかいないみたいだなと小夜子は思った。

冬休みはもうすぐだけど、今日は平日で、こんな田舎の単線に、好き好んで乗るのはきっと自分たちだけだろう。


いつも通り学校のセーラー服を着て、その上にセーターを着て、髪の毛をおさげに結んで、でも学校には行かず、反対方向の電車に乗った。

一人だけだったら、きっと来れなかっただろう。小夜子の隣には、髪の毛を金髪に染めたド派手な美紅が座っていた。

制服のスカートを極限まで短くした彼女の耳にはピアスが10個付いている。


二人は、誰も乗っていない座席の端っこに座り、窓の外を眺めていた。

二人は手を繋いでいる。決して離さないと、この電車に乗る時に誓ったのだ。


「まるで、世界にたった二人しかいないみたい」


思っていたことと同じことを美紅が言うので、小夜子は思わず笑った。



二人の出会いは、春だった。



世の中から忘れ去られたようなほこりまみれの小さな薬局で、小夜子は万引きをした。

老いた店主はレジで船を漕いでたし、ほかに客もいなかった。


「おい、待てよ」


商品をカバンに入れたところで、後ろから腕を掴まれた。振り返ると、エプロンを着けて金髪をポニーテールにした少女が睨んでいる。


「来いよ」


腕を掴まれたまま、連れて行かれたのは店の外の路地裏だった。

昼間なのにやけに暗いそこで、金髪の少女は小夜子がカバンに入れたものを取り出す。そして、にやりと笑った。


「その制服、聖蘭女子中だろ。いいのかなぁ、こんなもの盗んで」


そう言って金髪が小夜子から奪ったカバンから取り出したのは、妊娠検査薬だった。小夜子は俯いて答えない。


「金を払えば見逃してやるよ、10万」


金髪は小夜子に手を向ける。


「持ってない」


やっとの思いでそう絞り出すと、金髪は小夜子のカバンを勝手に漁り、財布を取り出した。中を開けて、入っていた全財産の一万三千円を奪われる。


「じゃあ今日は、これで許してやる。これは没収な」


金髪はそう言って、妊娠検査薬を持ったまま立ち去ろうとする。


「まってよ! 返して!」


小夜子は必死に懇願する。金髪はふっと馬鹿にしたように笑うと、小夜子にどんどん近づいた。

壁により逃げ場のない小夜子はただ睨むだけしか対抗策はない。

ついに金髪は小夜子の目の前に立つと、片手を小夜子の横についた。


「お嬢様学校のくせに、オトコと気持ちイイコト、したんだろ? 可愛い顔して、見た目にはよらないね。パパとママが泣いちゃうよ?」


そう言って、小夜子の顔にふっと息を吹きかける。小夜子はその大きな瞳をもっと大きく見開くと、じわりと涙が滲んだ。それでも、金髪の少女を無言で睨みつける。


……金髪の少女は、その表情に、思わずぞくりとする。


そのまま、小夜子の唇にキスをした。


小夜子は、一瞬、驚いた後で、すぐに金髪の少女の唇に噛み付くと、思い切り平手打ちをした。

そして、カバンを奪うとそのままその場から逃げ去った。



そして、再会は、翌日だった。



小夜子が学校を終えて校門に行くと、なにやら生徒たちがざわついていた。その視線の先には、昨日の少女が立っていた。


少女は小夜子に気がつくと、「よお」と声をかけた。昨日噛み付いた唇が赤い。


人がいない公園まで少女を引っ張って行き、小夜子は「何しに来たの」と怖い顔をして言った。


「これ返しに来てやった」


少女はそう言って、着崩したブレザーのポケットから妊娠検査薬を取り出した。


「今検査してみろよ、そこにトイレもあるからさ」


少女は小夜子に興味を持ったようで、からかうように公園のトイレを指差した。「今しなかったら、万引きのことチクる」と言うので小夜子はおとなしく従った。


小夜子が青ざめた顔をしてトイレから出てきたので、少女の顔は輝いた。「妊娠してたの?」面白がったようにそういうと、小夜子は泣きそうな顔をしながら言った。


「マイナスだった……。これって妊娠ってこと?」

「はあ? マイナスなら、妊娠してねえってことだろ!」


つまらなそうに、少女が呟くと、小夜子はホッとした表情になる。「そっか、普通は、妊娠すると嬉しいことなんだ」


そうとも限らないとは思うが、その言葉を不思議に思った少女は言った。


「相手は、誰なんだよ?」


小夜子は、消え入りそうな声をやっと絞り出すように言った。



「……お父さん」



少女は、信じられないという顔で黙り、黙った後に話しかけてきた。


「それって、無理矢理だろ? いつ?」

「ずっと前からだけど、一昨日は、つけてくれなかった」

「一昨日!?」


無知な小夜子に少女は説明する。そんなすぐには結果は出ない、生理予定日から一週間後くらいで正確な判定ができるんだと。

その説明に、小夜子は再び泣きそうな顔になる。


「じゃあ、またその時に、あたしが検査薬持ってきてやるよ」


結局二度目の検査をする前に、小夜子に月のものが来た。


金髪の少女の名前は美紅と言って、近くの公立の中学に通ってる同じ年だった。バイトをしてたから年上かと思ったと小夜子が告げると、美紅はいたずらっぽく笑った。


「バレなきゃいいんだよ」


美紅はなぜだか小夜子に会いに校門に度々現れた。小夜子も拒まず、公園のベンチでただ並んで座っていた。

話すこともあるし、黙っていることもあった。側から見ると、不良とお嬢様の組み合わせは摩訶不思議だったことだろう。


ある時小夜子は美紅の耳のピアスが一つ増えたことに気がついた。


「ああ、これ? 付き合ったオトコの数だけ増やしていくんだ」


美紅の耳には四つのピアスがついていた。


「はじめはヤッた数にしようかと思ったけど、穴だらけになっちゃうから」


そう言って、一人で美紅は爆笑した。



小夜子は美紅と会っている時、心から楽しかった。だから、美紅と別れた後は、いつだって憂鬱だった。


家に帰ると、父が珍しく早く帰宅していた。会社の重役の父は、いつも帰りが遅かった。


久々に夕食を囲んでいると、父が小夜子に言った。


「死んだ母さんに、ますます似てきたな」


小夜子は、答えず黙々と食事を口に運ぶ。いつからか、食べ物は砂のように味がしなくなった。


「風呂に入ったら、部屋に来なさい」


有無を言わせぬその口調に、「はい」と返事をして、風呂場で夕食を全て吐いた。



季節は春から夏に変わろうとしていた。



梅雨になると、公園には紫陽花が咲いた。

いつものベンチではなく、屋根付きの四阿に並んで座った。


美紅の耳には、ピアスが七個ついていた。


「今度の奴は、本気だから」


五つ目と六つ目のピアスの時も美紅はそう言っていたなと小夜子は思った。


「ねえ、小夜子。海って行ったことある?」


唐突に、美紅が尋ねた。

まだ母が生きていた頃、そういえば行ったなと思い出した。


「あたしは行ったことないんだ。母さんはシングルマザーだし、貧乏だったから」


そう言って、嬉しそうに小夜子に言った。


「今のオトコは車持ってるからさ。今度、連れてってくれるって」


小夜子の胸は、なぜだか痛んだ。



美紅は自由だった。

学校にもたまにしか行かず、バイトをして、制服を着崩し、化粧をして、好きな相手がころころと変わる。



……でも、私に前、キスをした。



美紅は海の話をした。

そういえば、日本海溝はエベレストと同じくらい深い場所だと教師が言っていた。その場所には、きっと誰もいないだろう。

暗い海の底で並んでいつものように話す、小夜子と美紅を想像した。誰もいないのは、とても幸せなことのように思えた。



夏休み、小夜子はほとんど家から出してもらえなかった。だから、美紅とも会わなかった。



朝、目が覚めたとき、小夜子は美紅のことを考えた。

勉強をしているとき、小夜子は美紅のことを考えた。

本を読んでいるとき、小夜子は美紅のことを考えた。

味のしない夕食を食べているとき、小夜子は美紅のことを考えた。

父が小夜子の上で腰を振っているとき、小夜子は美紅のことを考えた。


そして、父がおやすみと告げるとき、美紅だけに、おやすみと言った。



夏休みが終わっても、しばらくの間、美紅は現れなかった。



ある日、美紅は泣き腫らした目をして校門に立っていた。化粧が溶けて、顔がドロドロになっている。


「フラれた!」


そう言って、美紅は小夜子に抱きついた。美紅の耳には、ピアスが九個、ついていた。


今度の相手は社会人で、別に彼女がいた。だから、美紅とは遊びだった。中学生とヤりたかっただけだ。海へと向かう車の中で、自分のじゃないピアスを見つけた美紅はそう言われて、怒って男を殴りつけた。


男は逆上して、車を止めると美紅を襲った。


「減るもんじゃないだろ。ヤリマンビッチのくせに」


事が終わって泣いてる美紅にそう吐き捨て、美紅を車から降ろすと立ち去ったと言う。


「あたし、セックスは好きだけど、レイプされて喜ぶ女じゃない」


美紅はそう言って、初めて小夜子の前で泣いた。


「もう、死んじゃいたい」


そんな美紅を、小夜子は優しく慰めた。

それから大体の日、学校が終わると小夜子は美紅と会った。



そして、冬になる。



父は酔って帰って来て、小夜子を犯した。

翌日、小夜子は美紅と会った。


「最近ずっと、バイトしてんだ。学校行かずにさ。友達のとこ泊めてもらって、家にもあんまり帰ってない」


二人分の焼き芋を買って、冷たいベンチに座ると美紅はポツリと呟いた。

小夜子は焼き芋から口を離すと尋ねた。


「なんで?」


純粋な疑問だった。


「あたし、頭悪いし、見た目こんなんだしさ。ビッチって思われてるし。学校いっても陰口ばっか。家も母さんが男連れ込むしさ。あたし、あのジジイ、あんまり好きじゃねえんだ。エロい目で見てくるし。小夜子に会ってるときが、一番あたしはあたしでいられる気がする」


美紅はそう言ってはにかんだ。

小夜子は焼き芋をまた一口かじる。美紅と食べると、とても甘い味がして、久しぶりに美味しいと思った。

小夜子は、ずっとこうしていたいと思う。そう思っていると、美紅が言った。



「小夜子は、あたしの大事なものだよ」



小夜子は、思わず美紅の唇にキスをした。

美紅は驚いて小夜子を見る。


「時々、思うの」


小夜子は言った。


「もしかして、美紅は私に都合のいいように、私が作った幻なんじゃないかって」


美紅は自由で縛られず、小夜子の憧れだった。

美紅は頬を赤くして、「バカじゃないの」と言った後に、


「でも、そうだったらステキだね」


と、笑った。


「このまま、時が止まればいいのに」


小夜子も頬を赤くして言う。美紅は、真剣な目になると言った。


「じゃあ、死んじゃおうか」



だから、約束の日を決めて、二人で海に向かった。


電車から見える景色には、人の姿は一つもなく、誰もいない町は世界の終わりのように思える。


小夜子と美紅は互いの手をしっかりと握り合ったまま、電車を降りる。


「海って、どんなかな」


美紅が小夜子に言った。

小夜子は海を思い出そうとする。でも思い出すのは、楽しかったという感情だけだった。


海につくと、美紅は子供のようにはしゃいだ。


いつも大人びて斜に構えている美紅が時折見せる子供のような表情が、とても好きだと小夜子は思った。


冬の海は冷たかった。

砂浜には、誰もいない。


美紅は靴を脱いで、裸足になると、海に入っていった。すぐに「つめてー!」と言って戻ってくる。


そんな美紅を、小夜子はまた笑った。


しばらくそうした後で、二人はまた手をつないだ。


「行こうか」


小夜子がそういうと、美紅は少しだけ寂しそうな顔をした。

二人は、手をつないで海に入る。


冷たい海水に足を浸す。

波で砂に埋まりそうになる。その前に、また海に一歩入った。



死にたいと、小夜子はずっと思っていた。



孤独な箱の中に心があって、そのまま蓋をするなら、何のために生まれてきたんだろう。この人生に、意味はない。


美紅は、そんな小夜子を導く天使なのかもしれなかった。唯一孤独を分け合う、大切な天使だった。


小夜子は真っ直ぐ歩いて行く。


海の冷たさも、この醜い世界から解放されると思うと心地よかった。

黒い海の波が、小夜子を救いへと誘う。


と、肩まで浸かったところで、美紅が手を離すのを感じた。


振り返ると、美紅が下を向いていた。


「美紅?」


声をかけても動かない。


「小夜子……あたし……」


そして顔を上げた美紅の目を見て、小夜子は気づいてしまった。美紅は、死にたくないのだと。


小夜子は怒りに顔を歪ませる。


「裏切り者!」


小夜子は叫ぶ。


「ごめん、小夜子、本当に、ごめん! あたし、死にたくない! 死にたくないよ!」


美紅は言う。その目は真っ赤に染まっている。


「小夜子にも、死んで欲しくない! 一緒に、これからも、一緒に生きていきたい!」


小夜子の目にも、涙が浮かぶ。心は、裏切られたショックと絶望が広がっていく。


ずっと死にたいと思っていた。美紅はそれを唯一理解してくれたと思っていた。同じ孤独と寂しさを感じていると思っていた。体は別でも、きっと美紅は、自分の分身なのだと思っていた。


でも、それは自分の思い込みだった。結局、小夜子の気持ちなんて誰も分かっていなかった。


「私は、もう、生きていたくない! 生きるのは、辛いよ! こんな醜い世界で、人生に、意味なんてない!! 世界は汚い! 大人は汚い! 美紅は、汚い! 私は、その中で一番汚い!!」

「汚くなんてない!!」


美紅は叫ぶ。


「小夜子は、綺麗だよ!! あたしが出会った人間の中で、一番綺麗だよ!! 誰よりも純粋で透明だ!! だから、頑張って、生きようよ!!」

「もう、無理だよ。誰も私のことなんて、わかってくれない」


小夜子がそう言うと、美紅はじゃぶじゃぶと歩み寄って来て、小夜子の頬を叩いた。


「ふざけんな! 小夜子はひとりよがりなんだよ! 何も言わないで、なんでも分かってもらえるって、甘えんな!」


小夜子は美紅の頬を叩き返す。


「ふざけてんのはそっちじゃない! 人のこと分かったふりして、ほんとは自分が可愛いんでしょ!? 大人ぶったって、誰よりも子供のくせに!!」

「はあ!? なんだそれ!! あたしはただ、ただ小夜子の笑った顔が……」


そう美紅が言いかけた時、ひときわ大きな波が二人めがけて襲って来た。

二人は冷たい海の中へ、連れ去られる。抵抗するが、海は意志を持っているかのように二人を離さない。



そして、美紅の意識は、暗い海の底に沈んでいった。




美紅が次に目を覚ましたのは、砂の上だった。


「小夜子!」


一緒にいたはずの大切な人のことを思い出し、体を起き上がらせると叫んだ。


小夜子は死んでしまったのだろうか。あの子は、純粋で、透明なガラスのように繊細だった。ずっと死にたかった小夜子の気持ちはなんとなく知っていた。小夜子の力になりたくて、一緒に死のうと思った。


海水を飲んだのか、喉がヒリヒリと痛い。体はひどく思い。それでも美紅は立ち上がり、海へと入っていく。


「小夜子! 小夜子!」


少女の名前を叫ぶ。

まだ海の中にいるかもしれない。


美紅は、いつ死んでもいいと思っていた。

貧乏で、頭の悪い自分。男にいいように利用されて、捨てられる自分。未来に希望などなかった。つまらない人生で、価値がないと思っていた。


でも、傷ついた小夜子に出会って、海の底のような絶望でも、懸命に生きようとする小夜子は、美紅にとって、唯一差し込む光のように思っていた。だから、生きていて欲しかった。


「美紅……?」


美紅が海に入っていくと、後ろから小夜子の声が聞こえた。振り返ると、小夜子が手にペットボトルの水を持っている。


美紅は、海から砂浜へ引き返すと、小夜子に抱きついた。


「小夜子! よかった! 海に連れて行かれちゃったかと思ってた……!」


小夜子は、美紅の濡れた背中をさすった。


「美紅が、死にたくないって言ってたから、予定を変更して助けちゃった」


美紅は泣いた。小夜子が生きていてよかった、と心の底から思った。


濡れた服をそのままに、風の当たらない壁側によって、二人揃って砂の上に腰を下ろした。


その手をしっかりと結び合う。


「海って、思ったより楽しくないや」


美紅がそう言うと、小夜子も笑って答える。


「なんだか、白けちゃった。海の水飲んで、気持ち悪いし。こんな最悪な状態で、死ぬのも馬鹿馬鹿しいや」


美紅は小夜子の手を握る手に力を込める。

そして、いつになく真剣な目をして言った。


「人生に、意味なんてないけどさ。意味なんて無くていいじゃん。 意味のない人生の、それでも生きてく意味を二人で一緒に見つけて行こうよ。そしておばあちゃんになった時、生きててよかったなって、一緒に笑おう?」


それってプロポーズみたいだなと小夜子は笑った。


「どうして、私にキスをしたの?」


小夜子が美紅に尋ねると、美紅は少し照れ臭そうに言った。


「なんか、可愛かったから」


小夜子は美紅の手を握る手に力を込める。

その手の温かさに、生きる意味を、やっと見つけたような気がした。


そして、いつか、死ぬときに、美紅が隣で笑っていてくれたらいいな、とぼんやり思った。

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[良い点] ・情景描写が丁寧で読みやすかったです。 [一言] ・終盤の海の展開はハラハラしました。ふたりに幸せが訪れて欲しいです。
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