雪舞う地の食物連鎖
ひとしきり笑った僕ら。
紅緋色の文字で、『かつゆき』と書こうとした。
かつまで書いた時に、クレアは僕の腕を掴んだ。
慌てて、指先の火を止めようとしたが、腕をそのまま動かす素振りを感じたので、そのままにする。
クレアは、四つの文字を少し離して書く。
そして、その文字を囲むように一筆書きで五芒星を書く。
左上の三角の中に『৫』の文字が、
頂点の三角の中に『অটো』の文字が、
右上の三角の中に『৯』の文字が、入っている。
クレアは僕の腕を離した。
そして、地面に落ちていた魚をその五芒星の中に投げ込む。
魚が入ったと思った瞬間、
五芒星が、紅緋色に光る。
魚が数秒火炎に包まれる。
紅緋色の光がおさまる。
黒炭になった魚だけが雪の上に落ちていた。
雪は溶けていないから不思議である。
あれ、
これ僕の指先がやったのか。
それともクレアがやったのか。
これは検証が必要だ。
僕の能力なら、これは生き残るために役立つ力だ。
書きやすさを重視して、まずは星を書く。
五芒星は左上から書く派だ。
そして、見よう見まねで、3ヶ所に文字を書く。
できた。
我ながらうまくできたと思う。
魚をもう1匹拾って、恐る恐る魚を投げ入れる。
何も起こらない。
五芒星の刻印は文字だけが紅緋色に燃えている。
さっきのように刻印全体が光っているわけではない。
字や大きさはうまくできていると思う。
やはり、魔法みたいなものを使えるクレアがやったのか、と頭をよぎる。
いや、一度でダメなら何度か試してみる。
やはり書き順かな。
先に文字を写して、五芒星で囲む。
少し文字と重なった。
これに関してはダメそうだ。
一応、魚を投げ込む。
予想通り、何も反応がない。
もう一度、丁寧に書く。
だんだん文字を覚えてきた。
今度は、綺麗にできた。
と思った瞬間、
五芒星の刻印が緋色に輝き、文字が消えた。
五芒星だけになった。
これは何か起こりそうだ。
さきほども、思い返してみると書いた文字が消えていたような気もする。
魚を投げ入れる。
五芒星は紅緋色に輝き、五芒星で囲んだ範囲が燃えた。
やった。
できた。
成功だ。
思ったより早くできた。
まるで魔法だ。
喜んでいると、またクレアが僕の右腕を掴む。
また何か書くのかなと考え、指先に火を灯す。
クレアは僕の腕を持ち、さっきの五芒星よりも大きく『৯』と書いた。
僕は身体ごと、右腕を引きずられた。
さらにクレアは『অটো』と書く。
僕はまだ引きずられている。
さらにクレアは『১৮』と書く。
描いたそれぞれの文字の中心に、クレアは青白く輝く石を置く。
そして、それらを囲むように大きく五芒星を書く。
一本の線が3メートルくらいだろうか。
つまり、僕は数十メートル引きずられた。
青白い石は、星の中心にある。
クレアは、僕の腕を手放し、少し離れたところに歩く。
歩いて、僕を襲ったセイウチの死体を拾う。
片腕でセイウチのしっぽを掴んで、引きずってこちらに持ってくる。
五芒星の傍に来ると、両手でセイウチの死体を五芒星の中心に投げ込んだ。
五芒星が紅緋色に輝いた瞬間、
爆発音が鳴り響いた。
僕は思わず両腕で顔を覆う。
恐る恐る見ると、
五芒星の中が、煙で覆われている。
しかし五芒星の外は何も変わりがない。
これは、紅緋色の五芒星の中に何かを入れると、燃やしたり、爆発させたりできるのか。
他にもできることがあるかもしれない。
けど、まずは今の二つを完璧に覚えよう。
燃やせるなら、少なくとも海岸で魔物の肉や魚を食べることができる。
爆発させられるなら、当然、魔物を倒せる可能性が高まる。
爆発を見たクレアは、元気よく僕のところに来た。
クレアは、腰巾着を取り出すと、中を見せてくれた。
今さっき、五芒星の中心に置いた青白い光を放つ石がたくさん入っている。
大きさや輝きはまばらだ。
宝石にも見えるが、このように暗闇でも輝く石を見たことがない。
魔石とでも呼んでおくか。
クレアは僕の手を握り、青の魔石の一つを僕の手に握らせた。
クレアは小走りで、別のセイウチの死骸を持ってくる。
僕の目の前で腹を裁く。
思わず目を逸らす。
不気味な音が聞こえる。
恐る恐る目を開けると、まだ解体している。
中身はクレアの身体が重なって見えないので一安心だ。
すると、クレアはセイウチの腹から、青い魔石を取り出した。
あれ?
この魔石は、魔物の死骸から出てくるのか。
取り出したばかりの血がついている魔石を僕の手に握らせてきた。
大きさは、今貰った方が少し小さいか。
形もそれぞれ違うようだ。
ただ、神秘的な光は一緒だ。
クレアは小走りで、他のセイウチの死骸を一か所に集めて、同じように解体し始める。
一体この熊耳の少女は何をしているのか。
突然、僕は我に返った。
危険な地域だが、最低限身は守れそうだ。
帰りたいが、ここも面白そうだ。
そもそも帰れるかわからない。
安全であるなら、海外旅行中だと割り切って、楽しむ。
何より、熊耳のクレアは可愛い。
話してみたい。
あと、魔法のようなものも僕はもっとできるようになるのだろうか。
セイウチの死骸から魔石を取り出してきたクレアは、僕の目の前に投げる。
たくさんある。
恐らくだが、こんな夜中に、これを集めているようだ。
10個ほど、大きさ順にクレアは並べた。
左が小さく一番右が一番大きい。
クレアは大きい方を指さした。
『এটা ভাল।』と言う。
エタパル?
とにかく状況から考えると、大きいのを集めているのか。
確かめるべく、僕は並んでいる魔石の一番小さいのを、優しく遠くに投げた。
そして、一番大きいのをクレアの袋に入れた。
さらにまた2番目に小さいのを優しく投げ、2番目に大きい魔石を袋に入れる。
クレアは笑顔で僕の肩を叩いた。
たぶん合っている。
たぶん。
クレアはまた小走りで、今度は海の方へ行った。
僕は動かず座っていることにした。
できることの確認。
手に火が集まるイメージ。
赤い光が手に集まる。
そこから火が出ない。
黒焦げの魚を手に持って、燃えるイメージ。
火が出る。
わからない。
単に火を出すだけはできないのか。
何かを燃やそうとすると出る。
僕は、セイウチの死骸に視線をやる。
それが燃えるイメージを持つ。
何も起きない。
今度は、セイウチを燃やす想像をするが、手に火の玉を留めておくイメージだ。
出た。
手の平に、野球ボールより少し大きいくらいの球体の火が出ている。
それをセイウチの死体に放つイメージ。
手から離れない。
困った。
真っ直ぐに火炎が伸びるイメージ。
これも、何も起きない。
やけくそだ。
投げる。
僕は、思いっきり手を振りきった。
火の玉は全然違う方に飛んで行って雪の上に落ちた。
じゅっ……
っと悲しげな音を立てて火は消えた。
なんだこれ。
もしかして、魔法って身体から離せないのか。
いや、さっきクレアもセイウチもツララを発射していた。
火は飛ばせないのか。
やり方が間違っているのか。
僕が圧倒的に、放出するのが苦手なのか。
わからない。
何せよ、火が出せるだけで充分すごい。
襲われたら、五芒星を踏ませて燃やすことにしよう。
クレアは生きた魚を大量に両手に抱えて持ってきた。
それを僕の目の前に置く。
そして、魚の山と海を繋ぐように、魚を1匹ずつ適当に置いていく。
海から、生きている魚が点在している。
目の前には魚の山だ。
クレアは、魚の山から1匹取り出すと腹を裁く。
BB弾くらいの小さな魔石が出てくる。
これは、生き物の大きさに応じて、魔石の大きさが違うのか。
もしくは、魔力量というものがあるなら、それに左右されるのか。
とにかく強そうな生き物の方がでかいのかもしれない。
すると、海からまた1メートルくらいのセイウチが出て来た。
魚を食べている。
それをすかさずクレアは背後からナイフで刺す。
死骸をこちらに持ってきて、魔石を取り出す。
な、なるほど。
こうやっておびき寄せるのか。
僕は、魔法の練習をしようと思い、文字を書いて、五芒星で覆った。
爆発ではなく、燃える方だ。
複数書いて効果はあるのか気になったので、ひとまず二つ書いた。
「クレア」と呼んだ。
こちらに気付いたクレアは、魚を五芒星の傍に置いた。
海からくることを想定して、五芒星の後ろだ。
僕らは離れて待つ。
何匹か陸に上がってきていたので、セイウチたちが魚の山を見つけるまで時間がかからなかった。
ゆっくりと彼らは魚の山に近づく。
すなわち僕の設置した紅緋色の五芒星に近づいている。
さぁ、踏め。
僕は息を殺して興奮していた。
五芒星に1匹のセイウチが踏み込むと、赤く光り、5秒ほど火で燃える。
キュウ っとか細い声が響き渡る。
少し良心が痛んだ。
5秒で火が止まる。
すると苦しみながらセイウチは少し前に進んだ。
そこまでして魚が食べたいのか。
僕は泣きそうになる。
あ。
その瀕死のセイウチは次の五芒星を踏んだ。
すると、紅緋色に輝く。
燃える。
5秒で止まる。
今度は、鳴き声もなく、力なくセイウチは倒れていた。
1発で仕留められないのか。
けど何度か踏ませると倒せる。
うっかり僕自身が踏まないようにしなければならない。
2個設置してどちらも発動したので、
何個も書いてみる。
爆発の五芒星も書く。
クレアが広げていた魔石を中心に置いた。
名前が欲しいな。
踏んだら発動だから、地雷みたいだ。
地雷は英語で land mine だ。
ランドマインだと長いし、マインにするか。
はたまたトラップでもいいか。
五芒星だからスターでもいい。
火や爆発の呪文のような単語を繋げてみる。
ボムマイン、ボムトラップ、ボムスター。
ファイアマイン、ファイアトラップ、ファイアスター。
リトルマイン、リトルトラップ、リトルスター。
うーん。マインがマシかな。
そもそもこの技の名前はすでに存在している気もするし。
暫定的に、
火を出す方を『プチマイン』
爆発する方を『ボムマイン』
と名付けた。
気づいたことは、4つ設置したら、5つ目は文字が残ったままで、紅緋色の光も発生しなかった。
つまり、同時に設置できるのは4つまでなのではないかと仮定した。
そんなこんなしている内に、次々とセイウチはプチマインとボムマインを踏んで死んでいく。
威力はまちまちだが、ボムマインなら1発で仕留められる。
威力に差が出るのは、五芒星の大きさなのか、中心に置いた魔石の強ささなのか。
僕は夢中で、セイウチたちを燃やしていた。
紅緋色の光が美しかったのと、魔法のような力を使うのが楽しかったのだ。
クレアもセイウチの死体から魔石を切り抜いている。
気が付くと、あっと言う間に、セイウチは全滅していた。
30匹を超えている。
そんなにセイウチたちはお腹が空いていたのだろうか。
今度は、セイウチの死骸を海辺にまとめて置いた。
僕は一息つこうと座りかけた瞬間、固まった。
え、まさか。
そのまさかだ。
5メートル級のセイウチが出てくる。
先ほどクレアにツララで宙づりにされていたセイウチのサイズだ。
思わず僕は離れる。
海から出て来たセイウチはゆっくりと僕らの近くにやってくる。
セイウチは2メートルはあるであろう左前足をクレア目掛けて、振り下ろした。
直前まで引き付けてクレアはバックステップをする。
難なく避ける。
セイウチは多く息を吸い込むと、氷のツララを無数に出す。
これもいつも通りクレアは弾く。
弾く。
弾く。
弾く。
弾く。
弾きながら、美しく高い声で呪文のようなものを詠唱している。
歌っているようにも聞こえる。
するとセイウチは、もう一度息を吸い込み、吹雪を出した。
クレアは最後のツララを弾くと、すぐに横に飛んだ。
が、巨大セイウチは吹雪を吹きながら首を横にズラす。
吹雪はクレアを捉える。
クレアは両腕で顔を守る。
だが、少しずつ腕が凍結してきた。
これはまずいのではないか。
クレアの今までの防御手段を見るに、両手ナイフで弾くか、素早い動きでの回避だった。
槍やツララも出せるようだが、盾のようなものを見ていない。
僕にできることは……。
溶かすこと。
他にはないか。
周りを見渡すと、セイウチに刺さりっぱなしだった氷の槍が視界に入る。
ツララは抜けそうにないが、あの氷の槍なら、持つところもあって抜けそうだし、強そうだ。
クレアはまだ氷のブレスの中にいる。
すると、巨大セイウチの頭上に巨大な氷の槍が発生した。
槍が動く刹那。
セイウチは頭上の巨大な槍を前足で払った。
見えていたのか。
確かに槍は刺さったら致命傷になっていたが、動き出しの前に払われた。
これはピンチだ。
だが、払う瞬間にわずかに首が動き、氷のブレスが乱れた。
その隙に、クレアは少し離れ、また詠唱をしている。
僕は慌てて、少し近づき、地面にプチマインを書く。
「クレア」と僕は叫ぶ。
クレアはそれに気づいて僕の方向に走り出す。
両腕は凍ったままだ。
巨大セイウチは、走り出すクレアを狙ってブレスの照準を合わせる。
僕は、近くのセイウチの死骸に刺さっている氷の槍に向かって走っていた。
無我夢中で槍に手をかける。
冷たい。
とても持ち続けることができそうにない。
だが、顔をあげると、クレアは走りながら背後からブレスを浴びている。
僕は手に力を込め意識を集中させた。
すると身体中の赤い光が手に集まる。
冷たくない。
僕は槍を引き抜いた。
セイウチからは血は出なかった。
クレアが手を溶かすまで、気を引き付ける。
僕は掌に火の玉をイメージした。
出た。
ファイアボールと名付ける。
左手に氷の槍、右手にファイアボールだ。
クレアはもうすぐプチマインに到達しようとしていた。
クレアの後ろが少し青く光ったかと思うと、氷の盾が発生した。
なんだ、盾出せるのか。
少し安心したが、依然クレアの両腕は凍っている。
僕は火の玉を持ったまま、巨大セイウチの元に走った。
直接ぶつける。
巨大セイウチの側面から近づきあと3メートルというところで、
目が合う。
セイウチの鋭い殺意を放つ目は、これ以上近づいたらダメだと僕に悟らせる。
ファイアボールは3メートルなら投げて当たるか。
当たっても効果はあるのか。
僕は後ずさりしそうになったが足を止める。
巨大セイウチは、横目で僕を視界にとらえながら、氷のブレスをクレアに向けて吐き続けている。
僕は積極的に数メートル離れる。
「くらええええええええええええええええ」とできるだけ大声を出し、僕はファイアボールを投げる。
セイウチの目は一瞬ピクッと反応した。
僕はビクッとする。
なぜか、ファイアボールは僕の足元に放たれた。
やはりコントロールが効かない。
セイウチはブレスを止め、こちらを向き、大きく息を吸った。
まずい。
多分、死ぬやつだ。
そう思った。瞬間、
素早い物体が僕の手の槍をかすめ取り、そのまま槍を巨大セイウチの口の中に叩きこんだ。
後姿でクレアだと気づく。
早すぎて見えなかった。
クレアは、喉奥に槍を刺したまま、離れた。
今度は地面に落ちている氷の槍を拾い。
倒れている巨大セイウチの横腹に刺した。
キュウイと可愛い声が響き、巨大セイウチは息を引き取った。
その場で、僕は疲れと緊張から座り込んだ。
息も上がっている。
座るだけではだめだ。
寝ころんだ。
月が綺麗だ。
雪が舞い散る幻想のような夜に月明かりが反射している。
ふぅ。
一息ついた瞬間、クレアが上からのぞき込んできた。
僕らは顔を見合わせて笑う。
クレアに手を引っ張られ上半身を起こす。
クレアの顔を眺めようとすると、
クレアの後ろに、
20メートルほどの巨大なタコが出て来た。
え、これ倒せるのか。
魔石はでかそうだけど。
クレアを見ると、待っていましたと言わんばかりの満面の笑顔だ。
僕はとりあえず離れて木の陰に隠れた。
魚 → セイウチ → 巨大セイウチ → 巨大タコ → 熊人クレア かなぁ。
極寒の地の食物連鎖を見た気分だ。
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