7.トレーニング
連れられた場所は、本庁の中にある広々とした空間だった。そこはトレーニングルームと呼ばれ、体幹や体力を鍛えることを目的とした場所である。
そして、既に中央付近で腕たせ伏せをする男が居た。
「温谷ー!連れてきたよー!」
温谷と呼ばれた男は、本名を温谷炎天と言い、鍛える事は呼吸と同じ、と考える程の脳筋男であった。
ちなみに、銘斗とは同僚だ。
「 うん?そうか!今日だったか!」
銘斗とは比べものにならない程、声量は大きかった。
(声、でっか!)
幸太郎は耳が痛くなった気がして、耳を摩った。
炎天の近くまで来ると、幸太郎とは格段に違う体格差を感じさせられた。
「トレーニングに関しては、彼が一番だよ」
「ははは!そんなことはないだろう」
一言が大きく、近くに居た銘斗は、終始片耳を押さえていた。
「じゃあ、後はよろしくね」
そう言って返事も聞かず、小走り気味にトレーニングルームを後にした。
「早速だが、まずは基本から始めよう!」
炎天が作ったメニューは、ウォーミングアップの後、腕立て伏せ百回、スクワット百回、グランドを十週といったものだった。
「初日はこれだけだが、日にちが増える度に数も増えるからな!!」
笑顔で言い放つ炎天に対し、幸太郎達は一気に精力を失った。
□■□
幸太郎はベットに飛び込んだ。
「体が……重い……」
普段した事もないハードなトレーニングをし、幸太郎の体は悲鳴を上げていた。
「ははっ。結構キツかったよね」
横を見れば、涼しい顔をした冬汰が、明日の支度をしていた。
「冬汰くんって凄い体力あるよね、僕より二歳も年下なのに……」
枕に顔を埋めたまま、幸太郎は溜息をついた。
「そんなことないよ。明日も早いし、もう寝るね」
冬汰はベットサイドの電気を消すと、幸太郎に背を向けて横になった。冬汰の、電気を消す前に見せた真顔に、幸太郎は少しぞっとした。
「おやすみ」
取り繕って言った幸太郎は、電気を消した。
□■□
そして二日、三日と過ぎトレーニングは更に過酷になっていった。
日よって様々で、山頂を目指し荒れた山道を走って登ったり、滝行をしたり、木にぶら下がり腕立てをしたりしていた。
そんな事が続き、幸太郎は木の根元に座り込み、力尽きた。
「し、しんどい……」
少し離れた場所では、凪も同じ様に力尽きていた。
「もう手が豆だらけ」
幸太郎に気付いた凪はそう言って、両手を突き出して見せた。
「僕もだよ……」
幸太郎も同じ様に突き出して見せた。
「それは頑張っている証だな!」
いつの間にか背後に居た炎天は、幸太郎達に水を渡した。
「あ、ありがとうございます」
「休むことも大事だ」
腕立てを再開しようとした凪を制止した。そして、炎天は顎に手をあて、何か考え込んだ。
「どうかしました?」
「彼等にもその必要性を教えたいのだが、あれは難しそうだな」
炎天の視線の先には、劉牙と冬汰が居た。
とっくに目標回数は終わっている筈だが、休まず続けていた。
「あのままでは体を壊しかねない。極限状態はそう続かない」
限界を超えて頑張り続けると、体は壊れる。炎天が危惧しているのは、そういった反動だった。
しかし、彼等は聞く耳を持たず、注意も制止も無視して続けていた。
(ん……?これって服務違反になるんじゃないか)
上官である炎天の指示を無視することは、もちろん違反だ。最悪の場合、退団させられる事もある。
つまり、炎天が二人を不問にするかしないかで、今後は決まってしまうのだ。
「ものは相談なんだが、物理的な制止は良いだろうか?」
「はい?」
予想外の相談に、幸太郎は思わず聞き返してしまった。
(物理的な制止って何だ)
幸太郎が困惑していると、横から勢い良く手が伸びた。見れば、凪の手だった。
「良いと思います」
その顔は何故か輝いていた。
炎天は頷くと、まず劉牙の方に向かった。声も掛けずに劉牙の背中を平手打ちした。
(……いい音した)
「ーーーーっ!?」
劉牙は言葉にならない悲鳴をあげ、木から手を離し、背中を摩った。
すぐに冬汰の方に向かい、同様に叩いた。同様に言葉にならない悲鳴をあげた。
「何するんですか!」
抗議の声をあげた冬汰を、炎天は豪快に笑い飛ばした。
「ははは!これは忠告を聞かなかった罰だ!」
そしてもう一発を頬にした。
「これは無茶をした罰だ」
炎天は再び豪快に笑った。