4.武器を選べ
解析班の部屋を出たところで、銘斗は口を開いた。
「君たちは下っ端の下っ端、お礼を言うのは当たり前。それに怒られるのは僕なんだからね」
半ば呆れた様な視線は劉牙と取り巻き二人を捉えていた。それもその筈、莉々にに礼を述べることも、まして頭を下げることもしなかった。彼らに向けられる視線はお世辞にも良いものとは言えなかった。
銘斗の鋭い視線に劉牙達はびくっと肩を震わせた。
「ともかく! イレギュラーについては理解出来たね。さぁ、次の段階へ進もうか」
手を打ち鳴らすと、一変して銘斗は明るい口調に戻り足を促した。対して劉牙は舌打ちをして黙って歩いていた。
□■□
施設の説明を受けつつ長い廊下を歩き、階段を上り「鍛錬場A」の前に止まった。
「ここは名前の通りって感じかな。説明するのはこれだけ」
銘斗の説明では鍛錬場にはA~Fまであり、階級の低い順にAが黒、Bが白、Cが黄、Dが赤、E青、Fが紫と使う場所が決まっていた。混ぜてしまえば好ましくない事が起きるのは目に見えている。それを防ぐための決まりであった。
そして幸太郎達は黒の階級であるため、Aしか使えない。仮に決まりを破る事態が起これば、それ相応の後悔___特に罰はない代わりに、先輩達からほぼ”いびり”に近いものを受ける事は確実だ___をすることになる。
「説明はこのくらいで……まずは君達の実力を測ろう!」
「実力……? それって試験の時に測ったんじゃあないんですか?」
銘斗の言葉に疑問を覚えたのか、茉莉奈が尋ねた。確かに幸太郎達は入団前の試験で、実技と
筆記テストをしてきていた。
それなのに再び測るというのは、
(二度手間じゃあないか)
幸太郎がそう思うと、顔に出ていたのか「馬鹿なのか」と言いたげな銘斗と目が合った。幸太郎が「見られた」と目を逸らすと、銘斗の明るい声が聞こえた。
「二度手間なんてものじゃあないよ。試験でやったのは”能力”の方だ。ここでは”実力”、能力に頼らない本来の力がどれ程あるか……これは重要な事だ」
おもむろに羽織りを脱いだ銘斗は腰に下げていた刀を抜いた。
「こういう感じで、ね」
ブンっと刀を軽く振ると、風圧が何十体もの木彫り人形をなぎ倒し、壁にぶつかったところで消えた。壁には打撃のせいか、小さく焦げた跡が残り、細い煙を出していた。その間、幸太郎達は一連の光景を唖然として見ていたが、刀が鞘に収まる音がして現実に戻された。
(す、凄い……)
僅かな沈黙の後、一人が拍手を送ると皆が___劉牙を除く___続いた。
「照れちゃうよー! 褒めたって何にも出ないからね!」
銘斗は頭の掻く素振りをすると、コホンと咳払いをして「まずは」と口を開いた。
「使う武器を選ぼう。たくさん種類はあるけど、選べるのは一つだけだよ」
そう言って脇にある倉庫に入り山盛りの刀、剣、銃……等、全十五種類の武器を運んで来た。
「あ、ありすぎる……」
「まぁ、これも大事なはずよ」
幸太郎は八千代と顔を合わせ苦笑した後、武器を見るとどれも使い込まれた様な跡があった。既に初期指導を終え、実際に戦っている者達の証拠だろう。
「刀と剣と銃が一番使いやすいかな。それにどんな能力でも相乗効果が良いんだ。まぁ、どれを選ぶかは君達次第だけどね」
それだけ言うと「僕は待ってるね」と椅子に座って読書をし始めた。
(ここからは自分達でって事ですか)
幸太郎は苦笑いをした。
改めて雑に並んだ武器を眺めると、幸太郎は顎に手を当てて悩んだ。手当たり次第に試すのも良いが、あまりにも非効率だろう。それに加え、幸太郎としてはさっさと決めてしまいたかった。熟考するのは昔から苦手だったからだ。
「こんなあると悩むよね」
「本当にね……八千代ちゃんはどれにするか決めてるの?」
「……う、ううん! 決めてなんかないよ!」
幸太郎の質問に何故か動揺した八千代は、
「私ちょっと試してくるね!」
そう言って、手元にあった武器を掴んで木彫りの人形の方へ駆けて行った。
その後ろ姿を見た幸太郎は首を傾げたが、特に気に留める事もせず武器を眺めた。暫くした後、銘斗がお勧めしていた中で選ぼうかと一つに手を伸ばすと、
「あ? てめぇも銃かよ」
急に聞こえた不機嫌そうな声に幸太郎はビクッとした。恐る恐る振り返ると、案の定劉牙とその取り巻き___勝手に取り巻いているだけだが___が立っていた。
「い、いや……まだこれって決まった訳じゃあ……」
「てめぇみたいな弱虫にはお似合いだろうがな。何にせよ、被るなんてごめんだ」
そう言い捨てて木彫りの人形の方へと消えていった後、取り巻きがニタニタと笑いながら劉牙の後ろについて行った。
気分が悪くなった幸太郎は溜息をついた。
(どうして彼らは選ばれたのか……)
そうは思ったがすぐに首を振ると、再び武器を眺めた。どれにしようか迷った末、幸太郎は銃を選んだ。能力の相乗効果とは関係なしに、手にしっくりきただけの理由で選んだ。何故しっくりきたのか分からなかったが、「まぁいいや」と呟いて顔を上げた。
すると、
「あ! 幸太郎くんは銃にしたの?」
後ろから現れた八千代が剣を戻しながら尋ねた。
「うん、これが一番しっくりきたから___って、八千代ちゃん!?」
「何?」
「いや、それ……」
言葉尻を下げた幸太郎の視線の先には、八千代の身長をゆうに超えるであろう槍がその手に収まろうしていた。幸太郎の視線で言わんとしている事が分かったのか、八千代は「やっぱり」と眉尻を下げた。
「これはないか」
「うん、ないね」
ばっさりと言い切った幸太郎に八千代は「もうちょっと希望持たせてよ」と口を尖らせた。
「それよりあの氷室さんって人凄いね」
半ば呆れた様な口調で言った八千代の目は、木彫り人形を大剣で殴りつける劉牙だった。その姿こそ凜々しいものだが、何度も殴りつけられた人形は塗装が剥げ始めていた。
そんな劉牙を見たからだろうか、幸太郎の胸がざわざわした。例えるなら、素行不良な少年が捨て猫に傘をあげてやるくらいのざわつきだった。その気持ちは顔に出ていたのか、いつの間にか八千代が顔を覗き込んでいた。
「気にしなくて良いんじゃあない?」
「え?」
「だって関係ないよ。彼と幸太郎くんは違う人だよ」
八千代の言わんとしている事が分からず、幸太郎が首を傾げると、
「よし! 決めた。私、刀にする」
「……うん?」
またしても分からず幸太郎がクエスチョンマークを頭上に浮かべたのに対し、八千代は微笑んだ。
「全部試そうとしたの。でも一つ目の時点で____武器を持った時点で____気付いたの。ああ、私には刀しかないって……」
八千代は刀を見た後、幸太郎の目を真っ直ぐに見た。その真剣な瞳に幸太郎はたじろいだ。
「幸太郎くんのおかげね!」
そう言って一人で納得してにこにこする八千代に、幸太郎は「はあ……」と情けない返事を返した。